見出し画像

ニート飼ったった。


ニートが一人、いる。

筋金入りのニートである。
ただし、自称一般人。

引きこもって二十年、本人曰くコンビニに買い物に行っているからニートではない。
引きこもって二十年、本人曰くパソコンで他人と交流しているからニートではない。
引きこもって二十年、本人曰くポイントサイトで月に62円分のポイントを得ているからニートではない。

ニートが暮らすのは、親が残した築40年の家。

親の残した貯金を毎日少しづつ使って暮らしている。
親は、五百円玉貯金が趣味だったのだ。

床は抜け、雨が漏り、ガラスの穴からノラ猫が入り込み、ゴキブリさえも死に絶えた廃墟。

キッチンには昭和の賞味期限が刻まれた食品が所狭しと置かれている。
いずれ食うから捨てるなと、時折ニートが声を荒げた。

庭の木は伸び放題で、台風の度に三階まで伸びたソテツが揺れて電線に引っかかる。
豊かな大自然を破壊するわけにはいかないと、時折ニートが声を荒げた。

庭にはどこかから拾ってきた棚やケースが積まれ、家の中に入るのにも一苦労する。
いずれ使うから捨てるなと、時折ニートが声を荒げた。

近隣住民からは倒壊の恐れを指摘され、行政から指導が入っていた。

行政から何とかしてくださいと言われるものの、なんとかするような資金はどこにもなかった。

どうにもならない。
そう、思っていたのだが。

「あ、当たってる。」

ある日、何の気なしに買った宝くじが当たった。

ずいぶん高額だ。
……この、資金が、あれば。

私は、ニートを、飼う事にした。

「おにいさんニート君、引っ越ししようとは思いませんか。」
「なんで。」

極めて冷静に状況を説明し、理解を得ようと、試みる。

あなたの住む家は、間もなく崩壊しますよ。
今年の台風を、おそらく迎え撃つことはできませんよ。
壁がゆがみ、屋根が剥がれかけていますよ。
ここにいては、パソコン遊びを楽しむことすらできなくなりますよ。

「引っ越してもいいけど、荷物はひとつも捨てたくない。」
「了解です。」

60坪8Kの一軒家で暮らす、ニート。

部屋という部屋には、ゴミが溢れている。
部屋という部屋には、古いゲーム機や漫画、服、いろんなものが溢れている。
とっくに車検の切れた、タイヤの朽ちた車が庭のどこかに埋まっている。

それらをすべて、このニートは手放したくないというのだ。

曰く、自分の持ち物はひとつ残らず捨てたくない。
曰く、自分の思い出を捨てる事は許さない。
曰く、自分の生きてきた証を捨てるなんてとんでもない。

およそ100坪の中古倉庫を購入した。
これからニートを飼うための、場所を購入したのだ。

倉庫一階はコンクリート張りで、どれほど重い荷物もしっかりと受け止めてくれるだろう。
天井も高いから、モノを積み上げることも可能だ。

倉庫二階部分には居住スペースがある。
トイレも風呂も、キッチンもついている。

電気、ガス、水道、Wi-Fi、全ての手続きを済ませ、ニートを移動させる日がやってきた。

「荷物はすべて一階に並べていって下さい。」
「了解です。」

10人の引っ越し業者が、ニートの旧屋敷内から荷物をすべて運び出す。

「ネズミの死骸はどうしますか。」
「ここまで干からびてるのはすごいから、持って行く。」

ニートの価値観はわからない。
全ての荷物を、持って行くことになった。

壊れた冷蔵庫の中には、生肉であった何かや卵であった欠片、中身の無くなったスイカなどみっちりつまっている。
足がかじられて斜めになっているテーブルも、座る部分のなくなった椅子も、全て倉庫へと運ばれていく。

40年分のホコリも、思い出が詰まっているものだから捨ててはならないとの事だった。
原形を留めていない、何かの虫の腹の一部すら、新種の可能性があると言って捨てる事を拒んだ。

「空いてるペットボトルない?」

忙しく働く業者たちをよけて、私の所に腹を搔きながらやってきた、ニート。

「なんでですか。」
「この家で入った、最後の風呂のお湯、記念に持って行こうと思って。」

引っ越し作業員がうんうん言っている中で、コンビニに行って水を買ってきて、中身を捨てて濁った液体を採取するニート。

ニートの物欲には恐れ入る。

ニートの16センチの靴、しみだらけの写真、タンスいっぱいの母親の着物だった何か、動かない按摩器、壊れたバイクのハンドル、なぜか三つもある学生かばん、どんどん荷物が運ばれていく。
寝る場所のない二段ベッド、サビだらけのパイプベッド、動かない電動ベッド、布団が10組。全部全部運ばれていく。
全部のページがくっついて、一枚の紙の塊になっている週間雑誌が何個も運ばれていく。
ビニール袋に入った、40年間で蓄積された生活の証である貴重なチリ、ホコリ、抜け毛、切った爪、全てが運ばれていく。

中身のなくなっている40年前の贈答品の缶ジュース、紙パックジュース、そうめんセットだったと思われる箱。
持ち上げたら中身が出た羽根布団に、今では見なくなった薬品、カートンで発見されたタバコ。
子供服の山に中身の入っているビール瓶、見たことの無い油と謎の砂。

広い倉庫に、食べ物ブース、家電ブース、インテリアブース、雑誌ブース、服飾ブース、貴重品ブース、車・バイクブースができていく……

「テレビとパソコンは二階ね。」
「はい。」

趣味のパソコンは、二階に置く事を決めたらしい。

「設定やってよ。」
「はい。」

Wi-Fiを繋ぎ、テレビを繋ぎ。

ニートはパソコンの具合をチェックしているようだ。
ニートはテレビの映りをチェックしているようだ。

「パソコンの動きが悪いなあ、新しいのが欲しい。」
「テレビの映りが悪いなあ、新しいのが欲しい。」

ニートは新しいパソコンとテレビを所望の様だ。

「じゃあ、買えばいいんじゃないですか。」
「金がない。」

五百円玉貯金は、パソコンとテレビを買えるほど残っていなかったようだ。

「どれが欲しいんですか。」
「一番いい奴。」

一番高い値段のデスクトップパソコンと、テレビを注文した。

ニートはご機嫌だ。

「三日後に届くそうです。」
「ふうん。」

朽ちた車が運び込まれた。

「これ修理して乗りたい。」
「免許はありますか?」

ニートは免許を持っているはずなのだが、失くしてしまったと言っていた。

「あ、免許ありましたよ、これですよね。」

引っ越し業者さんが手渡してくれたものを見ると、有効期限が八年前で切れている。

「もう一回免許取りに行かないといけないです。」

「取らなくても乗れるよ。」

「取ってきたら修理してあげますよ。」

ニートは、免許を取りに行く準備を始めた。
動きが悪いというパソコンで自動車学校の入校手続きをしている。

「荷物、すべて運び終わりました!」
「はーい、お疲れさまでした。」

作業に当たってくれた皆さんに、寸志などを渡して、サインをして、解散した。

「じゃあ、ここで暮らしていって下さいね。」
「うん。」

ニートを新しい場所に移動させた後は、古い家を処分しなければならない。

解体業者を呼び、庭の植木も水のない池も足場のないベランダもぜんぶ潰してもらった。
60坪の角地は、売ればそこそこの値段がつくだろう。

「じゃあ、三分の一づつという事で。」
「おう。」
「うん。」

ニートの旧住処は、旦那の実家でもあるのだ。
売れた土地の金額は、仲良く三分割することになったらしい。
ニートは無職だから、ぜんぶ譲ってやってはどうかという話もあったのだが、どうやらその話はなかったことになったらしい。

「この倉庫、いくらで買ったの。」
「さあ、よくわかんない。」

旦那がニートの兄と話をしている。
ニートは、三人兄弟の二番目にあたる。
旦那は三男坊なのだ。

「わからん?!そんな馬鹿な!!」
「嫁が全部手配したからわかんないんだよ。」

そう、今回のニートを飼う計画は、私一人が実行しているのだ。

「なに、こんな土地買うお金あったの?!」
「一応。」

旦那も、ニートの兄も、私がいくらお金を出したのか、いくらお金を持っているのか、気になるようだ。
だが、私はその金額を話すつもりはない。

およそ15年前、旦那は宝くじで600万を当て、それをすべて自分自身一人のために使い切った。
その時かわした、宝くじは当たったものがすべて自由に使うという血判付きの書面が私の手元にあるのだ。

「こんな無駄遣いして、もったいない……。」
「無駄遣い?おにいさんニート君が幸せに暮らせるなら、いいんじゃないですか。私は別に買いたいものもないし、やりたいこともないんです。」

子どもも巣立ち、私には何も楽しみがなくなってしまったのだ。
……新しく、ペットを飼う事ぐらいしか、楽しみが見つけられなかったのだ。


「おにいさん、免許はどうなったんですか?」

ニートが免許を再取得するために自動車学校に申し込みしたのはもう二か月も前の事だ。

「目が悪くて取れなかった。眼鏡買いたい。」

眼鏡屋に行くことになったが、矯正視力でも0.7に届かず、免許を取ることができないことが判明した。

「車は乗れるから、直してよ。」
「無理ですね。」

「じゃあ、俺が運転手やるからさ、車買ってくれよ。」

旦那がニートの運転手をするらしい。
ニートに託けて、自分の欲しい車を私に買わせようとしている様子がありありと見える。

「軽自動車じゃパワーが足りない、荷物も運べないからミニバンだな。兄貴はテレビ命だからフルスペックのいい奴を買うべきだ。」

「俺はこの車を直して乗りたい。」
「わかりました。」

旦那の目論見は、ニートには届かなかった。

ニートの愛車は40年前に買った、中古の外車だ。

アニメのキャラクターが乗っていたというレトロモダンな車は、もうすでに生産されておらず、乗れるように修理するのは非常に困難を極めるらしい。
エンジンの積み替え、塗装のやり直し、改造……乗れるようにするために、ミニバンと同じ価格がかかり、エアコンもテレビもナビも何もない。

修理が完了した車に、ニートと旦那が乗って出かけた。

旧車ファンに囲まれ、まんざらでもなかったらしい。
毎週旦那とニートが出かけるようになった。

「この車、欲しいっていう人がいるから、譲ろうと思う。」

ニートは、コミュ障なのだ。
ニートは、ぼっち属性なのだ。
ニートは、断ることを知らないのだ。

少しばかり仲良くなった人に、しつこく懇願されたニートは、あれほどまでにこだわった愛車を二束三文で売り払った。

「喜んでもらえてよかったです。」
「この恩は一生忘れませんよ!!ハハハ!!!」

一生忘れないといった恩は、音信不通というサプライズに変わった。

なかなかのエンタテインメント性に、心が沸き立つ。

だが、ニートはさほどダメージを受けていない。
元々人付き合いに喜びを見出せないニートは、知人が一人消えたところで何とも思わないのだ。

ニートの懐は、全くダメージを受けていないのだ。

ニートを飼っているのは、私。
ニートの欲しがるものを、きちんと与えて甘やかす。

ニートの暮らしを観察するのは、ぼちぼち愉快だ。

ニートの周りは、引っ越した当初だだっ広い空間だったのだが、どうやら非常に心地が悪かったらしい。
元々モノの多い家で、モノに囲まれて生活していたのだ、無理はない。

二階の何もない空間に、パーテーションやマット、棚、グリーンを置くようになった。

パソコン周りから、だんだんとモノが増えていく。

ごみを捨てる習慣がないので、食べたもののゴミが増えていく。
ごみを捨てる習慣がないので、買ったものの梱包材が増えていく。

土地100坪、二階建……面積にして200坪分の空間がどんどん埋まっていく。

一階は、引っ越した時とほとんど変わっていない。

ネズミのミイラも、昭和の時代に賞味期限の切れた贈答品も、きっちり引っ越し作業のお兄さんが置いたままになっている。

ゴミの中でパソコンに熱中するニート。
毎日が楽しくてたまらないようだ。

ポイントを稼ぐような、せこいことをする必要はなくなったようだ。
ニートは、三等分されたとはいえ旧ニートの館跡地を売った結果を得ているのだ。

最新のパソコンは、ずいぶん使い勝手がいいらしい。
思いつくまま、気の向くままに、いろんな買い物を楽しんでいるようだ。

食べたいものを食べ、好きな時に寝て。
トイレが汚れれば掃除業者を呼んでキレイにしてもらい、腹が減れば宅配を呼び。

車がなくなったから、どこにもいかなくなった。
出かけるのが億劫だからと、二階に引きこもるようになった。

宅配を取りに行くために一階に降りるのが億劫になったニートは、一階にパソコンを下ろすことにしたようだ。

幸い、車があった場所が少し空いている。
そこに壁を作り、自分の居住スペースを設けた。

広い広い倉庫内に、二畳ほどの大きさの小さな部屋のような空間ができた。

好き放題に買う家電も増え、足の踏み場はどんどんなくなっていく。

工場扇、冷風機、温風器、浄水器、ハンモックセットにテント、マッサージ器にゲーム筐体……。

大きな買い物は、たくさんのゴミを出す。

一階にものがどんどん増えるようになった。
一階にゴミがどんどん増えるようになった。

小さな部屋の空間には屋根がついていない。
ゴミが出れば、天井に向かってぽいと投げればよかった。

ゴミはどんどん増えていき、やがて天井に投げたごみが部屋の中にこぼれてくるほどになった。

ゴミの中で暮らす、ニート。

「ゴミ、捨てたらどうですか?」
「これはゴミじゃない!俺が生きてきた証なんだ、捨てんぞ!!!」

箱から出す事すらしない、届いたままの荷物の上に、どんどんゴミが、積もっていく。

ゴミもゴミじゃないものも、全部まとめて一緒くたになって、広い空間を埋めていく。

大型台風がやってきた。

ニートを飼っている倉庫のシャッターが、暴風雨ではためいた。
暴風を受けたシャッターは、大きく風になびいて、派手に崩壊した。
吹き荒れる暴風雨は、倉庫の中のゴミを吸いだして、大空へとまき散らした。

近隣にまき散らされた、ゴミ、ゴミ、ゴミ、ゴミ……。

倉庫のシャッターはしまっていたから、近隣住民は倉庫の中の惨状を、知らなかった。
倉庫のシャッターは開いてしまったから、近隣住民は倉庫の中の惨状を、目の当たりにした。

シャッターのなくなった倉庫は、ニートのゴミを隠せない。
シャッターのなくなった倉庫は、ニートの財産を守れない。

「ゴミを片付けて頂きたい!」
「また台風が来たらどうするつもりなんですか!」
「火災が起きてからでは遅いのだ!!」

「すみません。」

ニートは身内には強気でいられるが、所詮コミュ障なので強気の他人に弱いのだ。
ニートは身内には強気でいられるが、所詮ぼっちなので人に囲まれると弱いのだ。

「ゴミ片づけたいんだけど。」
「わかりました。」

倉庫の一階の荷物がすべてなくなった。

「新しいパソコン欲しいんだけど。」

「買ってもシャッターないし、またすぐにダメになりますよ。」

「シャッター直して。」

シャッター業者を呼んだところで、近隣住民からストップがかかった。

「またゴミをためてもらっては困る!」
「シャッターはあけたままにしておいてください!」
「火事が起きてからでは遅いんですよ?!」

「すみません。」

近隣住民からすっかり目を付けられてしまったニートは、この場所に暮らしていくことが難しくなってしまったのだ。

「引っ越したい。」
「わかりました。」

ニートを飼って、およそ一年半。

ニートを手放すときがやってきた。

ワンルームのマンションに、パソコンとテレビを置いてやった。
私は、小さな箱に、ニートを開放したのだ。

ニートを飼っていた広い倉庫を売却し、少しばかりのお金が戻ってきた。

ずいぶんやりたい放題させてきたけれど、終わってみれば案外大した金額ではなかった。

「これくらいの居住スペースが一番楽だな。」
「ああ、そうなんですね。」

わりとつまらない一年半だった。

……もっと大事件が起きるかと思ったんだけどな。

寝たばこで地域一体大火事とか。
振り込め詐欺に引っかかるとか。
強盗に入られるとか。
自分より30歳以上若いヤンキーに集られておもらし展開とか。
古いガスボンベの暴発とか。
漏電で地域一帯停電して怒りの住民凸とか。
若すぎる嫁に毒殺されるとか。
おかしな事件の首謀者に仕立て上げられるとか。

やっぱりごく普通の一般人の人生なんて、大金つぎ込んでみたところで愉快な要素がほとんど見当たらないな。

やっぱりごく普通の一般人の人生なんて、大金使い果たそうとしたところで使いきれない程度のもんなんだな。

あれもやりたいこれもやりたい、欲を語るくせに、結局何もできずに死んでいくだけなんだな。

歩くこともままならないのに、新しい靴を買い、新しい服を買い。
噛むこともできないのに、若者の好むファーストフードを毎日食べて。
目も見えないのに、気付かないふりをしてパソコンを睨み付け。
三日前の事を覚えていないのに40年前の出来事で恨みをぶちまけ。
初めて会う人のいう事ばかり信用して、近しい誰かのいう事を一切信用せず。

さあて、ニートは通帳のはした金を使いきることができるのかな?
使いきれないと、思うんだけどね?

さあて、私は残ったお金を、どうやって使い切ろうかな?
使いきる気、まんまんなんだけどね?

今度は違ったタイプのニートを飼ってみようかな?

旦那をニートにしてみるのもいいかもね?

血のつながった兄弟だから、あんまり期待はできないかな?

ああ、でも。

600万をたった一人で三か月で使い切って、借金まで作り上げた旦那なら、きっと愉快な破産物語を見せてくれると、思うのよね。

人の通帳が気になって仕方がないみたいなのよね。
半分渡すのも、なかなか楽しそうってね?

……思い立ったが吉日って、言うじゃない?

私は市役所へと、お散歩に出かけたのだった。


お金の使い方ってのは他人がどうこう口出しするべきじゃないと思うタイプです。
なお、私は欲しいと思ったら買ってしまう散財癖があるため、日常かわいいモノとかおいしそうなモノとか面白そうなモノとかあまり見ないようにですね。

ネットショッピングは実物がないから踏み止まっております、はい。

↓【小説家になろう】で毎日短編小説作品(新作)を投稿しています↓ https://mypage.syosetu.com/874484/ ↓【note】で毎日自作品の紹介を投稿しています↓ https://note.com/takasaba/