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失恋物語

……失恋した。

ずっと好きだったあの子が、男と仲睦まじく下校しているのを見てしまった。

ずっと見つめ続けていたのに。
ずっと付き合える日を夢見ていたのに。

初恋は実らないものなのだと…自分を納得させる。
初恋が実らない人なんて山のようにいるんだぞと…自分を奮い立たせる。

実らなかった想いを胸に…前を向かねばならないと、涙を拭う。

辛い気持ちにのまれてしまわないように。
この恋を憎しみのエピソードにしてしまわないように。

幸せだった日々を…思い出す。
出会いから別れまでを…振り返る。

恋の予感。
恋を自覚した瞬間。
恋が実るよう願う毎日。
恋に敗れて落ち込む日々。
恋は儚いものなのだと気がついた時。

ふとした時に、悲しみが襲う。
ふとした時に、憎しみがうかぶ。
ふとした時に、奪いたくなる。
ふとした時に、ぶち壊したくなる。

自分に向けられていない笑顔を見るたび…我に返る。
……僕には、あの、弾けるような笑顔を生み出すことはできなかったのだと。

独り占めできなかった、あの子。
独り占めしてくれなかった、あの子。

……心から好きだったあの子が、嫌いになりそうだ。

自分を選ばなかった、たったそれだけで……三年分の感情がひっくり返ろうとしている。
自分は選んでもらえなかった、たったそれだけで…三年分の恋愛感情を否定しようとしている。

……せめて、ピュアな心が確かに存在していた事だけでも、守らなければ。

恋をして満たされていたのだと思えるように。
恋をしたことを誇れるように。
恋をして良かったと思えるように。
恋をしたからキラキラとした毎日が過ごせたのだと確信できるように。
恋をして成長できたとしみじみ感じられるように。
恋をしたから幸せを祈って微笑むことの貴さを知ることができたと思えるように。

出会いから別れまでを振り返りながら、モヤモヤした感情を…ケアする。

あの時、声をかけていれば。
あの時、手を差し出していれば。
あの時、笑っていれば。
あの時、怒っていれば。
あの時、がんばっている姿を見せていれば。
あの時、カッコいい姿を見せていれば。
あの時、頭の良さを見せつけていれば。
あの時、おだてていれば。
あの時、目を合わせていれば。
あの時、ノートを渡していれば。
あの時、筆箱を机の上に置いておかなければ。
あの時、思い切って襲っていれば。

意気地がなくて何もできなかった自分を慰めるように、失恋に至るまでのアレコレを文字にする。

こう言っていたらこうなったはず。
こうしていたら、こうなったはず。
笑い飛ばすことができたら、こうなっていたはず。
へらへらと誤魔化さなかったら、こうなっていたはず。
真面目なところを見せていたら、こうなっていたはず。
目立つ役員をやっていれば、こうなっていたはず。
ゲームで寝落ちしないで勉強していたら、こうなっていたはず。
歯の浮くようなセリフで髪型を褒めていたら、こうなっていたはず。
大きな目をのぞき込んで話をしていたら、見つめ合う事もあったはず。
盗んだノートを家宝にしないで手渡していたら交換日記になっていたはず。
筆箱を盗んでおけば、データの入ったUSBがゲットできていたはず。
既成事実さえ作ってしまえば、どうとでもなったはず。

妄想が暴走して、とんでもない物語になっていく。

現実と魔法、事実と想像、創造と捏造、素朴と装飾…様々なものが融合して、自分の知らない恋物語へと変容していく。

恋焦がれていたあの子の姿が、どんどん歪なものになっていく。

恋焦がれて何もできなかった自分が、どんどん豪快に姿を変えていく。

……ずいぶん、おもしろい。

物語を書くたびに、新しい発想が浮かぶ。
物語を見返すたびに、新しい自分が生まれていく。
物語を広げていくたびに、新しい自分の可能性に気が付く。

気が付けば、失恋物語は、自分のライフワークになっていた。

いつの間にか、失恋した要素が数々のエピソードの埋もれていた。
いつの間にか、失恋した事実が些細なエピソードになっていた。

気が付けば、失恋物語は膨大な文字数の、壮大な物語になっていた。

仲間との出会い、冒険活劇、愛憎の果ての許し、笑いあり、涙あり、戦いあり、癒しあり、学びあり……。

……これはもう、失恋物語なんかじゃないのだと、しみじみ思った。

書き上げた500万文字の物語の「悲恋」タグを消去した。
新たに「ざまぁ」「ハーレム」「もう遅い」タグを追加した物語は、ずいぶん好評だ。

失恋をしてよかった……、僕は改めて、そう思ったのだった。

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