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タピオカ襲撃

「ねーねー!タピオカもらったー!」

コロナ騒ぎで開催中止となってしまった地区運動会の事務処理に行った旦那が、両手にレジ袋を引っさげて帰ってきた。

「なにそれ!!めっちゃあるじゃん!!」
「わーい!!のみほのみほ!!」
「作るの?」

……ブームになる前から、ちょいちょいタピオカを購入していたので少々の知識はあるのですよ。この量は…普通の一家ならば一年分クラスだけど?!四キロもあるよ!!どうすんだ!!!
しかもこれゆで時間二時間のやつじゃん!!

「なんかさあ、タピオカブームを見越して、去年発注しちゃったんだって。でも今年イベント中止になっちゃって。」
「うわ、マジか…キャンセルできなかったのかね。」
「いいじゃん!うちで全部たべちゃおー!」
「ゆでたい。」

子供だけで500人近く参加するイベントだもんなあ…それが中止ってのは大変なことだよ。今年はこういうことがきっと日本中、いや世界中で起きているのだ。なんと言う不遇な年なんだ。

「みんな作り方とかわかんないって言うからさあ、もらってきちゃった!!」
「作り方を知らん人が何注文してるんだ…イベントやってたら大問題だったんじゃ…。」

ゆで時間や黒糖で漬け込む時間なんてのを計算してなかった可能性があるぞ。誰だ!去年タピオカやろうって決めたやつは!!!ちょっと待て、そういえば去年旦那がタピオカ店巡りしてた時期があったな。
…追求したら腹立たしい案件が発生しそうだ、よし忘れよう。

「でさー、なんかみんなタピオカ飲んでみたいんだって!来年の練習と、味見ってことみたい。」
「はあ?!今から作れと?!夕方までかかるよ!!」

これだからただがつがつと食い散らかすだけのやつは困るんだよ!!!ゆで時間に入れ物、ミルクティの準備にストロー確保、黒糖はあるから何とかなるけど!!

「わかったー、じゃあ、夕方来てねってラインしとくね!」

微塵も悪びれる事無く、旦那はラインを…流しちゃったよ!!!なんてこった!!わたしの午後の予定ッ!!!
…もうじたばたしても仕方がない、状況は…タピオカ調理は、決定してしまった。

「手伝うからさあ!よろしく!!」
「手伝うからさあ…?!とっととミルクティ箱で買って来いッ!!!」
「あたしも行くよー、ストロー買うよね、プラコップもかお!!」
「ゆでるの、どのなべ?」

急遽決まってしまった、タピオカミルクティ作りは、着々と進行したのである。


「いやあ!ゴメンネ!急にお願いすることになっちゃって!」
「はは、あんまりお気に召さなかったらごめんなさいね、…はい、ドゾー。」

狭い我が家に、続々と人が集まりだしたのは夕方四時過ぎ。
各町内会の地区長さんに体育振興会のメンバー、噂を聞きつけたご近所さんに息子の友達まで!!

「初めて飲んだけどうまいなあ!!」
「簡単に配れるのねえ。作っとけばまわせそうじゃない?ミルクティ注ぐだけでしょ。」

寸胴なべにいっぱい作った黒糖タピオカがどんどん無くなっていく。お玉いっぱいづつ入れてたけど、このままじゃ足りなくなるかも、お玉三分の二に減らそう。

「ゆでるのに二時間かかって、冷ますのに二時間かかりますよ。」
「じゃあ、昼に配ればいいんじゃない?」

ゆでてる間、ゆで係はなべに付きっ切りになってしまうわけなんですけど?地区運動会なんでしょ、演目見たいでしょ、出なきゃいけないでしょ、めんどくさいと思うよー!

「はは、来年はタピオカブームも去ってると思いますよ、駄菓子かなんかでいいんじゃないですかね。」
「ブームが去ったときこそ、懐かしさが募ってうまいと思うもんなんだよ!」
「これおいしいから人気まちがいないわよー!」

駄目だ、これはタピオカ決定間違いなしコースだ、マジか、勘弁してー!

「ゆでるの結構難しくて、ええと、衛生的な問題もあるし、食べ物系はちょっと保留したほうがいいんじゃないですかね。」
「衛生のほうは保健所勤務の山田さんにお願いできるし、ゆでるのは奥さんにお願いしたら間違いなさそうだし!」
「賞味期限の問題もあるし、注文は前月にしましょう、覚えといてね!」

アカン…なんか私タピオカ要員になってる!!しかも注文係までやるハメになりそうだ、これはまずい!!

「ええと、私そそっかしいので、几帳面な人にお願いしたいですね。」
「大丈夫大丈夫!何とかなるから!!頼むね!!」
「おかあさーん!ストローなくなっちゃった!!」
「コーラに入れたい。」

だめだ、収拾が付かない!断るチャンスが、ない!!

「あ、合田さん、こっちこっち!」
「おいしいもの配ってるって聞いたから来ちゃった!!」
「奥さんこんなのも作れるの、すごいね!!」
「ねえねえ!庭で取れたピーマン持ってきたから、もらって!」
「この前のマドレーヌ、めっちゃおいしかった!ありがとうね!!」
「おかあさーん!奈良漬もらったよー!」

勘弁してー!!

もはや会話する余裕もなくなった私は、ただただひたすらに黒糖タピオカをプラコップにいれ、ミルクティを注ぎ、ストローを挿して差し出すだけの人となった。誰が何人いつ来てどう帰っていったのか、お玉を見つめる私の目にはまったく映ることはなくなったのである。

なべにいっぱいあったタピオカがなくなると、ちょうどミルクティも無くなった。
人が入れ替わり立ち代り訪れていた玄関に人影は…旦那と娘と息子だけだな、よし。

いつの間にかストックしておいたコーラとカルピスもなくなっている。ああ、また新しいの買ってこないと。

コンビニで買ってきたかちわり氷は少し余ったようで、無理やり冷凍庫に突っ込まれており、野菜室にはピーマンや奈良漬やよく分からないゼリーに缶コーヒーが所狭しと詰められている。人の波が去った玄関には、パンパンに詰まったプラスチックゴミの袋が二つ転がっている。プラゴミの日は五日後だ、出す日までに蟻が集らなきゃいいけど・・・。

「みんな喜んでて良かったね!いいものいっぱいもらっちゃったし!!」

旦那は誰かからもらった柿をがぶがぶとかじっている。

「おいしかった。」
「ちょっと飲み過ぎたー、でもおいしかった!カルピス、いいね!!」
「…よかったね。」

げっそりしてしまった私は、一息つこうと椅子に腰をおろした。
テーブルの上には、カット済みの奈良漬が並んでいる。これをつまみながらタピオカでも飲もうかな……。私は冷蔵庫に向かい……?!

「…ちょっと!!ここにあったタピオカ、どうしたの!!!」
「あ、飲んじゃった!おいしかったよ!!!」

自分の分を冷蔵庫にしまっておいたのが間違いだった。名前を書いてラップしておいたというのに、案の定だよ!!!

「あんた味見って言ってミルクティもカルピスもコーラも飲んだじゃん!!何でわざわざ!!!」
「だって抹茶のやつも飲みたかったんだもん。いいじゃん、まだ二袋あるんだし、いつでも作れるでしょ。」
「今飲もうと思ってわざわざおいといたのに!!!」

タピオカを作るだけ作らせておいて、私は飲む事すら叶わないと言うのか。

「ねえねえ、今日の晩ご飯何ー?」
「餃子が食べたい。」

タピオカを作るだけ作った私は、晩ご飯も作らねばならないと言うのか。

「いいねえ!餃子食べにいこ!!」

タピオカを作ってがんばった私は、晩ご飯を作らなくてもよさそうだ。

…大喜びで餃子店に行って、晩酌まで楽しませていただいた私であったが。

二週間後のグラウンドゴルフ大会で、参加者達にタピオカを振舞わねばならない状況に追い込まれることをまだ知らないのであった。

またしてもタピオカを作れるだけ作らされた挙句、おいしくいただく事ができないとは、微塵も知らないので、あった。

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