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発注にまつわる怖い話

―――…最近赤売りが多くなってるよ。発注数、気を付けてくれる?
―――は、はい…すみません。

 月曜日、退勤時刻の迫る夕方4時。私はスーパーの倉庫の片隅で、副店長からお叱りを受けた。

 食品売り場のパンコーナーを任されるようになって、一年とちょっと。新発売の物や人気のある物や売れそうなパンを多めに発注し、商品をこまめにきれいに並べ直し、かわいいおすすめのPOPを頑張って書いて、廃棄が出ないよう努めてきたのだが…このところ菓子パンの売り上げが落ちている。物価高の影響で全体的に販売数が伸び悩んでいることに加え、寒くなったことであたたかいお弁当にシフトした人も増えたのか、今まで売り切れていた商品が残るようになり赤字販売が増えてしまったらしい。…一生懸命やってきたのに、地味にショックが大きい。

 パンの発注は担当者の手入力による決定が必要ではあるが、発注専用タブレットに前日の売り上げデータを取り込むと今までの販売実績に応じて機械が自動的に数を入力補助してくれるシステムが導入されている。発注数は売れた数と同じ数を入力するのが基本なのだが、1つ赤字売りしたら0.5個減らす、1つ廃棄したら1つ減らす、完売したら1つ増やすといった具合で調整が入る。小数点以下の数値が出たものに関しては、発注者が判断をして入れるのか入れないのかを決める事になっている。また、すべてを自動化すると売上が伸び悩むので担当者がパンコーナーを見ながら発注数を増やすことになっており、その采配は私に一任されている。

 通常であればシステムのフォローもあるので、発注数と販売数に著しい見込み違いが出る事はほぼない。誤発注が起きる事はまずないし、明らかに売れないものを多数発注する場合は警告音が鳴る。予約注文などが入った時は、警告音を何度も聞きながら入力をすることになる。ごくまれに、大きく差が出てしまった場合には赤文字でエラー表示が出る。会社のシステムが売り上げの傾向などを自動で計算し、発注数の人的ミスであると認識されてしまうと警告が出てしまうのだ。だいたいではあるが、新発売の商品で3個、定番商品で2個の誤差が出ると発注の時に警告音付きで表示される。

 ここ一週間ほどエラー表示が複数回でてしまい、発注担当である私の発注数の見込み判断の甘さを指摘されてしまったのだった。

 最近地味に赤字売りの数が増えたせいで、少しずつ発注数が減り、いつもみっちりとパンが並んでいたコーナーはずいぶんすかすかしている。だというのに、毎日きっちり赤字売りになってしまうパンが出るのだ。去年、その前の年の販売実績から見ても、明らかに数字がおかしい。はっきり言って異常である。いくら寒くなって菓子パンの需要が減ったと言っても、ここまで販売数が減ってくるとは思えない。

 うちの店は賞味期限当日になった200円までの菓子パンを、朝一番で一律50円に値下げして赤字処分販売するというルールがある。中途半端に値下げをして売れ残り、廃棄処分にするくらいなら思い切り安くして販売するという方針だ。

 確か、夏ごろまでは…菓子パンが完売してしまって、値下げ処理をしない日が多かったように思う。

 パンの値下げするには赤字販売のバーコード付きのラベルを貼ることになっている。
 店のオープンは10:00だが従業員は8:30から出勤しているので、朝の掃除や開店準備、納品の受け取りなどをしながら値下げ準備をする。店内と外回りを清掃し、朝一の納品を受けて検品し、前日の売れ残りを前出ししながら賞味期限当日の物を抜き出し、入荷したものを並べ、最後に除けておいたパンに値下げ処理をするという流れだ。
 値下げラベルの発行作業には特別な機械が必要なのだが、前日の売り上げデータを読み込む関係でオープン直後からしか使う事ができない。そのためお客さんが入り始めてからシールを貼っていくことになり、お買い得品を求めるお客さんが集まって赤字販売ワゴンコーナーが混みあう日も珍しくはない。

 私の勤務時間は10:00〜16:00。発注を担当しているため、出勤直後は前日の販売数確認をしなければならない。チェック業務をこなしたあとで売り場に向かうので、賞味期限当日のパンを抜き出す作業は基本的に朝一出勤のAさんにお任せしている。
 最近、私が入力確認作業を終えてパン売り場に向かうと、Aさんはいつもシール貼りに追われていて…朝一の品出しが追いついていないことが多い。お客さんがまだ並べられていない納品コンテナの中に手を伸ばして欲しいものを探し、ぐちゃぐちゃと漁るばかりでなく乱雑な扱いをするのを目の当たりにし…このところ地味にストレスがたまっていた。そこに来て副店長からのお叱り……テンションは下がっていく一方だ。


 火曜、また赤字販売数が増えているのを確認し、凹んだ気持ちでパン売り場に向かうと、珍しくお客さんがおらず穏やかに品出しをしているAさんがいて…何やら困惑の表情を向けてきた。

「江田さん、なんか最近おかしいんですよ。突然期限切れのパンが出てくるっていうか…今日もなんですけど。」
「突然…?なんです、それ。」

 Aさん曰く、朝一でパンの棚を整頓している時に1つも賞味期限のパンがなかったのは間違いない、しかしなぜか納品されたパンを並べていると賞味期限のパンにシールを貼ってくれと差し出す人がいる…とのことだった。パンコーナーに人が集まり、まだシールを貼っていない期限日の物を奪い合う人や、納品したばかりのパンを取る人が混在してカオス状態になるため気が付かなかったのだが、明らかにおかしいと思う事が増えたのだという。

「いたずらで変な所に置かれてるとか…もしかしたら、値下げを狙ってどこかに隠してあるかもしれないです。最悪、複数で計画的犯行に及んでるかも?」

 50円でパンを手に入れるために、姑息な事をしている人がいる…?
 前日に狙ったパンをどこかに隠しておいて、賞味期限当日に値下げシールを貼ってもらっている?

 言われてみれば、どう考えてもそうだとしか思えなかった。売り上げの低下が続いてしまっている原因に迫ったと感じた。

 この一件について即店長に報告したところ、店をあげて怪しい動きをする人がいないか気を配ることになった。


 翌日、私が出勤していつものように前日の売り上げチェックをすると、不審な点に気が付いた。新発売のふわふわブールが、完売していないのである。

 ふわふわブールは昨年の冬発売の商品で、SNSで人気が出た一品だ。ふわふわの蒸しパンともシフォンケーキとも違うやや大きめのやわらかいパンで、その形状もあってか賞味期限が短い。通常、パンは入荷日の2~3日後に賞味期限になるのだが、ふわふわブールは入荷日の次の日が賞味期限となっている。入荷日に売り切らないと赤字販売になってしまうのであまり強気に発注しないで様子を見ていたのだが、みるみる売り切れてあっという間に終売してしまい…売るチャンスを逃したという後悔が大きかった、記憶に残る商品だ。

 そんな人気商品の復刻版という事もあり、絶対に売れると踏んだ私は初回の発注数を20にしていた。個人的に好きなパンだったので、余っていたら買い占めて帰ろう、そう決意して強気の発注数で臨んだのだ。私の退勤時間になった時1つも残っておらず、強気になって良かったと安心する一方食べられない不満を持ち、次の日の発注は30にしようと固く誓ったので間違いはない。

 ところが、販売数として挙がってきたのは15、しかも売れたのは午前中だ。入荷してすぐに15個が売れて、以降閉店9:00まで一つも売れないなんてことは考えられない。明らかにおかしい。

 すぐさま副店長に報告をし、揃ってパン売り場に向かうとAさんがふわふわブールにシールを貼っている真っ最中だった。

 Aさんのもとには、シール貼り待ちの人が三人いた。やや高齢の男性が持つかごの中には、シールが貼ってあるふわふわブールが三つ、カレーパンが二つ、さらに納品したばかりのパンが乱雑に詰め込まれており、Aさんが残る二つのブールにシールを貼るのを急かしている。一人はおばさんで、人気のないレーズン食パンを一つ持っている。一人は若いお兄さんで、ハンバーガーを三つ手に持っている。

「お客さん、このパンどこにありました?」
「どこって…店の中だけど」

 おばさんとお兄さんが赤字売りワゴンの中からパンを拾ったのは見ていたとAさんは証言した。しかし、高齢の男性については、どこからパンを持ってきたのかわからないという。……どう考えても怪しい。

「ちょっとお話聞かせていただけますか?」
「そんな暇はない!!何だこの店は?!店長を呼べ!!」

 ひと悶着があり、高齢男性は副店長と共に事務所に消えた。


 高齢男性は、Aさんの読み通り、毎日菓子パンを店内に隠していたらしい。

 オープン直後に入荷したばかりのパンを納品のケースの中から抜き取り、それを売り場の目立たない場所にしまい込んでいたのである。ご丁寧に毎日帽子を被ったりメガネをかけたり、パッと見別人に見えるような変装をして挑む力の入れようだった。どうやら単独犯ではあるらしい。

 防犯カメラの映像をくまなくチェックすると、高齢男性がオープン直後に贈答品コーナーに向かい何やらゴソゴソと取り出すのが確認できた。さらに前日その前の日と映像を確認したところ、別の箇所にしまい込む様子と取り出す様子も映っている。どう見ても計画的犯行であり、手慣れていた。

 ほとんど商品の動きがない贈答品コーナーの一番下の段の奥、事務用品コーナーの一番下段、ほこりをかぶっている大学ノートの奥、ペット用品コーナーにある飛び出した柱の横のワゴンの下と、隠し場所が三か所もあったのには驚いた。どうやら日付ごとにパンが混じらないよう、ローテーションを組んで犯行に及んでいたようだ。

 高齢男性は警察に連行され、もろもろの被害額を支払った後、出入り禁止処分になった。

 出禁になっても気にせずに入店する人はいるので、しばらく厳重な観察が必要だと店長から全従業員に通達があった。事務所にはふてぶてしいじいさんの写真が飾られ、厳重注意の文字が添えられており…非常に気分がよろしくない。

 また同じような悪事を働くものが現れる可能性もあるので、今後は売り場の隙間や商品の間など、徹底してチェックをして行くようにとのことだった。

 …地味にやることが増えて気分が重いのだが。

「最近パンの売上げいいね!この調子でがんばってください!」
「はい!」

 とはいえ…テンションの上がることもあって、仕事が楽しいとも思うようにも、なった。どこか消極的だった私は、少し積極的になったように思う。

 ピ、ピピッ!

 警告音に怯えて数を減らしていた時代が懐かしい。

「やっぱりパンパンにパンが並んでる売り場っていいですね!パンだけに!」
「アハハ…でしょう?ついついいっぱい買いたくなりますよね!」

 ピ、ピピッ!

 強気の発注数を厭わない程に、私は勢い付いている。

「江田さん…ちょっと多すぎませんか?棚に入り切らないですけど」
「大丈夫!オススメPOP書いたし、すごく美味しかったから!」

 調子に乗りすぎてしまった私は。

 Aさんが呆れるほどに、赤字売り商品を出してしまう事を、まだ知らないのであった。

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