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おかえし

「うっせぇな!!ぶっ殺すぞ!!」

―――パシン。

……ああ、鳴っちゃった。

「申し訳ございません。」

時刻は夕方六時を回った頃。
コンビニ店内に、クリンタイムを知らせる音楽が流れているからね。

たった今、私に罵声を浴びせた中年男性は、電子マネーで支払いを済ませるとレジをひと蹴りして帰っていった。

「大丈夫?」
「はい。」

となりのレジでお客様対応をしていた店長が飛んできた。

「怖かったねえ・・・。」
「はは、怒られちゃいました。」

毎日晩御飯を買いに来るおばちゃんが、私を慰めている。

……ここは、都会から少し田舎になる、流れが変わる位置にあるコンビニ。

毎日仕事帰りの疲れたお客さんが立ち寄りがちな、コンビニ。
毎日学校帰りの血気盛んな学生が立ち寄りがちな、コンビニ。

来客の七割は常連さんなんだけど、たまに初見のお客様も来る。

幹線道路も近くにないから、わりと激しく混む事が少ない、穏やかな店舗だとは、思う。

が、機嫌の悪いお客さんはいるもので。
ごくごくたまに、ひどい罵声を浴びせられたりするんだな。

特に、年齢確認ボタン。

タバコやお酒を買う時にさ、年齢確認ボタンをお客さんに押してもらわないといけないのだけど、これを拒否する人はぼちぼち、いる。
本当はお客さん本人に押してもらわないと駄目なんだけど、押してくれない場合は、こっちが押さなきゃならない。

―――俺、そんなに若く見えるの?
―――見て分かるだろうが!
―――君、人を見る目ないね。
―――見た目で年齢なんか分かるだろ、頭の悪い店員だな!

どれだけおっさんでも、干からびた爺さんでも、年齢確認ボタンは押さねばならない。

・・・二十歳なんかとっくの昔に通り過ぎたって分かってるんだよ。
本部から客本人に押させろって命令下ってんだよ。
あとはただ老いて灰になるのを待ってるような老いぼれが二十歳以下に見えるわけないじゃん。

絶対にボタンを押さない意地の悪い客もいるんだな。
たまに理不尽に怒りをぶつけてくる頭の悪いやつもいるんだな。

「原田さんは強いねえ、この前なんか加藤さん、お客さんに怒鳴られて泣き出しちゃって大変だったよ。」
「はは、私あんまり人のいうこと聞いてなくて…ほら、フェアのこともすっかり忘れてたし。」

今週頭から、1000円お買い上げごとにスクラッチくじ引いて貰わないといけないんだけどさ、全然話聞いてなくて三日前に店長に怒られちゃったんだよね。
客のことを頭悪いと評する私も、相当頭が悪かったりして・・・。

「もー!やなことは聞かなくていいけど、重要なことはちゃんと聞いてね!!」
「はーい。」

・・・ここのバイト、わりと人間関係もいいし、好きだったんだけど。
そろそろ、潮時かなあ。

・・・鳴っちゃったの、三度目だし。
そうだな、潮時だな。

「じゃあ、ダスターとポリッシャーやってきまーす!」
「おねがいしまーす!」

あと二時間たったら私が退職を願い出るとは思ってもいない店長が、ニコニコしながらタバコの補充を始めた。

ごぉおおおおおん・・・。

私は、ポリッシャーを操縦しながら店内の床を磨き上げつつ、さっきの客のことを考えている。

・・・あの時、私は恐怖を覚えてしまったのだな。

普段、命を奪われるようなことってさ、なかなかないじゃん。
凄む言葉ってのは、色々聞くけどさ、命取ろうとまではしないじゃん。
年齢確認ボタン押して下さいってお願いしてさ、殺されるとかさ、普通ないじゃん。

今、掃除をしつつぼんやりと先ほどのやり取りを思い出す私には、もう恐怖は残っていない。

しかし。
あのとき。

私の心臓は、鳴ってしまった。
私の心臓に、打撃が入った音がしてしまった。

あの、パシンという音は、私の心が打撃をうけた時になる音なのだ。
あの音が鳴ると、私の恐ろしい力が発揮されてしまうのだ。

……初めて、あの、心を打たれる音を聞いたのは、小学生のとき。

体育館の掃除の当番だった私は、友達の奈々ちゃんと一緒に、ステージの上をモップがけしていた。

奈々ちゃんはピアノが得意で、合唱コンクールのときはいつも演奏係をこなしている子だった。ピアノはイベント時以外は弾いてはいけないことになっていたのだが。

「ねえねえ、新しい曲覚えたから、弾いてあげる!」
「怒られちゃうよ、やめようよ。」

「いいから聞いて!」

奈々ちゃんは、ピアノのふたを開け演奏を始めた。

誰もいない体育館に、交響曲が流れ始める。
悦に入ってしまったのか、奈々ちゃんはノリノリで演奏を続けていた。

「ねえ、先生が来る前にいこ、やめよう、怒られちゃう。」
「もうちょっと!!」

奈々ちゃんの勢いは止まらず、一人で逃げ出そうかと思ったとき。

「コラー!!何をやっとるか!!!」

演奏に気が付いた、学年主任の先生が飛び込んできた。
あわてて、奈々ちゃんが椅子から飛び降りて、勢いよく、ふたを、閉めた、そのとき。

が、どがっしゃ―――――ん!!!

「キャアアアアアアアアアア!!!」

よく分からないが、ふたを閉めた勢いで、ピアノの足のバランスが崩れ。
年期の入った、重厚なピアノが、音を立てて崩壊したのだ。

もともと壊れていたのか、ふたを勢いよく閉めたのが引き金になったのか。何が原因かは教えてもらえなかった。

「何で勝手にピアノを弾いたんだ。」

学年主任、担任、校長、教頭の前で、正座をさせられて、尋問を受けることになった。

「原田さんが弾いてっていうから弾きました。」

―――パシン。

私の心臓が、確かに、音を……立てたのだ。

「原田!お前のせいで300万のピアノが壊れたんだぞ!!!」
「岸本!お前も友達の言うことを真に受けて勝手な行動をするんじゃない!」

私は、奈々ちゃんが罪をなすりつけたことにショックを受けた。
私は、300万円払えないとパニックになった。

私は、一言も話せなかった。

いつの間にか、私は事件の首謀者となっていた。
いつの間にか、奈々ちゃんは被害者になっていた。
いつの間にか、私は友達の数を減らした。
いつの間にか、奈々ちゃんは人気者になっていた。
いつの間にか、奈々ちゃんがピアノコンクールで優勝した。
いつの間にか、奈々ちゃんがテレビに出るようになった。
いつの間にか、奈々ちゃんがアイドルになった。

あの事件から半年もたたないうちに、奈々ちゃんはテレビタレントとして大活躍するようになった。

・・・そして。

テレビの収録中に、熱狂的なファンに突撃されて、いきなり命を奪われた。

このとき、私はまだ、自分の心臓の音の正体に、気が付いていなかったのだ。

中学校に入って、受験のシーズン。

私は、指定校推薦をもらって進学することに、なっていた。

「ねえ、テスト受けないで進学するとか、ずるくない?」
「頭良いんだからテスト受けて進学しなよ、指定校はバカに譲らないと。」
「あんたはおしゃれな私立に向いてないよ、化粧の仕方も知らないくせに。」

クラスの女子が、やけに私に絡んでくるようになった。

目立たず、まじめに勉強をすることだけがとりえの私。
どちらかといえば、気の利いたこともいえないし活動的でもない。
おしゃれは学校でするものではないと思っていたから、校則通りに制服を着こなし、指定の髪形をしていた。

「先生!私の時計が無くなりました…。」

ある日、学級委員長の時計がなくなった。
体育の時間にはずして、かばんの中に入れておいたはずの腕時計が忽然と消えたという。

「何かまちがいがあったのかもしれない、皆、かばんの中を探してみてくれないか。」

HRで、いっせいにかばんの中を確認することになった。

・・・自分のかばんの中に手を入れて、違和感を感じた。

「せ、先生、私のかばんの中に・・・!!」

私のかばんの中に、委員長の時計が入っていたのだ。

「見つかったのか、なんで・・・」

「私!原田さんが委員長の時計をとるところ、見てました!」
「私も見たの!でも、すごい場面見ちゃったって、いい出せなくて!!」

―――パシン。
―――パシン。

「原田、ちょっと別室に行こうか。」

言葉が出なくなった私は、何もいえなくなった。

委員長は、私をかばってくれた。
時計が返ってきたならそれでいいといった。
私は、遠くの高校を受験することになった。

中学校の同級生が1人もいない高校に入学した私は、ある日テレビのニュースを見ておどろいた。

『改装工事を行っていた私立A高校でクレーン車倒壊事故があり、一年の島冴子さんが死亡、肥後優奈さんが右腕切断の重傷を負いました』

私の心臓が、きゅっと……縮んだような気がした。

遠くはなれた地で学ぶ私は、コンビニでアルバイトをすることになった。

「よろしくお願いします。」
「うぃっす・・・。」

一緒の時間帯に入ることが多かった、大学生の前田さんは、やる気のない人だった。レジを打ち、レジの中でタバコを補充し、店内の掃除や前出し、納品さばきは一切しない人だった。

仕事を一通り覚えて、手際よく作業をこなせるようになった頃。

『最近タバコの数が合いません。弁当ロスの数も合いません。近々ロッカーチェックをしますのでご了承下さい』

更衣室に入ろうとバックヤードに向かうと、張り紙がしてあった。

私のロッカーはコンビニのユニフォームと自分の財布、スマホしか入っていない。どこか、他人事で張り紙を見ていた。

「原田さん、ちょっといい?」
「はい。」

退勤間際の夜8時半、返本準備をしていると夜勤のオーナーが出勤してきた。
バックヤードに向かうと、手にはタバコの箱と、今日発売のロコモコ丼。

「これ、どういうことかな?君のロッカーに入っていたんだけど。」
「何ですか、それ。私タバコ吸えませんよ、ご飯は家に帰ってから食べるし。」

廃棄のお弁当を、1人ひとつ持ち帰っていいことになっていた。
それが、この店のまかないだったのだ。ただ、私はコンビニ弁当があまり好きではないので、今まで一度ももらって帰った事はなかった。

「このお弁当、今日の午後九時が期限のやつだから、期限前に持っていかれちゃうと…。」
「新発売だから食いたいって気持ち、分かるけどルール違反は駄目だろ。タバコも吸いたいって気持ち分かるけどさ、まあ、買えない年齢だから盗っちゃうのも分かるけど。」

―――パシン。
―――パシン。

「今日までの給料は払うけど、もう来なくていいからね。」

言葉が出なくなった私は、何もいえなくなった。

大学受験シーズンにはいり勉強に集中していたある日、社説に目を通そうと新聞を手にした瞬間、思わず息を呑んだ。

『暴走老人の餌食!コンビニアルバイト一名死亡、オーナー意識不明の重体』

私の働いていたあのコンビニが、一面に大きく載っていたのだ。

アクセルとブレーキを踏み間違えた老人が、ごつい車でコンビニ入り口からまっすぐレジに突っ込み、大学生の前田さんをノーブレーキで真っ二つにし、オーナーの頭部を挟み込んだ。

・・・私の心臓は、もしかして。

私は、三度目にしてようやく、自分の特殊能力に気が付いたのだ。

私はおそらく。
感情が高ぶると。
高ぶらせた相手に。

仕返しをしてしまうのだ。

激しい感情を出さない、おとなしい人。
怒らない、いい人。
何でも許してくれる、優しい人。

それが、私のまわりの人が私に持つ、私に対するイメージらしいが。

違う。

違うのだ。

私は、感情を出せないだけ。
私は、感情を伝えることができないだけ。

私は、感情を別のものに変えて、返しているだけなのだ。

大学に入って、満員電車に乗り込もうと並んでいたとき。

横から入ってきたおじさんを見たら怒鳴られて。
何もいえずにしたをむいたら胸倉つかまれて死にそうになった。
やだなあと思ったら、そのおじさんは次の日、私の真横で線路に落ちた。
事故処理のために二時間も遅れてしまい、後期テストに間に合わなくなった。

郵便局でアルバイトをしていて、配達物紛失騒ぎがあったとき。
私の名札が捨ててあった配達物の袋の中から出てきたことを咎められて。
あっけにとられて口をあけたままにしていたら、突然建物横のポストが燃え上がった。火はあっという間に燃え広がり、都心部の本局を丸コゲにし、逃げ遅れた中年女性が全身大やけどで運ばれた。
本局建て直し完了まで、働くことができなくなった。

就職試験で面接に挑んだとき。

集団面接でとなりの女子とあからさまに差別をされて。
逃げ出したいなあと思いつつ、笑顔で何とか乗り越えたけど。
会社の出口でとなりの女子と面接官が肩組んで歩いてるのを見てがっくり来て。空を見上げた瞬間、ぶわっと看板が吹っ飛んできていかがわしい二人を直撃して。女子は鼻がもげて、面接官は眼球がつぶれた。

凄惨な現場を見た私は、逃げるように卒業論文に没頭するようになった。

……優秀な成績で大学を卒業したものの。

私は、就職が決まらないまま…大学近くのコンビニで働く毎日が続いている。

ここで、心臓を鳴らしたのは。

明らかに中学生だから、タバコ販売断ったら…囲まれたとき。
暴走族の集団玉突き事故は全国ニュースになった。

駐車場で事故ったおばさんが車の修理代を出せと迫ってきたとき。
手を上げて横断中だった子供をひき逃げした挙句電柱に激突し、市内を停電させて新聞に載った。

ごぅうううんっ・・・。

よし、ポリッシャーかけ終わった、あとはダスターで店内を拭きあげてと。ぴかぴかに磨きあがった店内の床が輝いている。

「綺麗な店内ってのは、気持ちがいいねえ。」

汚れひとつない、きれいな床。
汚れていても、きちんと掃除をすれば、床は輝くのだな。

・・・。

世の中は、ずいぶん汚れているというのに。
なかなか綺麗に輝いてくれないな。

……誰も掃除しないからかな。
掃除してもすぐ汚れちゃうのかな。

綺麗に磨くのって、難しいんだよね。

些細なことで心臓を鳴らせてしまう、私が弱いのか。
私の心臓を鳴らしてしまうくらい、ひどい世の中なのか。

綺麗好きの私が持つ、この能力は。
世の中を綺麗にするための特殊能力だったりしてね。

・・・まさかね。

そうだなあ、次に働くのは、清掃系がいいかも。

「レジ応援、お願いしまーす!」
「はーい!」

掃除に夢中になっていたら、いつの間にかレジにお客さんの列が伸びていた。

「ちょっと!!早くしてよ!!」

レジでペットボトルをごんごん打ちつけながら、大きな声を出しているお客さんのもとに、急ぐ。

「はーい、ただいま、申し訳ございませーん!」
「まったく愚図だねえ!どうなってるのこの店の教育は!!!」

私の胸の内など微塵も知らない、こちらを睨みつける中年女性。

・・・心臓の音が、鳴りませんように。

私は、お客様に向かって、にっこり笑顔を、向けた。

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