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episode 11. 新生!高島おどり

前回までのあらすじ

台風で順延を余儀なくされた高島おどり。40日間モチベーションを保ち続け、いよいよ高島おどりが開催される!

このお話に登場する人

藤原 高島の盆踊り歌保存会会長。高島音頭への愛だけは誰にも負けない。
大西 保存会の会員。最年少の30代。高島の盆踊り大会のリブランディングに取り組む。
江頭 盆踊り講師・江頭先生。盆踊りマニア。一児の母。

9月9日 AM 7:00

9月9日。大西はいつもと変わらない朝を迎えた。すぐに窓際に向かい、カーテンをひくと、青空が広がっていた。9月といえど、まだ暑い。夏が終わっていないことを実感する。思えば長かった。嫌なことも度重なるアクシデントもあったが、この日が終われば、すべて許せるような気がする。

「藤原さん、なんで高島音頭残したいんですか?」

問うてなければ、藤原の夢を聞くこともなかったであろう。一生のお願いをここで使うこともなかったであろう。今となってもここまで自分を動かした、藤原が紡いだ言葉の力の源はわからない。わかるのは、ただ滔々と湧き続ける泉のように、清らかに澄んだ思いの根源が枯れていないということだけある。

朝10時に集合し、搬入を始める。どうやら藤原も元気なようで安心した。大西も若手といえど、30代も後半。世間的にはもう中年だろう。中年と老年のひと夏の青春群像劇が幕を開けようとしている。

9月9日 PM 1:00

みんなで協力し、櫓が組みあがっていく。ワークショップ参加者も手伝い、みるみる櫓が組みあがっていく。サポートの大工さんによる小気味いい木槌の音に合わせてほぞが打ち込まれ、四方に柱が立つ。屋根が乗せられ、床板が貼られ、欄干がつけられる。

ひとつひとつの活動の積み重ねの上に今日という日を迎えている。
櫓が組まれていく姿に、ここまでやってきたという自身と重なり、感傷的になる。そびえ立った櫓は、提灯のあかりと、そこに立つべき主を待っている。

その様子を眺めながら、来たる夜を想像する。この櫓を大人数が取り囲む。以前見た郡上おどりのように、みなが笑顔で踊っている。
きることはやった。人事は尽くした。悔いはない。奇跡、おこれ。

9月9日 PM 5:00

わらわらと人が集まってくる。見知った顔も多い。練習会に来てくれていた人だ。
クラウドファンディングで支援してくれた仲間も大勢来てくれている。滋賀だけに留まらず、京都や大阪、兵庫、東京からも来てくれた人もいた。続々と人が集まる光景に頬が緩む。

物販も好調なようで安心した。かけつけてくれたチャンキー松本も切り似顔絵に精を出す。
「ようけ入ってはりますねー」と声をかけられる。素直に感謝の言葉が口をつく。浴衣の人、Tシャツを着て来てくれる人もいる。

9月9日 PM 7:00

いよいよ始まる。胸の高鳴りが止まない。
BGMのボリュームが落とされて、人々が輪を作る。藤原が緊張した面持ちであいさつをする。
「にこやかに。」と書いたカンペを見せると顔が綻んだ。こんなに大勢に囲まれて音頭を取るのも何年振りのことか。

あいさつが終わり、藤原はその流れで、櫓にあがる。三味線の音が堰を切ったように弾ける。太鼓の音が下っ腹に響いてくる。

「さぁ そ~ろえましょ~ ♪ 」

藤原の声が響く。

大西は櫓の下からその様子を眺め、ぐるりと周りを見回してから、もう一度ゆっくりと櫓の上に目を移す。

藤原は踊り子に目を配せ、三味と太鼓の拍子に合わせ、お囃子に乗せられながら、本当に気持ちよく音頭を取っていた。この人このまま往生するんじゃないだろうか、と思わせるほどに喉を震わせ、踊り子たちはそれに呼応するように、囃し、踊った。

「わし、死ぬまでにもういっぺん…」

「こんな景色の中で音頭とってみたいんよ」

叶えてあげられたかなぁと大西はぼんやり思う。
ここまでがんばって繋いできたんだもんなー、こんなご褒美あっても罰当たらへんよなーとあの日、郡上で聞いた藤原の夢を回想する。
自然と涙が頬を伝った。

若手も櫓に上がり、続く。

9月9日 PM 9:00

午後9時。生まれ変わった高島おどりは大盛況のうちに幕を閉じた。三々五々に踊り子たちは帰路につく。大西は残された実行委員のメンバーに感謝を告げ、櫓やテントを解体し、祭りのあとを嚙み締めた。

商店街は賑やかさを消し、青白い光が際立つ。つい先ほどまでの喧騒は水を打ったように静まり返っている。

江頭先生は「わたしをyoutuberにしてくれてありがとう」と言って笑って帰って行った。先生も普通の人・江頭ゆかりに戻る。他のメンバーもこれにて日常に帰っていく。盆踊りに捧げた夏が終わる。

藤原は大西に歩み寄り、手を差し出した。「また来年もやろうな」

その言葉にはっとする。そうだ。ここで終わりではない。高島音頭は未来永劫続けられ、ふるさとを残し続けなければならない。それが地元に残った者の使命だから。

「ですよね。藤原さん」

差し出されたバトンを受け取るように、両手でぎゅっと握り返した。

<おわり>

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