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落武者、怒る。


御免ごめん!!!」

ずいぶん冷え込む平日の午前、仕事もないことだしのんびりするかとソファに腰を下ろしたら…やけに暑苦しい声が聞こえてきたぞ!!!

「はい・・・?」

「落ち武者と申すものだが!!!」

靴下もはかずに素足のままペタペタと玄関に向かうと…げえ!!

落ち武者が立っとるがな!!!
矢、刺さっとるがな!!
首、絶対切れてるけど無理やりくっつけてあるがな!!!

「ええと、本日はお日柄もよく…ええと、何用でしょうか、うちはあなたの訪問を望んでないんですけども。」

恐る恐る訪問拒否を申し伝える。

…うーん、実に美しい刺しゅう?の施されたお召し物を着ておられる、矢が突き刺さって破れているのが残念でならない。
ベストみたいなのは甲冑かな。意外とこう、学芸会の工作っぽいぞ、こんなんじゃ矢は防げんなあ…。
足袋の形は一緒なのか、昔はミシンなかっただろうし、針仕事大変そうだなあ…。片足裸足なのはいかがされたのか。

「わしを愚弄した真意を心行くまで伺おうと訪ねてきた次第である!!!」

「グ、グロウ?何それ、全然心当たりな…。」

心当たり?

・・・ある!!!

今朝がた前髪が邪魔で頭のてっぺんやや後頭部よりで結んでさあ、洗濯物乾燥機に入れてる時にふと鏡が目に入って…映る自分の姿を見てめっちゃウケたんだった。横の髪がノーセットでのばしっぱ、ばっさばさのくせに頭頂部が丸くてさ、でこ丸出しで、髪の色も相まってテカテカと輝いてて、どう見ても落ち武者だったのさ。
思わず笑いだした私に、娘が茶々を入れて…わいのわいのと騒いだ、ような。

―――何これ、落ち武者じゃん!ウケる!
―――落ち武者って何?
―――戦で負けて逃げ出した変な髪型の人だよ!!
―――まけたら逃げるにきまってるじゃん!!
―――逃げてイキった農民に首ちょんぱされて晒しもんになった恥ずかしい人だよ!
―――何それ!!気の毒すぎる!!
―――自業自得だよ!!髷切られて当然っしょ!!

…ああ、完全に調子に乗って蔑みました、ホント申し訳ございません。

なんかさあ、こういう完全行き過ぎた調子の乗り方するのがね、私の悪い癖でね、あああ、こういうところの底意地の悪さが出るんだよ、育ちの悪さ、育ちの悪さ―!!!

これはあかん、今後はできる限り…いや、完全に媚び諂って生きていこう、今後何かを嘲ることは絶対にするまい、・・・してはならん!

「大変申し訳ございませんでした、口が滑って性格の悪さが躍り出ました、今後は一切口にしません、許してください。」

潔く、玄関で膝をついて首を垂れる。

「己の誓いを全うするべく戦地に赴き、力至らず散ったわしは、それほどまでに笑いを生むというのですかな!」

―――自分の信じた道を貫くために、大きな組織に戦いを挑んだ、覚悟が、見えた。

「己の矜持を胸に…仲間たちの枷とならぬよう逃げ出すことが、そんなにおかしいことなのですかな!」

―――道を信じる仲間たちが、己が存在することで…人質になってしまうことで、道を行く足を止めることの無いよう、満身創痍で戦場を逃げ出す悔しさが、見えた。

「無念のまま意気消沈するわしを…囲んで嬲り歓喜した人々を見て、何一つ侮蔑せぬと、何一つ咎めぬというのですかな!!」

―――身ぐるみ剥がされ、じわじわとなぶり殺しにされながら、それでもなお自分の信じるものを信じ続けることができた、喜びが、見えた。

「己の目指した世界を共に見て、共に年月を重ねた髷が…ただの傍観者に切り捨てられた、わしの、屈辱…お判りいただけぬのか!」

―――命を奪われたのち、その首を弄ばれ、髷を切られて恥を晒し…何一つ世界を変えることができなかった、無念が、見えた。

「…本当にごめんなさい、何も知らないくせにあなたの人生を笑ってしまいました。」

そうだよね、何も知らないただの傍観者ってのは、実に失礼極まりないよね、パッと見た一瞬でイメージ勝手に持っちゃってさ、すぐに笑ってさ。

その人の生き方もそうなった理由も何一つ知ろうとしないくせに見た目の愉快さだけにズームして取り上げてピックアップして騒ぎ立てて。

自分だって、…いろいろ勝手に推測されて被害被ってるくせに、失敬な奴らばっかだっていつも怒ってるくせに、なんという、この失態。人の事はとやかく言うくせに自分も同じことしてるとかさあ、これめっちゃ恥ずかしい奴じゃん、人としてだめなやつじゃん…うわあ、凹んできたぞ…。

本当に、申し訳ない…。

より深く頭を下げて謝罪し、顔を上げると、…いくぶん、怒りの表情が和らいでいるように、見えた。

「・・・謝罪のお心、受け取らせていただく!」

「申し訳ございませんでした…。」

落ち武者は、玄関に腰を下ろしてしまった。

…何を見ているのか、視線はぼんやりと下の方を向いている。

どうしよう、このままここにいるおつもりなのか、それは少々困るな、しかし追い出せる雰囲気じゃないぞ・・・。

「…わしも、些か勇み足では、あったのだ。不躾な訪問、許されよ。」

その勇み足とは、ここに来たことに対して言っているのか、それとも戦場に行った時の事を言っているのか。

「このようななりで…恥ずべき、事であったな…。」

恥ずべき、ね。自分の信じた道を行った結果なんだから、恥じるべきじゃないとは、思う…ああ、そうか、ちょんまげが無いから?

「あのう、差し出がましいことですけれども、お詫びに、丁髷、結わせてください。」

「…できるのか?ならば…頼もうか…。」

大昔、イベントでちょんまげを結ったことが、なんとなく、ある。多分、できる、はず。

紙ひもはないけど、ゴムで代用すればいいでしょ、ええと櫛はあるし、はさみも一応用意して…。旦那のワックス使っちゃお。

落ち武者の髪はやけにさらさらとしていて、艶めいていた。

汚れてたりするのかなあと思ったけど、何のことはない、この世に存在していた時にこの世でまとった汗と血と埃その他もろもろは、この世から存在が消えた時点で消失している。

なるほどねえ、いや待てよ、しかし血液や汗はこの人から出たもので、この人を構築していた物質だからべたついているままじゃないとおかしくないか、そういえば良く出るおばけなんかは血を垂らしているな、アレはいったい何なんだ??しかし肉体を持たないというならば血なんか垂れるはずないしうーん???…深く考えると泥沼にはまりそうだ、やめとこう。

バサつく髪に櫛を入れ、髪をまとめてゴムで縛る。まとめた髪束を折り曲げて、またゴムでしばって…。ああ、立派な丁髷の完成だ。

不思議なもので、髪の先端がきっちりとそろっている。鋏の出番はなかったみたい。

「はい、できましたよ、ア、鏡、見ます?そこに姿見が。」

玄関横の身だしなみチェック用の鏡を指差して…ああ、私しか映ってない、しまったこの人、人じゃなかったから鏡に映んないのか!!!

「…素晴らしい。再び、髷がわしの頭に。忝い、感謝、する…。」

落ち武者だった人は、立派な武士になってふわりと消えてしまった。

農民たちに奪われた刀も、ぼろぼろになった甲冑も、穴だらけになった着物も片方しか履いていなかった足袋も、全部全部ピカピカの新品になって消えてしまった…のだが。

・・・このさあ、魂の豹変するシステムってのがよくわかんないんだよね。

なんで落ち武者ってたのに、いきなり汚れひとつない昔の状態に戻れるのかとかさ、首だけで出現しないで体もついてきてんのはどうしてなんだとかさ、そもそも服着てるのってなんかおかしくないかとかさ、まあね、魂に触れる自分も大概なんだけどさ…。

まあ、首だけじゃあないからなあ、生きてた時の体ってのは。だから切り離されたとしてもくっついて出てくるのかなあ、なんだかなあ…。

いや待てよ、確か首だけのおばけってのがいたはずだ、首から内臓が垂れさがってて緑色に光るやつ…ええとなんて名前だったかな。ああいうのの場合はどうなるんだ、もともとの体がないおばけ?いやいや昔はひとだったパターンなのでは?だとしたら中途半端に首だけで出現するのはおかしい。

そうなんだよ、やけにマヌケな見てくれしてるなって思ったんだよね、首から内臓垂れ下がってるとかさ、何の意味があるんだろってね。内臓直接見れるから病気とかわかりやすそう、って生きてないじゃん、無駄じゃんってさあ!そもそも内臓ってのは生きてる人間が外部から栄養素を吸収するために備えてるもんで生きてないやつがそんなん持ってても無駄じゃん、めっちゃウケるんですけど!!

そんなことを思いつつ、櫛セットを持って、立ち上がると。

「ちょいと!!!!失礼するよ!!あたしゃペナンガランってもんだがね!」

目の前に、首だけの‥内臓がぶらぶらしてる、お姉さんが――――!!!

「なんかあたしを小バカにする心の声が聞こえてきたんだけど?!どういうことか、説明してもらいたいもんだね!!!」

私は、自分の愚かさを嘆きつつ…土下座の準備を、した。


ちなみにペナンガランってこういうのです。


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