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004 香西かおり『うたびと〜Stage Singer〜』(2015年)

アルバムも採り上げてみようと思います。

演歌歌手といえども、歌手である以上、演歌以外の曲を歌うこともある。
例えば、ジャズ出身の八代亜紀はジャズ・アルバムを作ったし、石川さゆりには様々なジャンルのアーティストとコラボすることがテーマの『X-Cross』というアルバム・シリーズがある。
しかし、それはどこまでいっても企画モノなのだ。

では、香西かおりの『うたびと』はどうか。
このアルバムでは、香西のルーツといえるような多様な楽曲が歌われている。

例えば、「津軽あいや節」。
香西は子供の頃からさまざまな賞を受賞するほど優秀な民謡の歌い手だったので、これはわかりやすい例だろう。

西田佐知子の「アカシアの雨がやむとき」や、園まり「何もいわないで」は流行歌として、「Vaya Con Dios」や「Sentimental Journey」のようなスタンダードは、ある世代の歌手にとっては必ず通る道だったのかもしれない。

また、自身の持ち歌では、玉置浩二が書いた「無言坂」のボッサ・アレンジや、レーモンド松屋による「とまり木夢灯り」などにも不自然さはない。

問題は残りの3曲なのだ。
「気分を変えて」は山崎ハコが香坂みゆきに提供した曲だが、非常にソウルフルかつブルージーな仕上がりになっている。

「ステージ・シンガー」はシンガー・ソングライターの白季千加子の隠れた名曲のカヴァーだが、白季がプロとしての最後に出したアルバムの最後に収録された曲で、まるで歌手としての自分を回想するかのように歌うこの曲を、香西は歌手としての矜持を込めるかのように、ソウル・バラードに仕立てて歌う。

さらに問題なのが、西岡恭蔵が象狂象名義で作った「プカプカ」だ。
オリジナルはザ・ディランIIのデビュー・アルバム『きのうの思い出に別れをつげるんだもの』(72年)に収録されていたもので、サブタイトルには「みなみの不演不唱」("ぶるうす"とルビが振られている)とある。
この「みなみ」がジャズ・シンガーの安田南であることは有名な話だが、安田の生き様に共感するかのように、原田芳雄、桃井かおり、宇崎竜童など、その存在感に強烈なブルーズを感じるようなクセの強いシンガーたちに多くカヴァーされてきた曲だ。
それはある意味、クリーンに漂白された現在の演歌とは対極にある世界なのだ。

そんな曲をニューオーリンズのセカンドラインのビートでアレンジし、さらにリードのトランペットを元BLACK BOTTOM BRASS BANDのメンバーであるMITCHに吹かせている。
MITCHはBBBB脱退後、ニューオーリンズに居を移し、数年に渡って現地で活動してきたという実力者だ。
このアレンジはあまりにも秀逸で、衝撃を受けた。
ここにはどんな意味があるのだろうか。

香西は大阪出身。
そして、この作品のバックを担当したミュージシャンのクレジットを見ると、現在はニューオーリンズのNo.1ギタリストとなっている山岸潤史(g 元ウエストロード・ブルーズ・バンド、ソー・バッド・レヴューほか)と清水興(b 元ヒューマン・ソウル、ナニワエキスプレスほか)という、関西ソウル・ミュージック界のボスと言ってもいい重鎮の名前がある。

実は香西は、関西のソウル〜ブルース・シーンと非常に近く、こういったオッサンたちとは飲み仲間という関係なのだ。
ここに名前はないが、憂歌団の木村充揮や有山じゅんじなどとは、地元では一緒にライヴをやる仲だ。
つまり、民謡出身で普段は演歌を歌っていても、その心の中にはソウルでブルーズなフィーリングが宿っているのだ。
そうじゃなければ、この真っ黒いセカンドラインのビートで歌えるわけがない。

とはいっても、染み付いた演歌のリズムは消せないようで、この翌年にリリースされたライヴ盤『The Live うたびと〜Stage Singer〜』(16年)を聴くと、演歌の重いアタマ拍が染み付いて、バックビートには対応できていないことがわかる。
これはジャズ出身の八代亜紀も同様だ。
よく演歌は日本のブルーズだというが、実はリズムのアクセントは真逆。
心ではわかっていても、体が順応してくれるとは限らない。
難しいものだ。


【収録曲】
01. Vaya Con Dios
02. 気分を変えて
03. プカプカ
04. 無言坂
05. Sentimental Journey
06. 何もいわないで
07. アカシアの雨がやむとき
08. 津軽あいや節
09. とまり木夢灯り
10. ステージ・シンガー 

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