あなたが待ってくれるから 1
「主文、被告人を懲役10年の刑に処する」
今日ようやく裁判が終わり、刑が確定した。
私の名前は瑠偉。
思えば好きになった女の子に、好かれるために、大切な何かを、忘れてしまってたのかもしれない。
1年前の夏、足立区南千住にある、パスタ屋さんで僕は働いていた。当時同僚だった女性に、僕は一目惚れをした。
30歳の誕生日に、職場のみんなにカラオケで祝ってもらい、その時に5歳下の由真とも、初めて喋った。
「瑠偉君お誕生日おめでとうございます」
由真は凄く人懐っこい性格で、職場でもみんなから好かれる存在だった。
「由真ありがとう、僕も30代突入だから頑張らないとな」
すると由真が、みんなに見えないように僕にプレゼントをくれた。
「え、いいの?嬉しいな!空けていい?」
真っ赤に梱包された小さな箱の中には、可愛い小銭入れが入っていた。
「可愛いじゃん!ありがとう!今日から使わせてもらうよ」
「実は由真も、同じ小銭入れ持ってます」
すると由真は、僕に同じ小銭入れを見せてくれた。
僕はそれを見て、心臓がドキドキしてきた。
これはどう言う事なんだ?自分と同じ小銭入れをなぜ俺にくれたんだろう。たまたまだよな?
「瑠偉君、今日は誕生日誰と過ごすんですか?」
「特に彼女もいないし、1人寂しくお家に帰るよ」
すると由真が、スマホを出して、僕にLINEを聞いてきた。
「じゃあもし私が連絡したくなったら、してもいいですか?」
「俺なんかで良ければ全然いいよ」
由真の気持ちがこの時は、全く分からなかった。
僕は家に帰り、早速みんなから貰ったプレゼントを開けたが、僕が手にしているのは、由真から貰った小銭入れだった。嬉しくて自分の汚い財布から、小銭を入れ替えて、由真の事を思い浮かべていた。
僕は正直モテる方ではないし、職場には由真と歳の近いイケメンの後輩達もいるし、まさか僕の事なんてそんな事あるわけないよな……。
次の日のお昼、会社のみんなと、コンビニにお昼を買いに行った時だった。
僕はお弁当とパンを持ってレジに向かい、お金を払ってると、後ろから声がした。
「あれ?その小銭入れ由真と一緒じゃない?」
僕は恥ずかしそうに、うなずいた。すると同僚の小林が、大声でこう言った。
「お前ら付き合ってんだろ!!もしかして昨日由真から貰った、誕生日プレゼント?」
僕はうっとおしそうに答えた。
「そんな訳ないだろ。たまたま由真が使ってて、使いやすいから、俺にもくれたんだと思うよ」
すると小林は
「後で由真に聞いてみよう!!」
そう言ってコンビニから、走って会社に向かっていった。
僕は心臓がドキドキしながら、小林の奴、余計な事言わなきゃいいがと、神に祈っていた。
由真の気持ちがハッキリするより、このよく分からないドキドキでも、モテない僕には十分満足だった。
コンビニから会社に戻ると、小林がみんなの前で何かを話していた。
「絶対瑠偉と由真付き合ってるよ!誰か知らないの?2人の事?」
すると後から来た由真が、小林に笑いながらこう言った。
「小林さんやめてください!付き合ってないですよ!瑠偉さんに迷惑かけたくないから、これでこの話はおしまいです!」
「そうだよな!瑠偉の事好きになるなら、俺の事好きになるよな!瑠偉は真面目でつまらないからな」
小林がふざけて言い返すと、由真は真面目な顔で、小林の顔を睨んだ。
「私が勝手に瑠偉さんを好きなだけです。私の片想いなので、小林さんイジメるのやめてください」
「えっ?」
小林が鳩に豆鉄砲食らったような顔をして、ビックリしていたが、それを聞いた俺も、開いた口が塞がらなかった。
この日から僕と由真は、LINEで連絡を取るようになり仕事の行き帰りは、必ず一緒に帰るようになっていった。
僕は由真が好きで好きでしょうがなかった。それもそうだ。会社の人気者の美人が、俺みたいな貯金も無い、これといった自慢出来る事もない、貧乏な30歳を好きになってくれたんだ。本当に夢のようだ。
でも俺にはまだ、由真に言ってない事がある。それは借金の事だ。僕の趣味はパチンコぐらいで、仕事が終わればパチンコに行き、閉店まで打って、休日の日曜日だって朝から並んでパチンコだ。そしてほとんどの日が負けている。
僕はこの生活が、楽しくてしょうがなかったが、今はもう、そんな事も言ってられない。借金が150万あり、パチンコを辞めても借金の返済で、デートすらも出来ない。由真を好きになるたびに、僕はさらにお金の事で、苦しむようになっていった。
それから3か月ぐらい過ぎた頃、まだ僕はお金に余裕がなく、パチンコも辞めれず、由真に付き合って欲しいと言えずにいた。
すると由真からLINEが入った。
「来月の連休に、泊まりで沖縄行ってみたいな」
僕は嬉しい反面、自分のお金のなさに嫌気がさした。それでも由真に嫌われたくないので、出来もしない嘘をついた。
「沖縄いいね!俺も海が好きだから最高じゃん!行こうよ」
本当に僕は情けない男だ。
この日を境に僕の頭の中は、お金の事だけでいっぱいになった。毎日どこかにお金が落ちてないか、下を向いて歩いてたぐらいだ。
この日は仕事の帰り道、北千住の駅を降りて、自宅に歩いて帰ってる途中に、たまたま大きな一軒家から出てくる、50代ぐらいのおじさんを目にした。
そのおじさんは家の鍵を閉めないで、家の前にある駐車場から車に乗り、何処かに行ってしまった。
何故か僕の足は、大きな一軒家に向かい、他人の家のドアを勝手に開け、土足で部屋に入ってしまった。
今思うと、何故そんな事をしたのか分からないが、僕の頭の中は、ここ数ヶ月、由真とお金の事しか考えれなかった。
玄関を開けて土足で部屋に入ると、60代ぐらいの女の人と鉢合わせになってしまった。
「誰か!!助けて、泥棒!!」
僕は必死にその女性の口を押さえて、声を出させないようにしたが、抵抗されて、僕は気づいたら、その家にあった、ハサミを手にしてしまった。
(つづく)
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