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はちどり

シネマテークで「はちどり」という映画を観てきた。

相識満天下
知心能幾人
(顔を知ってる人はたくさんいるけど、その中で心も知ってる人は何人いるだろう)

主人公のウニが通う漢文の塾でヨンジ先生(少し大きめのシャツを袖まくって着てる感大好き)に教えられた漢詩。
答えはゼロだろう。もちろん自分のことも数えた上で。

それは映画の中でも、ウニが親友の落ち込みに気付けず自分の悩みを話してしまい、「ウニって少し自分勝手なところあるよね」と言われるセリフにも現れてる。
ウニはそんなことを言われるまで自分ではそれに気が付かないし、もちろん僕たち観客もそれまでウニが自分勝手だなんて思いもしない。

映画において観客の視点は、全ての登場人物の心情を把握し得るいわば神のような立場だけど、この映画は出来る限りそこから距離を取ろうとする。
だから周りの人たちがなにを考えてるのか、あまり親切に教えてくれない。断片的に垣間見える性格だけを見てると安易に悪い印象を持たされたりもする。
でもそれが中学2年生の視点から見たリアルだし、その代わり、主人公のウニの心には手を伸ばしたら触れられそうなところまで近接する。だから愛おしいし痛い。

自分の心もわからないのにましてや他人のそれがわかるはずもない。だけど僕らはそれを通さないと世界を認識できない。そうじゃないのならウニはあんなに苦しまなくてもいいはずだ。

自分が鳥かごの中にいることも気付かないような環境で必死にもがいていたウニの心をヨンジ先生の言葉が少しずつ溶かしていく。
僕はヨンジ先生みたいな人になりたい。いやほんとはそのシャツになりたい。

羽ばたき始めたウニはまだ鳥かごにタックルしてる最中だけど、ラストシーンに流れるヨンジ先生の言葉と、何を考えてるかわからない、でも屈託のないクラスメイトの素直な顔と、それを見つめるウニの瞳は、とても綺麗だった。

映画を見終わった後帰りの地下鉄で白状をついて困ってるように見えた人がいて、よく見ると鞄にマタニティマークをつけていて、僕はホームからエレベーターに乗せて改札まで介助したけど、なぜだか泣きそうになりながらも脳味噌にこだましていたのは「可哀想って言っちゃだめ。あなたは彼らを理解していないのだから。」というヨンジ先生のセリフだった。

みんな幸あれ

2020.8.15

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