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実家にて

「よっちゃんは年越しそばどうする?紅白終わったら作るけど。」

ここ数年実家に帰らず、アパートで彼女と年越しをしていた俺は…、実に五年ぶりに、実家で年を越すことに、した。

恋人との別れってのはさ、本当に身に染みるというか、さびしさを増すというか・・・とても一人で年越しをする勇気がなかったというか。
こういうとき、家族がいてよかったなあと、心から、しみじみ、思う。

「俺はいいよ、腹減ってないから。」

夕方に実家に到着した俺は、8人の大所帯ですき焼き鍋を囲み…すでに満腹だ。
普段夜八時以降は何も物を食わない生活をしているからさ、急に食ったら正月早々体調を壊すことは目に見えているというか。

「じゃあ、お兄ちゃんの分と美和ちゃんの分と、ダイちゃんはうどんで…。」
「俺は海老天いらんからな、生卵で。」
「じゃあ父さんの分は俺がもらおう。」
「どうしよう、追加でそば買ってくる?私車出すけど。」
「ママ、おちゃ、ほしい。」

キッチンで後片付けをしている母ちゃんと兄貴の嫁の美和ちゃん、甥っ子の手を引く兄貴、冷蔵庫をのぞく父ちゃんがわちゃわちゃと動いている。大晦日の実家は、実に人口密度が高い。

…しかも、これからさらに増えていくのである。

今いるのは、兄貴夫婦に甥っ子、両親にじいちゃんばあちゃん。
このあとおばさん、おじさん、その子供たちが来ることになっている。
小さい子供のいるいとこたちは元旦に来ることになっているが、それを引いても今から総勢20人近くが我が家に集結するのである。

やけに大きな家である我が家は、一族の年越しの場として長年提供され続けているのだ。

二間続きの和室がみっちり埋まるのは、夜八時を過ぎる頃。紅白を見ながら一年の出来事を報告し合い、年越しそばを食って腹ごなしに近所の神社に初詣に行き、帰りに銭湯でひとっ風呂浴びて帰ってくるのが毎年の常となっている…はず。少なくとも、俺が就職して家を出るまではずっとそうだった。

「悪いけど俺は11時になったら寝るから。風呂も行かないからさ、留守番しとく。鍵かけて出かけてもらっていい?」
「あんた…初詣くらい行った方がいいんじゃないの。心がけが足りないから良い出会いもなくて33にもなるのに独身で!」

宴会の準備で忙しい母ちゃんは、普段なら言わないようなことまで口にしてしまうくらい…余裕がないらしい。

「じゃあかわりに祈っといてくれよ、俺は年末年始も通常のスケジュールを遂行するからさ。もう若くないんだ、慣れないことすると調子が狂っちゃうよ。」
「そんな人任せにして!」

なんだ、めんどくさい事になりそうだな。

「よっちゃん、これやろ。」

しかめっ面の母ちゃんに睨まれていた俺の前に現れた甥っ子が差し出したのは、でっかいブロック入りのリュック。そうだ、一緒にお城を作ろうとさっき約束してたんだった。

「よし!!すげえの作るぞ!!」

ナイス甥っ子。母ちゃんの何か言いたそうな顔をスルーして、俺はまだ人気のない和室の片隅に堂々とリュックの中をぶちまけ、甥っ子と一緒にブロックで遊び始めた。

夢中になってブロックを組んでいるうちに部屋の中は見る見る人で埋まり、久しぶりに顔を出した俺はどうにもこうにもいじられることになった。

当たり障りのない返事を返しつつ、早く初詣に行ってくれねえかなと祈るばかり。

「ふわぁ・・・。」

ブロックに夢中になっていた甥っ子が、大きなあくびをした。

「美和ちゃん!ダイ眠そうだからさ、風呂入れて寝かせるわ。」
「いいの?ありがとう!お願い!」

甥っ子が目をこすり始めたので、これ幸いと逃げ出すことにした。

風呂で多少はしゃいでいたものの、慣れない家で緊張していたこともあってか、甥っ子は髪を乾かしている最中から舟をこぎ始め、あっという間に夢の世界へ。除夜の鐘を聞くことなく、俺も甥っ子と共に夢の中へ。小さい子供ってのは体温高くてあったかいな、あっという間に安眠できてびっくりしたよ。


「うぃーっす!帰ったぞー!!」
「よっちゃんこれお土産!!」
「ダイ、大丈夫だった?」
「誰か来た?」
「なんか食べた?」

元旦9時半過ぎに、やけにつやつやした団体が帰ってきた。…よくわからない紅白の袋を手渡される。なんだこれは。…新春ビンゴ大会三等、中身は温泉のもとか。

「はいお帰り、明けましておめでとう。ダイはさっき起きて今トイレに行ってる、今のところ誰も来てなくて、朝飯はまだ食べてないな、コーヒー飲んだだけ。」

例年なら、このあと母ちゃん自慢のおせちが並んで、寿司が来て、宴会が始まるはず。地味に俺は下戸だからさ、いつもいつも、毎年毎年…酔っ払いの相手をするのが大変で、しかし酔っ払いであるが故のノリの良さによる多大なる恩恵に与るべく付き合わせてもらっていた時代が長く続いていたというか。…もういい年だし、恩恵に与るも何も。むしろ甥っ子姪っ子たちに恩恵を与えなければならないわけで。多分宴会途中でいとこ連中がそろってくるはずだ。

「10時にお寿司来るけど、それまで大丈夫?」
「うん、大丈夫。」

酒を飲まない分、俺はウマい寿司をたらふく食べると決めている。今年は久しぶりに母ちゃんのおせちも食べたいし。

賑わうテーブルに混じろうとした、そのとき。

「あけましておめでとうございますー!」
「チキン買ってきたよ!!」

いとこ一家のお早いお着きだ。…美味そうなにおいのするもんを持ってきてるな。…俺の腹が鳴りそうだ。

「あれ!!!よっちゃん、久しぶり!!」
「お久しぶりだね、何年ぶり?」
「はは、ひさしぶり、五年ぶりだね、ええと…ハナちゃんと、ケイちゃんだったよね、はい、明けましておめでとう。」

「ありがとう!」
「ありがとうございます!!」

ニコニコの姪っ子たちの笑顔が、目に染みるぜ…。前に見た時はまだオムツしてて、オムツが足りなくなって車で買いに走ってたな…。子供の成長ってあっという間だなあ…。

「うわ、ありがとう!よっちゃんこれ一緒に食おうよ、うちの子刺身食えないからさ、毎年チキンバーレル持ってきてんだ、まだ寿司来てないでしょ!」
「そうなんだ、じゃあちょっと分けてもらおうかな、朝飯食ってなくてさ!」

五年の月日は、少々毎年の流れってのを変えているみたいだ。うちにチキンが並ぶ日が来ていたとはね。そうだよなあ、子供も成長するし、変わっていくことも、多いよなあ。…なんというか、俺だけ、置いてけぼりになってるみたいだ。
彼女はいなくなるし、子供もいないし、年だけ取って、昔からの流れしか知らずに、今現在の流れを受け入れるだけの…脇役的な存在というか。地味にへこむ、かも知れない・・・。

「あれ、そういえば美和ちゃんは?」

姪っ子と甥っ子に囲まれてクリスピーチキンにかぶりついていた俺は、いとこの嫁の椿ちゃんの一言で美和ちゃんの姿がない事に気が付いた。なんというか、人が多すぎてさ、いなくなった人に気が付けなかったというか。

「ああ、風呂屋で同級生に会ってさ、急遽新年会やることになって離脱したんだ。夕方までには帰ってくると思うよ。」

おせちを運びながら、兄ちゃんが応える。美和ちゃんがいない分自主的に働いているあたり、できた長男だなあと感心する。対して俺は食ってばかりだな、うーん…。

「兄ちゃんも行けばよかったのに。」

兄貴は中学校の時から付き合っていた美和ちゃんと結婚したから、この辺りに住む同級生たちとなじみが深いんだよ。帰省している同級生が共通していたり。

「いや、俺は一応本家の長男だし、高い酒が待ってるし!あいつらとはいつでも飲めるけど、気前のいいおじちゃんたちとは年に一回しか飲めないんだぞ!!ねえ!!!」
「おうおう、言ったな!じゃあこっちも大盤振る舞いせん訳にはいかんな!!!」
「俺のとっておきの酒飲ましちゃるで!!!」

兄貴の盛り上げ上手には恐れ入るよ…。さすが長男だ、俺には真似できないな。


「たっだいまー!」

「すみません、美和ひどいことになっちゃって。飲ませ過ぎちゃって…。あの、かず君は?」

美和ちゃんが赤い顔をして帰ってきた。どうやら久しぶりの同級生との顔合わせで羽目を外してしまったらしい。…靴をそろえもせずに、美和ちゃんは座敷の奥に引っ込んで行ったぞ。大丈夫なのか。・・・絶対に大丈夫じゃない。

「ええと、兄貴は今泥酔してて…。」

兄貴はおじさん秘蔵の大吟醸をそれはもう堪能し尽くし、べろんべろんになってしまって大変なことになっている。息子は恐れ戦き、俺の懐にもぐりこむ有様だ。とんだ大酒のみ夫婦がいたもんだよ、まったく…。

「えっと、すみません、お手数をおかけしてしまって。」

俺の嫁じゃないんだけど、一応お礼を言っておかねば、謝っておかねばなるまい。

「いえいえ・・・。」

兄貴と美和ちゃんの同級生ってことは、俺も多少知ってるかなと思ったけど、全然記憶にないな、誰だろう。名前聞いておこうかな。

「あの、どちらさまでしたっけ、伝えておきますんで。」
「ああ、宮森です、ふふ…芳徳君、だよね?」

宮森…どっかで聞いたことあるな、誰だったっけ。どうも最近昔のことがトンと思い出せなくなってだな。

・・・?なんだろう、やけに…微笑んでいる、ような??

「お姉ちゃん、これ、忘れてる!」

ニコニコしている宮森さんの後ろから、やけにはつらつとした女性が顔を出した。あれは、美和ちゃんのカバンだ。

「あ、ありがとうございます、それ…」

「あ!!!!!!!!!あなた、ぷっ、くくく、あはは・・・!!!」

「ちょっと!!!はっちゃん!!!!」

笑いをこらえ切れない女性が、僕から目をそらした。かばんを受け取りながら、俺は非常に、こう、いやな予感がしてきたぞ…。

「ご、ごめんなさい、あの、あなたの、弟さんの、ふふ、コスプレ好きという噂を、ふふ!!あはは・・・!!!」

げえ!!!!!!!!

さては!!!

「ごめんね、美和がぷっ、くく・・・!!ステージの練習動画、見ちゃったの、みんな大ウケで…!!!」

去年、学園祭で女装喫茶とオンステージをやらされた時のリハーサル動画を出したな!!!
しまった、アニメ好きの美和ちゃんにウケるキャラを聞いて、演出の助言を求めたのが…こんな所でこんな恥さらしに繋がろうとは!!!!

「ちょっと待ってください、見た?!見ましたね?!あれは学校でやらざるを得なくてですね、生徒たちが!!!コスプレ好きは誤解です、初体験初披露です!!!」

おかしな趣味を持つ変な人だと思われてなるものか!!!わざわざヅラまで通販して肌色の全身タイツまで着込んで頑張ったんだぞ!!ダンスも覚えて決めポーズまで練習して、ケチャップでメッセージ書いたりどれだけ俺が努力したと思ってるんだ!!!
その努力がここまでの笑みを呼ぶとかどうなんだ!!!

「え!!すごい、初挑戦であれ?!クオリティが違いますね、本番見たかった・・・!!!」

「・・・ありますよ。見ますか!!!」

こうなりゃやけだ!!!!

動きの揃ってないみっともないダンスじゃなくて、洗練されたステージを見てもらおうじゃないか!!!

「あ、みたいみたい!動画送ってください、ええと・・・。」
「サイズでかいからメールじゃ送れないな、ノート持ってくるんで、ちょっと待っててください!!!」

俺は玄関に女性二人を残したまま、自分の部屋へ・・・。

くそ、あんな未完成なダンスの無様な様子を見られて笑われて終わるとかありえん!!

せめてすごいと言わせて見せようぞ!!!

「あ、よっちゃん!さっき渡すの忘れてた、ハイ。」
「なにこれ。」

鼻息を荒くしている俺を見て、母ちゃんがすれ違いざまに何か渡してきた・・・おみくじ?

「ちゃんとよっちゃんの分のお願いしてきたよ、初詣!!おみくじも引いてきたんだから感謝しなさいね!!!」
「ああ、ありがとう・・・。」

おみくじって自分で引かないといけないんじゃないの、まあいいけど。

自分の部屋においてあるノートパソコンの電源を入れて、起動している隙におみくじを開いてみる。せっかく引いてきてくれたんだ、見ておかないと悪いからな。

「お、大吉だ。」

大吉。
笑う門には縁来る。
出会いを大切に。
家族が福を呼んでくる。
積極的に行動すべし。

・・・。

何だ、こう、やけに…気のせいか?

今、この瞬間の、シチュエーションが、こう、やけに。

・・・。

立ち上がったパソコンを持って、玄関に、向かう。

「わ!!ほんとに持って来てくれた!!ありがとうございますー!見ていい?」

動画を再生させると、女性は目をきらきらさせて見入っている・・・。

兄貴と美和ちゃんの同級生のほうはそんなに興味がないみたいで、やや引きつった笑いが浮かんでいるけれども。

「ごめんね、芳徳君、この子すごくお調子者で、遠慮知らずというか、怖いものしらずって言うか。」
「お姉ちゃんひどい!!あの、私踊ってみた投稿してるんです、良かったらえっとー、そのー・・・。」

俺は、予定外?予想外に、女性の連絡先をゲットすることになり。

新年早々、少々浮かれることになった。

うん、俺は浮かれている。

それはもう、浮かれている。

宮森さんの一番下の妹さんは、彼氏募集中なんだってさ、なんだってさ、なんだってさ・・・!!!

何、この、とんとん拍子。

・・・。

俺の手の平には、母ちゃんが引いてきてくれたおみくじがある。

大吉。
笑う門には縁来る。
出会いを大切に。
家族が福を呼んでくる。
積極的に行動すべし。

・・・代理で祈ってもらって、このご利益。

・・・代理でおみくじを引いてもらって、この収穫。

俺本人が行ったら、どんなご利益がいただけるのか。

俺本人が行ったら、どんな収穫がいただけるのか。

「よっちゃん、どっかいこ。」

新年早々両親が酔いつぶれてしまった、気の毒な甥っ子の声を聞いた俺は。

「母ちゃん、ちょっとダイと一緒に散歩に行ってくるわ!」
「はいはい、気をつけてね。」

甥っ子と一緒に、初詣に出かけることにしたので、あった。

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