もらい酒
……今日も私は、酒を飲む。
晩酌のお供は、明太子の炙りと、ザーサイキュウリ。
酒は、旦那がお客さんから貰ってきた、辛口ビール500ml。
……酒はもう、飲まぬと…誓ったけれど。
酒の方から、飲んでくださいと、寄って来るのだから仕方が…ない。
私の元にたどり着いた、流浪の酒を見捨てることなど……できぬのだ。
ぷしゅっと缶を開け、グビリと、……飲む。
……うまい、実に…うまい。
つまみの塩辛さをすっきりと流す、きりりとした爽快感。
勢い付いたら止まらない、体を駆け抜けるスピード感、酒の全力疾走。
……ああ、完敗だ、乾杯だけにな!!
麦の恵に、現代酒造技術の大躍進に、乾杯!
ビールよ、永遠たれ!!!
……今日も私は、酒を飲む。
晩酌のお供は、枝豆のペペロンチーノと、冷やしトマト。
酒は、ご近所さんにいただいた、スパークリングロゼ750ml。
……酒はもう、飲まぬと誓ったはずだが。
酒の方から、飲んでちょうだいと、尋ねて来るのだから仕方が…ない。
私の元にたどり着いた、流浪の酒を見捨てることなど……できぬと言っている!
カリカリと栓を開け、グラスに注いで、グビリと、……飲む。
……うまい、実に…うまい。
つまみのにんにく臭をさりげなく連れ出して共に踊りだす、繊細な泡。
愉快にステップを踏む、強いくせを振り撒く枝豆とフルーティーなロゼたんの絶妙な駆け引きが織り成す、酒のワルツ。
……ああ、完敗だ、乾杯だけにな!!
果実と二酸化炭素の出会いに、現代酒造の日々の努力に、乾杯!
スパークリングロゼよ、永遠たれ!!!
……今日も私は、酒を飲む。
晩酌のお供は、薬味たっぷりかつおのたたきと、味噌チーズ。
酒は、懸賞で当たった、大吟醸飲み比べセット。
……酒はもう、飲まぬと誓ったとはいえ。
酒の方から、飲んでもらいたいと、乗り込んで来るのだから仕方が…ない。
私の元にたどり着いた、流浪の酒を見捨てることなど……できるわけないじゃん!!
ぎりぎりと栓を回し、お猪口に注いで、グビリと、……飲む。
……うまい、実に…うまい。
生臭さと薬味の強い自己主張をガツンとぶちのめす、男気あふれるパンチ力。
じんわり染み渡ってゆく、日本の歴史を背負いし熱い魂、酒の本気。
……ああ、完敗だ、乾杯だけにな!!
日本の酒造に、現代にこのすばらしき技術を伝えた蔵人さんたちに、乾杯!
日本酒よ、永遠たれ!さらに伝説を…残してたも!!
……今日も私は、酒を飲もうと。
今日の晩酌のお供に、もちチーズピザと、オムレツも用意したんだけど。
あれえ、酒が……見当たらないぞ?!あれ、確かリモート飲み会用の酒を旦那に渡しといてって隣町の会長が生ビールを持って来てくれて、旦那は飲めないからいらないって言ったらじゃあ奥さんどうぞって言ってくれたもんだから喜んでいただいて冷やしておいたはず…、旦那の部屋掃除したら出てきた高そうなワインもどこにもないぞ、…ちょっと待て、子供祭りの手伝いしたら貰えたビール券で買った焼酎も無くなってる、サワー用に買っといたレモンもグレープフルーツもあるのに、なんで酒類が一切合切消えている?!これは一体!!!
「お母さん!一生懸命探しても無駄だよ、全部隠したから!!」
キッチンで冷蔵庫を開けてガチャガチャやってたら、えらそうに腕組みをしてこちらに向かってくるデカイ体の人が…なんだ、旦那だ、ええと、…なんか用?
「もう飲まないって先月誓ってたよね?!ド級の二日酔いでせっかくのキャンプ中ずっとハンモックで寝てたのは誰!!めっちゃ缶と瓶のゴミあるんだけど!!あの壁の禁酒の文字は何!!」
「いや、ええとね、あれは書道の腕がなまらないように一筆書いただけで、別にね?どうよ、よく書けてるでしょう、伊達に七段は持ってないっていうか…」
いつになく鋭いまなざしを向ける旦那…、さりげなく目を逸らしたら、うぉう、娘と息子が何やらニヤニヤとこちらを伺っているぞ!これは…下手な事は口走れない!!!
「知ってる?貰ったお酒はね、別にすぐに飲まなくても、お母さんが飲まなくても良いんだよ?!もらった端からすぐ冷やしてすぐ開けてソッコー飲み干して!町内にはお酒好きはわんさかいるんだからさあ!!誰かにあげようと思ってたのに、なんで片っ端からすぐに飲むの!!見える位置にあるとダメって事がわかったから、撤去したからね!!も~、今年は飲んだらダメ!!」
ちょ!!!書道の下り、完全スルーかよ!
普段あれほど食うなというのに好き放題食い散らかして、醜くぶくぶくと体を肥やし続けてる人に言われたくない台詞、キタ――(゜∀゜;)――!!
「いや、だって、お父さん酒飲めないし、お姉ちゃんはカクテルしか飲めないし、だったら私が飲むしかないじゃん!常日頃お父さんだって食べものはすぐに食べないと鮮度が落ちるって言ってるじゃん!酒も鮮度がね?!炭酸はね、一秒ごとに抜けていくの、一番うまい瞬間は今、この時なんだよ、わかる?!一日でも放置したら確実にうまみが消失するんだよ?!うちに来たからには、すぐにおいしい状態で飲んであげないと気の毒じゃん!酒の方から、私に飲んでもらいたいって来るから仕方ないじゃん!炭酸が私を呼んでるんだから応えないと失礼でしょ?!不可抗力って言うかさあ、これはいわゆる必然というやつで!!」
見苦しく言いわけなどしてみるも。
「おかあさん先週お父さんが言ってた事とおんなじこと言っててめっちゃウケるwww食べ物の劣化なんて腐らせた人だけが言っていい事だって自分で論破してたくせに何言ってんの!!てゆっかお酒に意志なんかあるわけないじゃん!!どっかのゾオン系能力者の実じゃないんだからさあ!そもそも炭酸ないやつらもいるじゃん!!熟成した方がうまいのもいるじゃん!!あのね、こういうの教育上宜しくないよ!お母さんがそんなんだからあたしも新しいお酒見つけるたびに買うようになっちゃったじゃん!楽しくお酒飲みたいって思うようになっちゃったじゃん!!おかげで体重増えちゃって大変なんだよ?!も~責任取ってキッチリ禁酒しなよ!!」
「もちチーズピザ、おいしそうだね。」
あかん……娘と息子まで参戦してきた、これはとても丸め込んで強引に着地することなど叶うまい。口を開くほどに追い込まれて行く気がする、何を言っても分が悪いとしか思えない、圧倒的に不利な状況、もはや逃げ出すこともごまかすこともできまいて。いやまあ、気軽に禁酒宣言した自分も確かに悪いよね、今後は禁酒など二度と掲げまい……。
……ああ、完敗だ、乾杯できないけど。
大人しく、すごすごと引き下がり、炭酸水にレモンを絞り、飲み下した日があったわけですよ。
美味いつまみを食べながら、私のもとを去って行った酒たちに思いをはせた日があったわけですよ。
順一先生から、お礼と称してとれたて野菜をたんまりいただいた日があったわけですよ。
しばしの禁酒をですね、強行されることにですね、なったわけですけれども。
発散できずに凝縮された欲求が、とあるパーティー会場でド派手に漏れ出してしまった話は、ここではしたくないとだけ……言っておきます……。
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