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俺は、腹が減っている


……俺は、腹が減っている。

もう、丸一日、何も食べていない。

何か、食べたい。
森の中には果実は見当たらない。

何か、食べたい。
森の中には食べられそうな草は見当たらない。

何か、食べるものはないか。
森の中には食べられそうなキノコはひとつも生えていない。

何か、食べるものはないか。
森の中には喰らう事ができそうな命は一匹もいない。

森の中をさまよいながら、食えるものを探した。

森の奥に、大きな卵があった。
まだ産み落とされたばかりなのだろうか、生暖かい。

俺は足元に転がっている石を手に取り、殻を割って、どろどろとした中身をすすった。

俺は満たされて満腹になった腹を抱えて森を出た。


しばらく歩いてゆくと、寂れた村にたどり着いた。

少し腹が減ってきたことに気が付いた。
ガリガリのじじいをとっ捕まえて、食うもんを出せと脅した。

「この村には、今、食うもんはほとんどない。」

なにも食うものを差し出さなかったので突き飛ばしたら、動かなくなった。

まあまあ腹が減ってきた。
ガリガリのガキをとっ捕まえて、食うもんを出せと脅した。

「教会に行けば、薄いスープがもらえるよ。」

教会に行くと、ガリガリのばばあが出てきて薄いスープを差し出した。

一杯では足りないので、鍋ごと奪い、すべて喰らいつくした。
俺は満たされた。


「もうここには、食べるものはありません。」

膨れた腹をなでる俺に向かってババアが口を開いた。

「村の守り神様のお恵みがあるまで、食べるものはありません。」

食べるもののある場所を教えろと詰め寄った。

「村の守り神様がお恵みくださるのを、待ち続けるしかありません。」

教会の中を探したが、食べるものは見つからなかった。

「老いた村の守り神様が、お力をなくしてしまった為にこの村は飢えているのです。」

教会の中をほじくり返したが、食べるものは見つからなかった。

「間もなく、村の守り神様は復活されます。共にひもじい時を、乗り越えましょう。」

俺は食べるものを求めて、教会を後にした。


「食べるものはない。」

俺は食べるものを求めて、つぶれかけの家を後にした。


「食べるものなど、どこにもない。」

俺は食べるものを求めて、つぶれている家を後にした。


「食べるものを求めても、今、この村には、何もない。」

どこにも食べるものがない。


無気力で、目ばかりがぎらぎらとしている、ガリガリの村人たちしかいない。


無駄な体力を使うと腹が減る。

俺は動き回ることをやめることにした。


大きな井戸の前に陣取り、水を飲みに来るやつらに食べるものを持ってくるよう声をかけた。

だが、誰一人として食べるものを持ってこようとしない。

苛立ちが増してゆく。


「この村は守り神様のお恵みがあって成り立つ村なのだ。」

一人突き飛ばし。


「この村に生える草はすべて守り神様の食料であり、人が口にすると毒になる。」

二人突き飛ばし。


「この村の食べ物は、すべて守り神様によって持ち込まれたものだ。」

三人突き飛ばし。


「守り神様に糧をいただき、そのお礼として守り神様の食料を受け取っていただいているのだ。」

四人突き飛ばし。


「この連鎖を、止めるすべは…ない。」

五人突き飛ばし。


「もうじき、守り神様が復活するんだよ!」

ガキは、突き飛ばさなくてもいいか。

「若返ったら、たくさん食べものを持ってきてくれるんだよ!」

ガキのくせに、ガリガリだな。

「だから、我慢できるんだ!」

ガキのうれしそうな声が、耳にツンと…響く。


「守り神様は最後の力を振り絞って、生まれ変わるために旅立たれたのじゃ。」

今にもくたばりそうなババアが、にじり寄る。


「今頃、森の奥深くで、新しい守り神様がお生まれになっておるはずじゃ。」

今にもくたばりそうなジジイが、どこからともなく現れた。


「わしらは…守り神様が来るのを、待つしかないのじゃ。」

井戸の周りに、次から次へと村人たちが集まってくる。


「おぬしも、腹が減っておるのなら、共に待つがええ。」

迫りくる、村人たちが、気持ち悪い。


「貴重な働き手だ、おぬしもここで暮らすがいい。」

迫りくる、村人たちに囲まれる。


「ここにおれば、食うもんは守り神様が恵んでくださる。」
「ここにおれば、草を刈るだけでうまいもんが食える。」
「ここにおれば、苦しまずに死ぬことができる。」
「ここにおれば、病気もせずに長生きできる。」
「ここにおれば、人と争う事もない。」
「ここにおれば、金など必要ない。」
「ここにおれば、みな平等だ。」

俺は、よろよろと群がってくる村人どもをかき分けて、井戸の前から抜け出した。

「お兄ちゃん、どこ行くの。」
「お兄ちゃん、一緒に守り神様を待とうよ。」
「お兄ちゃん、守り神様のくれるご飯はおいしいよ?」
「お兄ちゃん、いかないで……私と一緒に遊ぼうよ!」

俺は、わらわらと纏わりついてくる子供を突き飛ばして、村から抜け出した。


あの、村は、おそらく。

村の守り神のふりをした、貪欲な何かの、畑。
村の守り神のふりをした、人を囲い込んだ何かの、餌場。

村の守り神は、おそらく。

神のふりをした、知恵のある何か。
神のふりをした、力を持つ何か。

神ならば、おそらく。

人に貢物をよこせとは言わないはずだ。
人に生きて行くための知恵を授けるはずだ。
人に食べ物を恵んで済ませることはしないはずだ。

俺は、おそらく。
老いた身を復活させるべく、若返りを計っていた魔物の卵を、食った。

おそらく。
あの村に、守り神は、もうやってこない。

俺は、一つの村を、壊滅させてしまうという事なのか。
俺は、大勢の人々の命を奪うきっかけを作ってしまったという事なのか。

俺の喰らった、あの巨大な卵が孵っていたら、村人たちは飢えずに生き延びることができたというのに。

俺が一時の空腹を満たした結果、村人たちは永遠に空腹を満たすすべを失ってしまったのだ。

罪悪感が、俺に襲いかかる。

ああ、俺は、なんという事をしてしまったのか。

頭を抱えながら、トボトボと森の中をさまよう。

やがて、日が落ち、辺りは真っ暗になった。


俺は、やるせない気持ちを抱えたまま、森の奥で、目を閉じた。


俺は、その夜、夢を見た。

空を駆け巡り、力のままに獲物を狩り、か弱い人間どもに施しをする夢だ。

なぜ自分はこんなことをしているのだろう、そんなことを思いつつ、老いてゆく夢だ。


俺は、腹が減って目が覚めた。

俺の腹が、けたたましく鳴り響いている。

森の中に、俺の腹の音がこだましている。


俺は、腹が減っている。

もう、丸一日、何も食べていない。

何か、食べたい。
森の中には果実はひとつも見当たらない。

何か、食べたい。
ふと空を見上げると、鳥が羽ばたいているのが見えた。

あれは、食べられるのではないか。

俺は、背中に力を込めて、ふわりと飛び立った。

俺は、あの鳥を、食べたい。
のど元にかみつき、一撃で鳥を仕留めた。

だが、俺のくちばしでは…肉を噛み下すことは、出来ない。
途方に暮れた。

巨大な獲物を口に咥えたまま、どうしたものかと策を練った。

……ふと、地上を見下ろすと。

うまそうな草が密集しているのを見つけた。
近づくにつれ、うまそうなにおいが漂ってきた。

俺は、グルグルと腹を鳴らしながら、うまそうな草の生えている場所に降り立った。

「―――!!!―――?!---!!!」

何やら、小さな獣のさわぐ声が聞こえる。

俺は、腹が減っている。
俺は、腹が減っているのだ。

よだれだらけの食えない獲物を投げ出して、足もとに生えている草を無心に食い散らかした。

ここには、うまい草がたっぷりある。
ここに来れば、俺は飢えることはない。

時折小さな獣がまとわりつくが、特に気にはならない。

時折俺に襲いかかる巨大な獣がいるが、自慢のくちばしで仕留める事ができた。

邪魔な獣は、小さな獣がすべて処分してくれるので助かる。

ここは、とても暮らしやすい、いい所だ。
かつて飢えていたのが、思い出せないくらい…満たされている。

……俺は、飢えていたんだったかな?
……俺は、なんで飢えていたんだったかな?

長く生きていると、いろんなことを忘れてしまうな。

……そろそろ、若返らないといけないかな?

空の上から、森の中に迷い込む青年を見かけた。

……ああ、あいつがいい。

俺は、卵に姿を変えて。

森の奥で…捕食者を、待った。



まさかの草食系だったという。


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