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超能力者の鬱々しい独白、そして新たな世界よこんにちは。

 俺は、超能力者だ。
 それも、とびきりのやつ。

 ……とびきり、手間のかかるやつ。

 名付けるならば、遅れ超能力。

 ……超能力ってのは、あれだ。
 物浮かべーって思ったらスイスイ動いて、テレポートしたいと思ったら秒で移動して、見たいと思ったらその場で透けて見えるもんだ。

 ところが、俺の能力ときたら。
 遅れて発動しやがるのさ。
 それもめちゃめちゃ、遅い。

 このクソみてえな能力に目覚めたのは、忘れもしない、小学生最期の夏休みの事だ。

 クソ暑い真夏の午前、ツレから借りたエスパー美香という漫画を見た俺は、テレキネシスってのができるかもと思って、目の前にあったぬいぐるみを動かそうと考えた。

 ―――動け、動け、天井に届くくらい、飛び上がれ!!

 びくともしないぬいぐるみを見て、超能力なんざ漫画の中の話だけなんだな、そう思って単行本を投げ捨てた。

 その日の、夕方。

 夏休みの宿題を作っていた俺は、机の上で最後の仕上げをしていた。
 紙粘土で作った、芸術的な貯金箱が完成しようとした、その、瞬間。

 ひゅんっ!!!
 ズボグワッシャガッ!!!!!

 目の前の芸術作品が、天井に、ぶっ刺さった。

 ものすごい音に驚いてすっ飛んできた母さんが、発狂した。

 テンジョウガー!
 ナニヤッテンノー!
 ドウスンノヨー!

 普段の温厚っぷりが嘘のように、怒号が飛び交った。

 いわゆるおとなしくて聞き分けのいい子だった俺は、それまでほぼ怒られることなく生きてきていた。

 だから、本当に、めちゃめちゃ、怖かった。

 その時の母さんの様子が、深く深く、傷となって心に刻み込まれた。
 この人は怒らせたらダメな人だ、と。

 夏休み中、ずっとあの現象は何だったんだと、考えていた。

 まさか……超能力?
 そうとしか思えない。

 でもなんでいきなり貯金箱が飛んだ?
 俺はあの時、貯金箱を飛ばそうとは微塵も考えていなかった。
 むしろ、うっとりするような出来に大満足していたのだ。
 天井にぶち当てて破壊するつもりなんざ、一ミリもなかった。

 恐ろしくなって、お試しで超能力を使う気にはなれなかった。

 現象について検証はするが、超能力が発動しないようにおかしなことを考えないようつとめた。

 謎が解けた日のことも、はっきり覚えている。
 小学校最後の運動会の、帰りのことだ。

 ツレの大沢が、アホみたいにはしゃいでいた。
 同じクラスのさくらがブラジャー着け始めたぞ!って、そりゃあもう大げさに騒ぎ立ててやがったんだ。
 見せろ、いやよ、見たい、見るなと押し問答が続いていて、俺は仲がいいなあとぼんやり思っていた。

 そしたら大沢が、

「あー!!透視できたらなー!!」

 とかほざいてんの。
 へえ、透視かあ、と思って、何気にさくらの胸を透視してみた。まあ、俺もいわゆる…好奇心旺盛だったわけだ。
 ジーっとしばし見つめてみたものの、特に透けて中身が見えることはなかった。

 ところがだ。
 夜風呂に入ってたら、なんか目が…ぼんやりと、ぼやけてきたのさ。

 お湯に浸かって、ボーッと湯けむりを見てたら、なんか肌色のものが見えてきた。なんだろうと思って凝視したら、しわしわの、ばあちゃんのおっぱいらしき、モノだと、気が、付いてしまった。

「ひゃわはアアアアえぎゃアアアアアアア!!!!」

 俺は思わず雄たけびをあげて、風呂桶の中で立ち上がり、頭を抱えた。

 そこに、母さんが飛び込んできた。

 もう大きくなったから、一緒に風呂に入らなくなった頃。
 うっすら第二次性徴が、始まった頃。

 ドウシタノ!!
 ナニガアッタノ!
 ナニツッタッテルノ!

 全部見られた悲しみと恥辱を、俺は深く、深く、心に刻み込んだ。

 なんでだ、なんでなんだ!!
 なぜしわしわの物体が見えてくるんだ!!

 なんでだ、なんでなんだ!!
 なぜすっぽんぽんを見られなきゃいけないんだ!!

 俺は混乱した。

 ドライヤーで髪を乾かしながら、きっちりパジャマを着こんで一人で考察を重ねた。

 この不思議な現象、おそらく……、あの貯金箱事件と同じもの。
 しかしなぜ、さくらのおっぱいではない未知の縮れた皮膚が……?
 乳頭のくたびれ具合から察するに、アレは後期高齢女性のものに違いない。

 なぜだ。
 ……アレは、年老いたさくらのおっぱいを予言したものなのか?

 俺はおっぱいの真相を探るべく、研究を始めた。

 次の日、学校でさくらのおっぱいを再び透視した。
 ……見えない。

 あんまりおっぱいを見ていると大沢がうるさそうなので、二分ほど見つめたのち窓の外を見てごまかした。

 夕方、宿題を片付けていると、何やらノートの上に透けて見えてきた。

 ……茶色いものは…机?
 教室の、風景……?

 一瞬教室っぽく見えたのだが、次の瞬間、毛だらけの茶色い乳頭が見えた。

「ひゃわはアアアアえぎゃアアアアアアア?!?!」

 思わず嬌声をあげる。

 母さんが飛び込んできた。

 チョットドウシタノ!
 ビックリスルジャナイ!
 ナニガアッタノ!

 咄嗟にゴキブリが出たと嘘をついた。

 ヒステリーを起こす母さんを部屋の外に追い出し、椅子に座って腕を組んで天井を見つめた。

 ……あの茶色い毛むくじゃらの乳頭。
 あれはおそらく、担任の、川端先生の乳首だ。
 一学期、プールの授業で、いやというほど見て、散々クラス中で話題にした逸品。

 なぜ、そんなものがいきなり俺の目に映ってしまったのか?

 ……俺は、さくらのおっぱいを透視しようと試みた。
 それは、事実だ。
 しかし、透視できたのは、なぜか担任のキモイパーツ。

 俺は、教室内で、透視を試み、教室内の映像を、確かに目にした。
 透視をしようと思ったのは、午前中。
 確か、給食の前だったから、11時ごろ。
 そして、見たくないものが見えたのが……夕方5時過ぎ。

 うちの学校は、5時に教師が教室のカギを閉めて回ることになっている。
 午前11時、透視を試みた時、さくらはドアの手前にいた。
 午後5時、担任はドアの手前に立ったはずだ。

 俺の中の、不可解な謎パズルのピースが、かちりとはまった。

 ……俺の超能力は、遅れて作動する!!!

 運動会の後のさくらのおっぱいの件は、たぶん……道端でさくらのおっぱいを透視したあの場所に、6時間後、高齢女性が通りかかったんだ!

 だから、あのおっぱいは、さくらのじゃない!

 俺のがっかり感は、ハンパなかった。

 見たい時に見えない、物を飛ばしたい時に飛ばせない、6時間後に発動されるおかしな超能力を…どうやって使ったらいいというんだ。
 どう考えても大事故の予感しかしない。

 それから俺は超能力を試みようとしなくなった。
 いつ何時、変なものを見てしまうかわからないからだ。

 俺の頭が良かったら、いろいろと活かせる道があったかもしれない。
 だが、そんなものは微塵も思い浮かばなかった。
 所詮、俺はただの子供だった。

 ヤサグレて超能力を使わなくなって数年、俺は大学生になり、一人暮らしをはじめた。

 多少のことをやらかしたとしても何とかなるだろう、そんな軽い気持ちで、久しぶりに超能力に、手を出してみることにした。

 チャレンジしてみたのは、テレポーテーション。
 午前11時、自分の部屋で椅子に座り、テレポーテーションを念じる。

 これで、どこにいても、6時間後、ここに、帰ってくる、はず。

 そう信じて、近所のスーパー銭湯に出かけた。

 途中で思いがけずハプニングに見舞われた。
 自転車と車の接触事故だ。
 たまたま目撃者になってしまった俺は、1時間ほど拘束された後、解放された。

 小難しい話をされて疲れてしまった俺は、スーパー銭湯にあるトレーニングマシンを一通りやった後、湯に浸かりながらうとうととしてしまった。

 ……ふと、空気が、変わった。

 肌寒さを感じて、ぼんやりしていた意識が…だんだん覚醒し始めた。

 俺は、素っ裸のまま、頭にタオルをのせ、全身びしょぬれでテレポーテーションしたのだ。

 テレポートした!テレポートできた!!と、ややテンションが上がり始めた俺の耳に聞こえてきたのは…ガチャガチャと、玄関ドアのかぎを開ける音。

 不意に、ドアが、ギイ、と開いた。

 ……俺の住むアパートは、玄関から部屋の中すべてが見渡せるワンルーム。

 ナニヤッテンノー!
 ナンデハダカナノー!
 ミズビタシジャナイノー!!

 突如現れた母さんに……成人した裸体をばっちり見られ、俺は、完全に、意気消沈した。

 言い訳をする気にもなれず、もはや堂々とすべてをさらけ出して、引き出しの中の新しいパンツを取りに行く事しかできなかった。

 母さんは、やんややんやとヒステリーを起こしたのち、水浸しのフローリングを拭いて帰っていった。

 またしても心に深い傷を負ってしまった俺は、黙って……服を着て、スーパー銭湯に置きっぱなしになっている脱いだ服とバスタオル、靴、かばんを取りに行った。わりと値段の張る入場料金を二回も払う事になり、晩飯一回分が吹っ飛んでしまって、心ばかりか財布にまでダメージを負ってしまったのだ。

 俺は、遅れ超能力を使いこなせないまま……気が付けばもう、30。

 今日は仕事が休みで、朝からぼんやり、昔を振り返っている、というわけさ。

 俺は、何をして来ればよかったんだろうなあ。

 何をしたら、人生が華やいだ?
 何を願えば、夢が持てた?
 何を思えば、幸せに感じた?

 無難に、無難に、生きてきた。

 母さんに、怒鳴り声をあげさせないよう。
 誰かの秘密を、覗かぬよう。
 自分の知らぬところで、迷惑をかけぬよう。

 他人との距離感が、いまいち、わからない。
 どこまで近づいていいのか、どこまで寄り添っていいのか、どこまで触れていいのか。

 ……うっかり超能力が発動したら、とんでもないことになるかもしれないだろう?
 気が付けば、だれとも距離感を置く、ぼっちの出来上がり、というわけさ。

 試していない超能力はあと6つ。

 テレパシー、予知、サイコメトリー、念写、パイロキネシス、物体取り寄せ。

 テレパシーは相手がいないと無理だ。
 ぼっちの俺には試せそうもない。
 下手に時間がずれ込んだら、いやらしい動画のイメージが母さんに伝わってしまう可能性大、だ。

 予知はどうだろう。
 自分の6時間後の姿が見えるだけなんじゃないのか?うっかり自分の見たくない瞬間を目にして心に傷を負うに違いない。

 サイコメトリー、六時間後に何を触っているのかわからない。
 たまたま道に落ちてた布切れを拾ったら、近所のばあさんのパンツだったなんてことになったら目も当てられない。

 念写、今の時代に、念写?笑わせるよ。

 パイロキネシス、発火したところで、母さんの焼いてる魚を焦がして怒鳴られる展開しか見えてこない。最悪髪の毛が燃えて毛根が死滅する可能性すらある。

 物体取り寄せ、六時間後に、そこに物があるとは限らないだろう。うっかり怖いおっさんのひげでも掴んだらどうするんだ。

 無理無理、俺には到底、無理なんだよ。

 なんで神様ってやつは、俺なんかにこんな能力くれたんだ?
 もっと頭のいいやつにあげたらよかったんだ……。

 使いこなせる自信がないから、使わない。
 俺はいい大人だから、無謀な冒険はしない。

 しない、しない、無理はしない。
 しない、しない、何にもしない。

 そうして俺は、生きていくしかない。

 使いこなせないものを持たせたやつが悪い。

 ……俺は何も、悪くない。
 俺は……、運が、とびきり悪いだけなんだ。

 一回くらい、神社にお祓い行ってこようかな?
 ……はあ。運の良い奴が、ごく普通の人生を送っている奴が、心底羨ましい。

 俺は、どこで間違ったのかなあ?

 生まれたことが、間違いだったのか?……いやいや、違う道筋だって、あったはずだ。

 何も知らなかった、幼い頃に戻りたいなあ……。

 俺は、そっと、目を閉じて。

 そのまま、深い、眠りに……。

 ………。

 ………!

 アラヤダーミテミテ!
 オムツトッタラオシッコシタヨー!
 フトンビショビショジャナイノー!!

 やけに、テンションの高い、母さんの声を、聞いた、俺は。

 己の不幸を嘆いて、雄叫びを、あげた。


「ほ、ほぎゃぁ~アアアアア!」


初めて超能力に興味を持ったのはこれw


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