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日本人は、「寛容」の定義すら知らないのでしょう。『不寛容論 アメリカが生んだ「共存」の哲学』

『不寛容論 アメリカが生んだ「共存」の哲学』は、キリスト教をベースとした「寛容」を読み解くビジネス書です。
「言論の自由:もともと宗教的な言論の自由のこと」「寛容:悪しき行為を罰せずにいる」「寛容のパラドックス:寛容であるためには、相手を嫌いでなければならない」など、「異なる価値観を排除しない」多様性を生み出すために必要な知識を教えてくれます。
特に「寛容:自分から見て“誤っている”と思うことを容認する」は、寛容を一言で表しています。
寛容とは、自分が嫌いなモノに対して、その価値を理解できなくても、礼節を持って尊重することです。
異質な人間を排除する中年サラリーマンに読んで顧みて欲しいですね。

「政教分離:教会に対する王の支配権を否定する、きわめて危険な思想」「自分と違い理解できなくても尊重する」「日本や中国など宗教を重要視する度合いが低い国では寛容度も低い」などを通して、日本人には理解しずらい「寛容」の概念を過去の事例から学ぶことができます。
「寛容:異質な他者を周縁化し、内部に取り込む作法」は、「異教徒」と「異端者」との違いを見ることで理解できます。
「異教徒」は、他の宗教を信じているだけなので不信仰だが罪にはなりません。
しかし「異端者」は、キリスト教徒なのにその教義を破壊するので罪が深いのです。
つまり元々の寛容とは、「異教徒は“外からの敵”なので内部に取り込むが、異端者は“内からの敵”なので外へと排出する」ものだったのです。
「仲間」という曖昧な言葉で同質性を強いる日本の組織にも、寛容さを導入して欲しいものです。

#不寛容論 #森本あんり #新潮社  

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