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うそつき屋


「今日も帰り、遅いの?」
「ああ、仕事でね。…悪いね、晩飯はいらないから。」

俺は嫁の顔も見ずに、玄関を飛び出した。

時刻は七時…今から会社に向かえば始業前の一時間、総務課一のいい女、有美とイチャイチャできる。あいつは本当にかわいくてエロくて…ぐふふ。

にやけた顔で、足取りも軽やかに駅に向かう俺の前に、いきなり人影が!!

「ちょ!!あぶな・・・!!」
「やあやあ、おはようございます、鷲塚誠わしづかまことさんですね、ワタクシこういうものですが。」

なんだ?新手の営業か?だがしかし俺の名を知っているところを見ると…??不審感たっぷりで、差し出された名刺を受け取り、目を通す。
うそつき屋代表取締役:名無し…?

「なんだこれ!!悪いけど俺急ぐんで。」

俺は忙しいんだ!!!
遊びに、冷やかしに付き合ってる暇はない!!!

名刺を返して、軽くスルーしようと一歩踏み出した俺は…って!!

か、体が!!!
動かない…?!

「いやあ、すみませんねえ、お時間とらせませんよ、時間止めましたんで。ちょっと話を聞いてくださいね。」

うさん臭さしか感じない目の前のおっさんは、何やらかばんの中から取り出し…!!!

「ええとですね、本日は、重要なお知らせがあって伺わせていただきました。」

ノートを見ながら、淡々と話しているがっ!!!

「あなたのうそつきメーターが、間もなく限度を迎えることになりそうでして。」

俺はというと、名刺を返そうとしたままの格好で、固まっていて!!!

「交換するか、このまま廃棄にするか、ご本人様のご意向を伺いたくてですね。」

身動きどころか、口も動かず、言葉すら発せない!!!

「ああしまった、これじゃあ言葉も出せませんね、…はい、すみません。」
「っ・・・?!う、わぁっ?!」

いきなり動けるようになったもんだから、バランス!!バランスがっ!!!危うくコケそうになり、体勢を整える!!!

「あなた、ずいぶん気軽に嘘をついてきましたね。ほら、これ…見てごらんなさい。」

おっさんは俺の頭に手を伸ばし、何やらぼろぼろの…なんだ?ハート?を見せつけてきた。

「え、何これ。」
「あなたのうそつきメーターです。ほら、この辺とか、ひび入ってて…今にも壊れそうでしょ。」

茶色いハートの表面には、ひっかき傷や深いひび割れ、どす黒い汚れがみっちりついていて…パラパラと細かい粉が表面から落ちているというか、今にも崩れそうだ。

「資料によりますと、あなた、嘘をつかないと誓って生まれてきたみたいですね。だからもともと嘘メーターの容量が少なめなんですけど…なるほどねえ、気が付いてなかったとはいえ、ほんとずいぶん、無茶しましたねえ…。」
「なんだそれは!!俺はそんなことは知らん!!!」

俺がいつそんなことを誓ったというんだ!!!

「まあね、魂ってのは生まれる時の誓いを心に刻んでるはずなんですけどね。刻んだことを忘れてのほほんと生きてる人の方が多いんでね。…人は我慢が足りないというか、自分に甘いというか…ねえ?」
「そんなこと言われても俺は…!!!」

パタンとノートを閉じるおっさんに、返す言葉が見つからない。

「ま、そんなことはいいんです、今日お伺いしたのはですね、このうそつきメーターの交換についてご案内差し上げようと思った次第でして。ええと、ご存じないと思いますのでご説明させていただきますと、このメーターはですね、あなたの心臓と連動してましてね。メーターが崩壊しますと、その瞬間にあなたの心臓も止まってしまうんです、まあ、人生の一巻の終わりという奴です、ここまで宜しいですか?」
「良くねえよ!!!なんだそりゃ!!!聞いてねえっていうか!!はあ?!何言ってんだ!!!一巻の終わり?まだこんなに若いのに?!」

思わずおっさんに勢い良く詰め寄る!!!

「まあまあ、落ち着いてくださいよ。今は時間止まってますからね、ゆっくり納得のいくまでご説明します。こちらの崩壊寸前のメーターはですね、今言いましたけど、交換が利くんです、また新しいものに交換できるんです。」
「じゃあ交換してくれ!!俺はまだ死にたくなんかないからな!!!」

まだ四十代なんだ、あんなこともこんなこともいろいろしたいし遊びたいし!!!モテるうちが華なんだ、遊べるうちに遊び倒さなくてどうすんだ!!!

「交換希望とのことなんですけどね、申し訳ないんですがこちらがですね…。」

おっさんが人差し指と親指で丸を作っている。…クッソ、結局金かよ!!!

「あんまり金は出せねえぞ、小遣いは…少ないんだ。」

おっさんの持っているハートの表面が、ぼろっと欠けてこぼれ落ちた。

「ああ、私には嘘つかない方がいいですよ、ほら、また欠けちゃった。嘘がもったいないなあ…。」

しまった、いつも小遣いが少ないと周りに愚痴ってる癖が!!!

「十万円ももらってたら小遣いは多いですからねえ。」
「…有美とのデートで使うからすくねえと言えばすくねえんだよ!で!!いくらなんだ!!!内緒の通帳から引き出すから!!!」

こいつには洗いざらい言った方がいいだろう、隠し事はキケンだ。
…おそらく。

「いや、お金じゃないんです、徳を支払っていただくんです。あなたの場合は…わりと困ってる人の相談に乗ったり、上辺だけですけど正義の味方も気取ってるし…イイカッコしいで自分をよく見せようとして善行もこれ見よがしに公然でやってるんでけっこう貯まってまして、まあ、一括でお買い上げいただけます。」
「じゃあ、それで。」

「ただね…。こちら、交換の際に、なじむまでしばらく、嘘がつけなくなっちゃうんです、その点をですね、ご理解いただかないと、着工に移れないんですよ、どうします?」
「なんだそれ!!嘘がつけなきゃ困る!!!いったいどれくらいの期間なんだ、え?!」

「そうですね、およそ一日程度でしょうか。…まあ、有休でも取って、一日ホテルに引きこもってたらすぐ終わりますよ、どうします?」
「仮に、交換しなかったらどうなる?」

「メーターが崩れ去ったとたんに、心臓が止まりますね。まあ…あと二、三日といったところでしょうか。こちらとしましては、メーターの寿命が尽きた時にですね、色々と飛び散るというか…かけらを拾い集めに、掃除に来るのが面倒なんでね、できれば交換をお願いしたいんですけれども。」

徳なんかまたすぐに貯まるだろ、交換一択だな。
…俺はまだ死にたくない!

「ま、普通は徳も貯まってなくて、ローンすら組めないゲスの塊みたいな人ばっかですからね、あなたは相当私にとっては上客です。メーターが壊れないようネットを貼るサービスを付けさせていただきますよ。これなら多少うそをついても、交換中は大丈夫です。とはいえ、正直を心がけて下さいね、壊れる間際であることには間違いありません。嘘をつくと、心臓のほうに痛みが出るかもしれないので。…そうだ、カウントダウンメーターをお貸ししますよ、壊れるまでについていいうその数が見える優れものです。」

やけに饒舌に語るおっさんが、俺に腕時計のようなものを差し出した。…11の表記がある。あと11回嘘をついていいってことか。

「ありがたい!じゃあ、今日から、今から着工に移ってくれ!!」
「かしこまりました。」

俺は出社するなり、体調不良を申し入れ、急遽休みを取る事にした。

…体調不良はうそにはならないみたいだ……。
そうか、メーターの不良があるから、体調は良くないもんな。

明日も休みを取った。準備は万端だ。

「マコちゃん、今日は…ないの?」
「ごめん!本当に調子が悪いんだ…。また今度、必ず。」

愛しの有美に真実を告げ、俺は自宅へと向かった。

「え…どうしたの、遅くなるんじゃ、なかったの…?」
「ごめん、体調不良でね。」

心配そうに俺を見る嫁の顔色は…ずいぶん悪い。

そりゃそうだ、朝出勤した俺がいきなり昼間に帰ってきたらびっくりするだろう。血の気が引いてるな、そんなに心配してくれているのか…。

「え、そんな…早く病院に行った方がいいんじゃないの…?私ついていくよ!!」
「いや、そこまで状態が悪いわけじゃないから…一人で休みたくてね。悪いんだけど、ここじゃあ、ちょっと…休まらないから、ホテルで一泊して様子見るからさ。今からまた、すぐに出るわ…。」

俺は今嘘がつけないからな、下手を踏む前に一刻も早くこの家を出たいんだ。

かばんを嫁に渡し、スーツを脱ぎ散らかし、外着に着替えようと二階の寝室に向かう俺を嫁が呼び止める。

「そんなに体調悪いなら、階段なんかのぼっちゃだめだよ。私取ってくるから、ここで待ってて。…タクシーも呼ぶからね、いい、ソファの上でおとなしく待ってて?」
「…分かった。」

こういう気の利くところが嫁の良いところなんだ。
長年連れ添っただけの事はあるな。

「明日の夕方には帰るから。頼むね。」
「わかった、駅前のステーションホテルだね、迎えに行くから、帰る時になったら電話してね。」

俺は嫁の呼んだタクシーに乗り込み、ホテルに向かった。

ホテルについて、チェックインを済ませ、部屋の中でぼんやりして過ごす。

ベッドの中でうとうとしていたら有美からラインが入っていたが…。
うっかりうそを打ち込んでへまをするとまずいので、体調が思わしくないとかきこんで、スマホを閉じた。

あとはテレビを見たり有料チャンネルを楽しんだりして、久々に一人ぼっちの夜を満喫した。

…わりと一人で過ごすのも悪くないなあ。むしろのびのびとして快適だ!!!


「やあやあ、お時間かかってすみませんでした、無事施工完了しましたよ!!じゃあ早速新しいうそつきメーターを確認していただきますのでね!!!」
「ああ、あんたか、ありがとさん。」

翌日、俺がホテルのラウンジでコーヒーを飲んでいるとあのおっさんが現れた。なんだまだ昼じゃないか、案外仕事が早いな。
…周りの人間が固まってる、ああ、時間が止まってるのか、不思議な光景だ。

俺は11の表示のまま変わらなかったカウンターをおっさんに手渡した。
1人で過ごせば、嘘なんてつかなくてすむもんなんだな。

「もうこれでしばらく嘘をつきまくっても大丈夫ですよ。…まあ、今までの調子でうそついてたら60あたりでまた徳を支払うことになりそうですけどね!!!」

おっさんが俺の頭の上に手を伸ばして…ああ、うそつきメーターの確認をするのか。

「はは、その時はまた一括で支払うよ。」

新しいぴかぴかのハートを手渡された俺は、上機嫌で軽口を叩く。
傷ひとつないうそつきメーターは、ふわりと浮かんで、俺の頭上ですっと消えた。

「どうかな、その時はちょっと足らなそうですね、45年で積み上げた徳を、今回で8割使っちゃいましたからね。次回はローンかな?でもローンを組んだところで返せるかどうか難しいところかな…。」
「え!!ちょっと待て、そんなに使ったの?!まさか俺三途の川が渡れないなんてことは…!!!」

しまった、俺としたことが、どれくらい徳が支払われるのかを確認しておかなかった!!焦っていたとはいえ、何たる不覚…!!!

「そんなことないですよ、三途の川だったら8往復くらいできる徳が残ってますから。…まあ、今後はなるべくうそをつかない人生を送る事ですね。」
「メーターってのはそんなに高価なものだったのか…。」

楽しい人生、長生きしたいもんなあ。今後はなるべく自分に正直に生きていこう。

「じゃ、またいつかお会い致しましょう。ありがとうございました。」
「ああ、ありがとな、俺はもう会う気はないけど。」

おっさんが消えると、ラウンジの人が動き出し、俺の周りにざわめきが戻った。

午後1時、俺を迎えに来た嫁は、やけに疲れた顔をしている。

「もう!!心配で昨日は眠れなかったんだよ?!もう無理…しないでね?」
「…悪かったよ。」

普段はうっとおしいだけの嫁だけどさ、まっすぐな愛情を向けられると…グッとくるもんがあるよな。

「あなたに何かあったら、私、私…!!!」
「本当に、悪かった。…今後は、気を付けるから。」

これからは、なるべく…こいつにもうそをつかないよう、暮らしていかないとな。

おっさんの言っていた、次はローンという一言が、ズシリと俺にのしかかる。…そろそろ、俺も落ち着く時、なのかもなあ。


家に到着し、嫁の入れてくれたコーヒーをのんびり飲んでいると、スマホの着信音が鳴った。

…この音は有美だな。向かい合って座る嫁の目が気になる。

「電話なってるけど、出なくていいの?会社の人も心配してるんじゃない?出てあげた方がいいんじゃない?」
「…ああ。」

…うそをつかないと、誓ったばかりなんだがなあ。

「はい。」
『もー!全然ラインの返事くれないんだから!!既読もつかないってどういうこと!!』

「すみません、体調不良で、電源を切っていたので。」
「…なんだあ、奥ちゃんいるの?またあとで絶対ライン入れてよ?』

「はい、必ず、では、失礼します。」
『あ、ちょっと…』

またかかってくると厄介だ、俺はすかさずスマホの電源を切った。

「…ダメじゃない、ちゃんと調子戻ったこと伝えないと。」
「いいんだ、どうせ明日出社すると伝えてある。」

「明日も休んだほうがいいと思う。」
「はは、心配しすぎだよ、もうすっかり…調子はいいんだ。」

嫁の気遣いに、うっとおしさを感じつつも、少しだけ、愛情を、感じる。

「そう?だって…また朝早く出て、残業、してくるんでしょ?」
「明日は・・・いや、しばらくは早く帰ってくる。心配かけて悪かったな。」

…そうだな、たまには、いや…これからは、散々ほったらかしていた嫁の相手も、してやるかな。

「ほんとに?・・・うれしい!!!」

こんなにも、俺のことを心配しているしな。

「ずっと夜中に帰ってきてたから、私、すごく寂しかったんだ。…体調不良に、感謝、しちゃうな。」

見飽きた嫁だけどさ、まあ、原点回帰って言うのかね?たまには、古女房も愛でておかないと駄目だな、うん。

「可愛いことを言う。・・・これからはなるべく早く帰ってきて、お前といるように、するから。」
「…ありがとう!すごく、うれしいよ…。」

・・・涙まで流してるじゃないか。
・・・クソ、罪悪感が湧いてくるな。
・・・俺は、相当、ひどい旦那だった、かも、知れない。

「今まで、悪かった。…真奈美、愛してる。」
「あなた・・・!うん、私も、あなたを、愛してる・・・!!!」

俺が、嫁を久しぶりに抱きしめようと。

手を、伸ばした、その瞬間。

「ぐっ…グヘェッ…!!!カ、ッカハッ…!!!」

「おい・・・?おい、真奈美、どうしたんだっ!!!!」

突如、嫁が、胸を押さえて、倒れこんでっ!!!!!!!
きゅ、救急車!!!!!!!!!

俺が電源を切ったスマホに手を伸ばした、そのとき。

「おや、また会いましたねえ。…お邪魔します、ちょっと片付け作業に取り掛からせていただきますんで。あ、救急車は呼んでもらって大丈夫ですよ、私姿は消しておきますんで。…まあ助かりませんけど。」

・・・なぜ、うそつき屋が、ここにいる?
・・・なぜ、うそつき屋は、ほうき片手に、なにかを、かき集めている?

俺は、震える手で、スマホの電源をいれ。

ラインの着信音が鳴り響く中、いつまでたっても、救急車を、呼ぶ、ことが。

救急車を、呼んだところで。

呼ぶ、ことが。

呼ぶ。

事。

が・・・。

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