ね ら わ れ て い る
ほんの少し、冬の寒さが和らいだ日曜日の、お昼時。
賑わいを取り戻しつつある公園で、一人ベンチに座り、一息つく。
まだ春は遠いというのに、雲ひとつない晴れた空の下は、やけに暖かい。
……広い、広い空を、仰ぐ。
公園の木々に葉はなく…細かな枝が、空の青を背負って、ずいぶん誇らしげに見える。
ややくすんだ芝生の色が、青のコントラストをやけに際立たせている。
遠くに見える山のてっぺんには、ほんの少し白が乗っていて、まだ季節が冬であることを知らせている。
のどかで、平和そのものの…風景。
時折散歩中の市民が、私の前を通り過ぎてゆく。
トレーニング中の若者、親子、散歩を楽しむ老人、健康志向のご夫人、少々ふくよかな男性、友達連れ、ペット連れ、個人……。
晴れ渡る空の下、空気は澄んで、心地よい風が時折髪を揺らす。
つい先週まで、冷たい風を身に受け小さくなって震えていたのが、嘘のようだ。
もう、じきに、季節が変わるのだろう。
春になれば、新芽が顔をだし、葉もつき始め、つぼみが膨らみ、やがて花を咲かせる。
毎年さくらの花弁が舞う季節は、たくさんのご馳走をこしらえて出かけていたものだけれど。
……今年は花見に、いけるだろうか。
さくらの名所を巡り、出店でたらふくおいしいものを食べていた記憶が…遠い。
ビール片手に、焼きとうもろこしを食み、肉巻きおにぎりにかぶりつき、アメリカンドッグを頬張り、やきそばをかき込み、たませんを噛んでいた、あの頃。
左手にわたあめとりんごあめとヨーヨーを持ち、右手に持ったクレープをかじりながら、背中のリュックにたい焼きと花見団子とベビーカステラの袋とあんまきのパックを忍ばせていた時代が…懐かしい。
ぐぐ、ぐぅうう~!!
……昔のおいしいものにまみれていたときのことを思い出していたら、胃袋が反応してしまったではありませんか。
私は、リュックの中から、おにぎりを取り出しましてですね。
朝早くにご飯を炊いて、握って持ってきた、本日のお昼ご飯。
少し塩多めで握った、私特製の、スペシャルおにぎり。
空を見上げながら、一口、かじる……。
はくっ…モグ…むぐ、むぐ……んぐっ……。
うん、うまい。
実に、うまい。
すごく、うまい。
先ほどの脳内たべほパラダイスの影響で、少々、味気なく感じるものの…、うん、素朴に、うまい。
やはり、米よなあ……。
米、めちゃめちゃうまいもんなあ……。
日本人に生まれて、良かったなあ……。
幸せを噛みしめつつ、おにぎりを噛みしめていると、なにやら…視線を感じた。
……足元に、スズメがいる。
おお…この小さな生き物の視線を、私は感じ取ってしまったというのか。
冬という季節の食糧不足たる所以か、その瞳はずいぶん、逼迫しているような。……少し、おすそ分けをして差し上げようか。
食べかけのおにぎりから、米粒をちぎって…投げてみる。
スズメはちょこちょこと両足を揃えて跳ねながら、米粒の所まで寄ってきて…、地面に刺さりそうな勢いでくちばしを突き立てている。
あっと言う間に二粒の米はスズメの胃袋の中に消え、小首をかしげて…物欲しげな、瞳をこちらに向ける。
……ちょろいエサ投げマシンとして認識されたのかもしれない。
やけにスズメは近くまでやってきて、強請るように私を見上げている。
足先でうろちょろしているスズメは、ずいぶん可愛らしく見える。
頬の黒い斑が、くっきりと観察できる、距離。
……きっとまた、米をくれるはずだという、まっすぐな…視線。
私は…物言わぬスズメの欲望のオーラに、負けた。
米をちぎり、スズメのもとに…投げ……。
ばさ、ばさあああ、バサッ、ばささささっ!!!!
ぱた、ぱたたたたっ!!!
米を投げた瞬間、どこからともなく鳩が飛来した。
灰色の翼を広げ、小さなスズメを蹴散らし、緑がかった首を忙しなく動かして…米を貪っている。
スズメは少し離れた場所からこちらを伺っている。
その目は…どことなく、悲しそうだ。
……米を奪った鳩もまた…冬の食糧難に喘いでいるのかもしれない。
米をちぎって恵んでやろうとも考えたが……この公園では、鳩へのエサやりは禁止されている。
残念だが、施しは…ここまでだ。
これ以上…米粒の塊を見せつけて食らうのも、なんか、申し訳ないな……。
少しばかり大きなおにぎりの塊を、一気に口の中に入れてしまおうとした、その時。
「っ、わあ!!!」
手を滑らせ、おにぎりの塊が膝の上に落ち、ポンと跳ねて、足もとに転がった。
先ほど投げた米粒とは違う、重量感のあるおにぎりの欠片に、鳩が群がる。
派手に蹴散らかしながら、争うように米粒を貪る鳩ども!!!
踏まれそうになりながら飛び散った米をついばむスズメの健気な事よ……。
ばばばっ!!ばさ、ばささっ!!!
ばばばぁああああああ!!!!
青い空の向こう側から、追加の鳩が襲撃してきた。
それに驚き、地上で米をほじっていた鳩とスズメが飛び退り、風が吹いた。
目の前では、激しい攻防戦が繰り広げられている。
米の塊を崩し、粒を散らかして、それをついばみ、他の捕食者たちを威嚇しながら、己の食欲を満たす…争いの、境地。
ごげー!!!ががが!!!!!
ばばっさ、ばさばさ!!!
ば、ばばば!!!!
そこにどでかいカラスがやってきて、一気に争う者たちが爆散した。
容赦なく私を襲うのは、空の覇者たちの…風圧。
……ちょっと、鳥インフルエンザとか、大丈夫でしょうね?!
キラキラと輝く青空の光を受けてなお、真っ黒な体を誇っているカラスは、大きなくちばしでおにぎりをひとのみすると、私を仰ぎ見た。
―――お前、まだ……持ってんな?
カラスの目が、私のリュックの中のおにぎりの存在を…見抜いている!
つい先ほどこの場を立ち去った鳩どもも、いつの間にやら戻ってきて…カラスの舎弟みたいに、なっとるがな!!!
その後ろには、スズメどもまで集まって……!!!
ね ら わ れ て い る ! ! ! !
のんびりしてたら、ポケットの中までほじくり返されそうだ!!!
私はベンチから立ち上がり、飢えたみなさんの前から‥‥そそくさと逃げ出したのであった。
公園でのんきににぎりめしを喰らう事の無防備さよ…。
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