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似合わない


……髪、伸びたな。

毎朝腰まである長い髪をひとまとめにしているのだが、ずいぶん手間取るようになってきた。

絡まる髪をほぐしつつ、前髪から後ろ髪までぎっちりまとめてポニーテールにするのがきつくなってきたのだ。
髪の重さで頭皮が引っ張られて痛いし、長い髪をゴムに通すのも大変になってきたのだ。

……よし、切るか。

思い切って短くしようかな、ショートカットだった時は実にシャンプーが楽だった。いやしかし、そうすると前髪が伸びた時にうっとおしい時期がやってくる、それは嫌だな。

私はいわゆるでこ丸出しワンレンタイプの髪型をしており、前髪のうっとおしさとは縁がない。常日頃、お洒落と縁遠い年代になった事もあって、完全でこ丸出し状態で過ごしている。前髪のない楽さ、視界の良さに慣れているのだ。

思い切って短くして、やがて迫り来るうっとおしさを迎え撃つか……?
キリの良いところで切って頭を軽くするだけにとどめるか……?
それともいっそアフロにしてみるか……?

坊主は子どもたちが騒ぐからやめておくべきだ、思春期に派手なことをして拗らせてはまずい。……さて、どうする。

「たまには違う髪型にしてみたらどうです?若返りますよ!」
「そ、そお?じゃあ、お任せしますです……。」

断れない性格が災いしてしまった。

いつも行く美容院で、何の気なしにお任せにしてしまったのがまずかった。

「うわ、誰これ!!!」
「うふふ、大成功ですー!」

カットパーマブローその他もろもろ終了し、眼鏡をかけた私がドでかい鏡の中に見たのは……、どこぞの有閑マダム!!髪型は実に似合っている、完璧にいい感じに仕上がっている!さすがプロというべきか、私の年齢と顔型、髪色、全てを生かしきった、素晴らしい手腕に感服だ。

だがしかし……、着ているものは国民的猫型ロボットのTシャツ―――!!!

明らかにアンバランス、ちぐはぐ、場違い、空気読めてない、ババアのやらかし感満載、はい、ハイ、はい―――?!

愕然としながらも家に帰り、ふと思い立って、昔好んで着ていたオーガニックコットンのワンピースなどを引っ張り出した。

この髪型に似合う服装は、おそらくガサツなキャラTではなく、清楚なかわいい系であるはず。衣装チェンジをすれば、あるいはこの違和感は拭えるのではあるまいか。

……。

髪型と、ワンピースは確かに似合っている。

ふわりと揺れる緩いカールが、ひらりと翻るスカートの裾に、実に良い感じでシンクロしている。

だがしかし!!

何この、取ってつけたようなおかしな老いた顔は!!

明らかにワンピースの落ち着いた色合いよりもくすんだ、土気色の覇気のない顔!!あんなに落ち着いたデザインが気に入っていたはずなのに、どうにもはしゃぎ過ぎたデザインにしか見えない、明らかなやらかしてる感!!

……たかだか十年着ていなかっただけで、こうも人というものは服を置いてけぼりにしてしまうものなのか。

お気に入りの服は、取っておいてはダメなのだ。
お気に入りの時代に、きっちり着古しておかねばならないのだ。
お気に入りを着ることができるうちに、処分しておけねばならないのだ。

でないと、己の老いを、こんなにも見せつけられるはめに!!!

……。

そうだな、もう派手な色のスーツは処分した方がいいな。
そうだね、二回しか着てないけどカクテルドレスも処分しよう。
そうだな、ひらひらスカートはもう必要ないね。
そうだね、何年も着てないものはもう着られないもんね、物理的にも精神的にも。

思い立ったが吉日、さっさかさっさかクローゼットの中身を厳選して…いや、ここはきっぱり捨てるべきだ!

今残したところで、今後は老いて行くばかり。
今着ないモノは、今後着ないのだ。

資源ごみの袋を三つばかり持って一階に降りてゆくと、娘と息子がちょうど帰宅した。

「うわ!なにお母さんイメチェン!?マダム臭い!」
「なかなかいい。」

ムム、今日は息子の好きなキノコ鍋にするか……。

「今から買い物行くから、君ら一階掃除機掛けといてよ、あと米炊いといてね、ではよろしく。」
「へいへい。あたしねえ、デザートは焼きプリンでいいや!!」
「いってらっしゃい。」

いつも晩御飯の買い物に行くスーパーには、資源回収コーナーがあるので、ついでに今出たばかりのゴミを持って行くことにする。……そうだな、ついでに段ボールも新聞も雑誌も持って行くか。

後部座席にいっぱい資源ごみを詰め込んでスーパーに向かい、ザバザバと回収ボックスに詰め込んだ。
少々の疲労感と、ずいぶんのスッキリ感を得て、意気揚々と買い物に向かう。

「あらあ、誰かと思った!!!へえ、雰囲気変わる、わりといいね!!」
「は、はは、こんにちは、ではさようなら。」

「何言ってんの、いつも面白いわねえ、この前ね、ご主人が梅干し貰ってくれたでしょうあれねえ……!!!

そして旦那の顔見知りに会って、さっそく捕まり―――!!!


……そんなことがあったのが、先週の話だ。


切った髪もようやく落ち着き、後ろでひとまとめにするのも身についてきた。処分した服の代わりに、新しく落ち着いた年相応の服も何枚か買って、おかしくない見てくれもどうにかゲットした。

穏やかな気持ちで、のほほんと買い物をしていた、私の目に映ったのは。

フワフワの、私がかつて愛してやまなかった、ワンピース……?

キャベツの山の向こうに、見たことがあるような色味と、フォルムを見たのだ。へえ、似たような服、今も売ってるんだな、そんなふうに思いつつ、目を向けると。


明らかに、自分よりも年配の女性が!!!

明らかに、私が手放したワンピースと思われるモノを!!

堂々と、着ているんですけど!!!!!


私が己の不似合いを理由に手放したワンピースを、どこぞの御夫人が、身にまとっていらっしゃる!!!

ちょっと待て、あの資源回収ボックスに投げ込まれた衣類は、古着屋にでも持ち込まれているのか?もしかしたら、回収ボックス内から持ち出したのかもしれないぞ……そう言えば、持ち出し禁止の張り紙がしてあったような気がする。いやしかし、たまたま同じようなデザインの服を持っている人というだけの可能性も否定できない。

何か一言言おうか、いやしかし違いますよと一言言われて終わりそうだ。もしかしたら逆切れされて、もめ事になるかもしれない。

……何も言えずに、ワンピースのご婦人を見送ることしか、出来なかったのだ。明らかに似合っていないワンピースを、周りの目などまるで気にせず着こなしているご婦人を横目に、セルフレジを済ます事しかできなかったのだ。お友達らしき人とゆかいに話すご婦人のスカートが風に揺れているのを見ながら、荷物を持って車に乗り込むことしかできなかったのだ。

ああ、こんなことなら、不似合いだなんて思わずに、最後まで着古せばよかったんじゃあるまいか。

……後悔の念が、ザザザザーンと波の様に私に打ち寄せてくる。

もしや、この店に買い物に来るたびに、私は己の過去と対峙する羽目になるのではあるまいか。

まさか、カクテルドレス着て買い物に来たりしないよね……。
そういえば、コスプレ衣装もいろいろ入れたんだった……。

……。

なんか、こう、ちょっぴり、ワクワクしている自分が、ここに。

時刻は、夕方四時半か。
……よし、しばらく、この時間帯に、買い物に来よう。
面白いものが、みられるかもしれない。

……デュエルしちゃいそうなジャケットとか、あたまがとがりそうなアウターとか、どうみてもプロデューサーに目をつけられそうな上下セットとか、チャイナ服とか、一見着物に見える地獄の住民の勝負服とか、まさか全身タイツは着て来ないよね、いやしかしもしかしたら……!


……私が良いものを見れたのか、見れなかったのか?


それは、皆さんのご想像にお任せ致します。


まあ、この辺りのジャンルです、はい。


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