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まくらのおまじない

 小学生の時、毎日やっていたおまじないがあった。

 寝る前に、布団の上で、正座をして。
 枕を三回なでて。
 起きたい時間の数だけ、枕をゲンコツで叩いて。
 三十分の場合は、優しく手の平で叩いて。

 このおまじないの効果は抜群で、六つ叩いて寝たら六時に、四つ叩いて手の平でポンして寝たら四時半に……、きちんと、目が覚めた。

 目覚まし時計の「ジリリリリ」のgの部分が発せられた瞬間に目が覚めて、瞬時に音を消すことができるくらいに……、バッチリ起きることができた。
 なんなら、目覚まし時計が鳴る前に目が覚めるくらい……、効き目の高いおまじないだった。

 寝坊しがちだった、私。

 友達のよっちゃんにおまじないブックを借りた小学四年生の夏から、自分だけの力で目を覚ますことができるようになった。
 夜更かしした日も、普通に寝た日も、朝六時半にきっちりと目を覚ますようになった。

 部活の朝練に行くために早起きする時も、一度も寝過ごさなかった。
 夜中までテスト勉強をしても、寝坊をしなかった。
 朝早く起きて勉強をすると決めた日も、ばっちり目覚めた。

 山登りをした次の日も、どれだけ疲労感が残っていようといつも通りに目を覚ますことができた。

 長い間、このおまじないは大活躍してくれた。

 寝ても寝足りない、子供の頃。
 眠たくてたまらない、若かりし頃。
 起きなければいけない日、起きなくてもいい日。

 いつの間にか、寝る前の習慣として染み付いていた。

 実家を出て一人暮らしになっても、枕を叩き続けた。
 旦那と二人暮らしになっても、枕を叩き続けた。
 娘が生まれて三人暮らしになっても、枕を叩き続けた。
 息子が生まれて四人暮らしになっても、枕を叩き続けた。
 娘がお嫁に行って三人暮らしになっても、枕を叩き続けた。
 息子が海外に行って二人暮らしになっても、枕を叩き続けた。

 ……一人暮らしになったとき、枕を叩くのを、やめた。

 いつ寝ても、いつ起きても、誰にも何も言われなくなったから。
 いつ寝ても、すぐに目が覚めてしまうようになったから。

 寝ようとしても、目が冴えてしまうようになったから。

 眠いのか、眠くないのか、よく分からない毎日を過ごすようになった。

 枕を撫でて、眠たかった頃を思い出すようになった。
 枕を撫でて、夢を見るために目を閉じた頃を思い出すようになった。
 枕を撫でて、昔を、思い出すのが、日課になった。

 いつものように、枕を撫でて、昔を、思い出し。

 枕を、撫でて、目を、閉じようと。

 ……そうだ、今日は、久しぶりに。
 枕を、叩いてみようかな。

 明日は、きっと晴れるから。
 五時に起きて、日の出を見よう。

 枕を撫でて、五回、叩いた。

 ぽす、ぽす、ぽす、ぽす、ぽす。

 これで、私は、明日五時に、目を覚ますはず。

 私は、安心して、目を、閉じた。


 ……なんだか、ふわふわ、している。

 久しぶりに感じる……ああ、これは、眠いという、感覚だった、ような。

 私、今日は、夢が……見られるかも?

 ああ、この……溶けて、いくような。

 私、夢を……、見ている?

 私、今……、なにを、していたんだっけ……。


「もう!はやく起きなさい!」

 おかしいな、なんでこんなに、眠いんだろう。

 私、しっかり、枕叩いたはずなのに……。

 目を閉じると、母さんの声が、遠ざかっていった……。


 ピピピ、ピピ、ピピ、ピー!

 ……ああ、ヤバい。

 この、音は…スヌーズの……。

 早く起きないと、会社に遅刻しちゃう……、でも、すごく、眠い……。

 睡魔に負けた、私は……目を、閉じて……夢の、続きへと……。


「ちょっと、おかあさん!運転中に寝ないで!」

 厳しい声に、パッと……目が、覚めた。

 ダメじゃない、昨日、キャンプが楽しみすぎて眠れなかったなんて……、居眠り運転の理由にしちゃ!

 おかしいな、ちゃんと枕のおまじないしたのに、効かなかったみたい!

「ゴメン、ゴメン!もう寝ないから!バッチリ目的地まで運転するから!」

 あんまり叩きすぎて、機嫌を悪くしちゃったのかも?

 今度からは、もう少し優しく撫でるようにしよう……。


 いつも、お世話になっているもんね。

 いつも、助けてもらってるもんね。

 感謝の気持ちを伝えないとね。


 粗末に扱ったら、怖い夢見せられちゃうかもしれないし!

 丁寧に扱ったら、良い夢見せてくれるかもしれないし!


 ……枕のおまじないは、よく効くはずだから。

 効かないのは、何か、理由が……あるのかも?


 理由は……なんだろう?


 懐かしい、家族の、姿。

 楽しかった、時間。

 忘れていた、思い出。


 もう、食べられなくなった、バーベキュー。

 もう、乗れなくなった、愛車。

 もう、見えなくなった、青い空。

 もう、いなくなってしまった、家族。


「おかあさん!お肉何枚焼く?」

「ななちゃん!もうお酒飲んで良い?」

「おとうさんが僕の育ててた肉食べたー!」


 ……ふふ、あたしがいないと、ホントみんなダメなんだから!


 私は、大好きな、家族のもとに……駆け寄った。

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