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おせっかい

ピ―――ンポ――――ン!

うららかな春のとある日、朝から優雅に自慢のケーキを焼いていたら…突然のピンポンの音。……誰だ一体、今日は来訪者の予定はなかったはずだぞ…やや訝しげな顔をしつつ、のそりと開けたドアの前には、…げえ!!

「やあやあ、こんにちは、ちょっと小耳に入れたいことがありましてね。」

うはあ…希薄な人の凸、キター!
ご丁寧に向こう側が透けている、中途半端な…人じゃない人。
一見なんか薄っぺらくてぼんやりしてるこの人、実はとっても、とーっても苦手だったり、する。というのも…おっと、何やら写真を出したぞ…これはママ友の福原さん。

「この人ね!貴方の悪口言ってましたよ!ええとね、ログはこれですね…。」
「いや、あたしはそういうのいいんで、お帰り下さい。」

悪い人じゃないんだけどさ、正義感が強すぎるというか真面目が過ぎるのと、きっちりしすぎてるのがね、どうにも相性が悪いと言いますかね!!

「何言ってんです!ここまで貴方のことをコケにされて、僕がだまって帰るとでもお思いか!!」
「あたしゃ平気だから黙って帰ってください、ではさようなら。」

人じゃないからドアの外に放り出せないのが本当にきつい。…ああー、閉めたドアすり抜けて入ってきたよ…。

「ダメです、聞いてください、この人ね、あなたとあれほど仲良くしてるくせにブログでめっちゃディスってるんです、ほら。」
「100%文句の出ない人間関係なんてないんだから、そういう事もあるでしょう…。見なきゃいいんだから、わざわざ教えんな!!」

そういうこと聞くと変な先入観出ちゃって、今まで通りの付き合いがしにくくなるんだってば!!

「でもあなたの人間関係に、不出来な魂の持ち主をのさばらせておくのは何とも遺憾です!!」
「不出来な魂だからこそ勉強するために今生きてんだから!!完璧な魂の持ち主なんておらんわっ!!今いい人間関係が築けてるんだからそれでいいじゃん!いちいちほじるなって!!」

毎回のことながらなかなかめんどくさいな、何かお土産持たせてサッサと帰してしまおう。

「でもー、表面的にうまくやってても魂にはしっかり記憶されてるし、クソみたいな魂が近づくことが許せないというか。」
「ここで!今!生きてる分には、今の情報しか使わないんだから…過去を引っ張り出すなっての!!人生なんて長いんだから、あんたみたいに丸っと清廉潔白な人なんていないんだからさあ!!」

やや苛立ちながら、キッチンへと向かう。足音ひとつ立てずに希薄な人が付いてくる。

「そうですね…貴方も昔カエルを好奇心だけで解剖してますもんねえ…。」
「っ!!そういうこと!!なので、もうそろそろお帰り下さい、ええと…さっき焼いたシフォンケーキあげるから、ねっ?」

うぬぬ…。黒歴史を抉るのはやめていただけませんかね!!悪気がないだけにめっちゃ刺さるな!!…あの時のカエル、ごめん!!

ピ―――ンポ――ン!

希薄な人に皿ごとシフォンケーキを渡そうとしたらチャイムが鳴った。誰だ、いきなり。

「ちょっとこれ持ってっていいから、もう帰ってね!」
「そんなわけには‥‥ああ、ちょっとー!」

ケーキを丸っと皿ごと渡して玄関に行く。ドアを開けると、ド派手な化粧のおばちゃん。

「あら奥さん、どうもこんにちは。あのね、この前旦那さんにあげたお菓子なんだけどね。」

隣町の近藤さんかあ。三日くらい前に旦那が賞味期限切れのお菓子をもらってきて食べて盛大におなか壊してたんだよな。でもまあ、お礼を言っておかないとだめだろうな。うん…。

「どうもこんにちは、お菓子ありがとうございました、旦那がおいしく食べちゃいましたよ…。」
「アラー!困ったわ!!あれね、あげちゃいけないやつだったの!返してもらおうと思って伺ったんだけど!!まあまあ、困ったわー、どうしましょう、お客様に渡すものがなくなっちゃったわー。」

うっ!!マジか…。だから物をもらって来るなとあれほど言ってるのに!!どうやって謝り倒そうかな、そんなことを一瞬で考える。
その横を、希薄な人がスウと抜けていって…近藤さんの目の前でじーっと顔を見つめてるけどっ!!…希薄な人の目がらんらんと輝いてる!!

「ああ、全部嘘ですねえ、期限切れのお菓子もらって、これで金取れないかって考えて旦那さん呼びつけて渡して…食ったことを電話で確認して…今旦那さん不在なのも確認して…ええとね、三千円出すまで粘るつもりみたいですよ、はい。」

三千円?!シュークリーム十個だけど、そこまでボるのか。うわあ…この人ダメな人だー。

「それは…すみませんでした、弁償します、おいくらでしょうか。」

「お金はね、たいしたことないのよー、五千円もしなかったしー、でもねえ、今からいかなきゃいけなくて、手土産もないし…。どうしましょうかねえ…。」
「家の中の甘い匂いで、ケーキ焼いたのがバレたみたいですね、もらってくつもりですね、今どうやって上がり込むか模索してます、はい。」

いちいち真っ黒い内面の実況をありがとうよ!!!

「あの、ちょうど私ケーキ焼いたんで、それ持ってってください、ちょっと大きいですけど、良いですか?」
「あーらー!イイの?!じゃあもらっていきますね、なんかすみませーん!!」

「三千円持ってこなかったら、渡した相手が腹壊したことにして3万円請求するつもりみたいです、はい。」

玄関に近藤さんを残して、キッチンへと向かう。希薄な人がずっとついてくるよ…。

「なにしてもこっちがダメージ喰らう奴じゃん…。ごめんね、これあんたにあげようと思ったけどあのおばさんにあげることになっちゃった。」
「僕がもらうはずのものをあのご婦人が横取りしたという事ですね。了解です。」

粗熱の取れたシフォンケーキをラップでくるんで、紙袋に入れる。財布の中には…二千円しかない。どうだろう、二千円で勘弁してくれるかな。変な噂流されたり詐欺られるのもやだなあ…。

「お金は入れなくてもいいですよ、僕ちょっといただいていきますから。」

希薄な人はそういうと玄関に飛んで行ってしまった。ちょっと待て、なんかやらかす気じゃないだろうな。玄関であの世行きとか勘弁してよ?!急いで紙袋のケーキを持って、近藤さんのいる玄関に向かうと…。

「あの、これ、さっき焼いたばかりのシフォンケーキです、必ず今日中に食べてください、腐っちゃうんで。まずかったらごめんなさい。あと、お菓子の弁償なんですけど…。」

「…。弁償は、いいです。ケーキだけで、ありがたい…。それでは失礼…。」

さっきまでのねちっこさが嘘のように、近藤さんは去って行った。

玄関の影から、黒い人が現れる。むむ、これは!!

「いやあー、相当黒かったですね、あの人!!ほら見てくださいよ!僕真っ黒になっちゃいました!!ちょっと吸い過ぎてあの人無気力になっちゃいましたけど、まあね、僕のケーキ横取りした罪は重いですから、あはは!!いやあ、これはいい、うーん、素晴らしい。あなたの近くにいるとすぐに黒くなれるって先輩が言ってたんですよね!!ほんとだった、いやー良かった!」

さっきまで希薄だったその姿は、どす黒い感情を補填されてはっきり存在感を表している。これはさぞいい黒い人になれるに違いない。
…私としてはあのまま純真無垢で天使になってほしかったんだけどな…。羽が生える前に黒く染まってしまったじゃないの…。

「助かったといえば助かったんだけどさあ…。あんたこれが狙いで尋ねて来てたんかい!!」
「違いますよ!!本当にたまたまです!鎌の下見に行こうと思ってたら貴方がいたもんですからね?」

そうかあ、今希薄な人たちの間で黒い人人気が高まってるって聞いたことある。なんでも鎌でザクっと魂を刈るのが気持ちいいってツイッターで流れて一気に人気が高まったんだってさ。ホントかいなと思ってたけど、どうやら事実っぽい。

「じゃあ早く鎌貰いに行かないといけないんじゃないの。…シフォンケーキ焼き直そうと思ってたけど焼き上がるまで待ちたくないよね、また今度貰いにいらっしゃい。」
「いえいえ、いただける者ならば待たせていただきますとも、あなたにはね、お伝えしておきたいことが山のようにね?!」

げえ!黒くなった人が胸元あたりからわんさか紙の束を取り出してっ!!!

「ええとこれは貴方の近所の人の分、これは昔の知人の分、これは間もなく出会う人の分、あと狭間の住人からの依頼書に…。」
「ちょっと!!今の人間関係を崩しかねないんだからやめてよ!!あと時間軸無視すんな!!依頼書って何!!勝手に商売にすんな!!!」

あかん!!これは耳を貸したらだめなやつだ!!

「ええ―でも…。」
「じゃあ、あんたまず鎌貰ってきなさい。その隙にケーキ作っとくし。こんなところで時間食ってあんたの出世に響いたら申し訳ないわ!!今この一瞬だってね、刈らないといけない魂はうようよしてるんだよ!それを逃したらそれだけ出世が遅れるの!早く仕事のできる準備をしなさい!!」

いないうちにケーキ作って、帰ってきたらケーキ渡してハイさよならが一番てっとりばやいだろ。

「んも~、貴方本当におせっかいなんだから。僕の出世は僕の力できちんと手に入れますよ、鎌はもう予約してあるし、断固としてここで待ちます、ええ、待たせていただきますとも。ええとね、まずは町内会長の城島さんね、貴方の事歌が下手だって言いふらしてますね、それからその奥さんは食べ過ぎっていってます、で、そのお子さんが…。」
「あんたの方がよっぽどおせっかいだよ!!黒くなったんだったらおとなしく魂刈りに行けっての…。」

ずいぶん口うるさい人の口撃から逃れることができなかった私は、ついうっかり砂糖の量を間違えてしまい、ずいぶん甘いシフォンケーキを焼くはめになってしまったという、お話です……。

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