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C'MON C'MON

光のような映画だった。
言葉にできるわけないってぐらい染み渡ったけどトライしてみる。
プラスになるかマイナスになるか…

主人公であるジョニーは、ある日妹ヴィヴの息子、ジェシーの面倒を見ることになる。
ジェシーの父親で、ヴィヴの夫でもあるポールが、赴任先で持病の双極性障害が悪化し、手助けが必要になったからだ。
ジェシーを連れてはいけないヴィヴが誰かに面倒を頼まなきゃと悩んでいるところに、ジョニーが手を差し伸べる。

簡単に言っちゃえばよくある擬似親子ものなんだけどなんでだろう、かつてないほどに感動した。

僕たちは常に他人をカテゴライズして生きている。子供とか大人とか、男とか女とか、兄とか妹とか、母親とか息子とか、発達障害とか、双極性障害とか。
なぜならその方が楽で、その人をその人としてありのままに受け止めるには努力と忍耐が必要だからだ。

それは簡単なようで恐ろしく難しく、複雑なパズルのようでありながら、次の扉を簡単に開けてしまうヒントでもあったりする。

ジェシーが孤児のフリをする遊びにもそれは現れていて、自分を、息子や甥っ子としてではなく、ひとりの人間として見てくれという心の声でもある。

ジョニーの仕事はおそらくラジオ番組のプロデューサーで、アメリカ中の子供たちにインタビューをするシーンが所々に挿入される。
その内容は未来についてどう思うかだったり、自分の嫌いなところや、親についてどう思うかだったりする。
その中に誰ひとりとして画一的な人間なんていなくて、自分だけの悩みと希望、そして言葉を持っていて、でも、等しく光であった。
演技ではなくおそらく実際に質問して答えてもらっている彼らの叫びもまた生々しく語りかけてくる。

人と人は完璧には分かり合えない。
それはもう絶対に。でもそこでやめないで。
無限に広がる地平で、君の知らない僕と僕の知らない君は、いつでも握手を待っている。

そしてここまで書いた全てが父親でもある自分に降りかかってくる。
なのに心が軽くなってるから不思議だ。

「僕が未来について思うことは、今想像してることは絶対に起こらないってこと。思いもしないようなことが待ってる。カモン、カモン(行け、行け)」

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