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数珠


親戚の通夜に出かけた。

亡くなったのは祖母の妹の息子なのでどちらかと言えば遠縁なのだが、いとこにあたる母が参列を拒んだため私が行くことになったのである。

「あれ、あんたは誰だったかいな。」
「梅さんとこの三男だよ。」
「へえ、君三人目生まれたの、こんなとこでなんだけど、おめでとう。」
「あんな小さかったふくちゃんがおじいちゃんに!!」
「あら、この子兄ちゃんにそっくりだわ!」
「ええ、正樹君、東大行ったの、すごいねえ!!!」

祖母は10人兄弟だったため、親戚の数はすこぶる多い。
十畳ほどの待合室は、年老いた者からよちよち歩きの子どもまで、たくさんの人たちがあふれている。

「なんかひどい状態だったらしいよ……。」
「見つけた人、失神したんだって。」
「身元確認に一週間かかったって。」
「こんな死に方はしたくないね。」
「ビデオが再生されたままだったらしいんだけどさあ、それがまさかの…。」
「とんだ恥さらし……。」

何やら聞きたくない話もずいぶん聞こえてくる。
しかめっ面をしている人も割といる。

一人暮らし歴の長かったこのおじさん、わりとすごい状態で発見されたらしい。詳しくはわからないが、棺桶のふたを開くことが許されない程度に、原形を留めていない模様だ。

「久しぶりにそろったのに、ねえ……。」
「独り身はもういないから大丈夫だね。」
「金貸してくれって言われて断っちまったからなあ……。」
「あんたが毎日確認に行かないからこんなことになったんだよ!」
「お前らだって見て見ぬふりしてたくせに!!」
「あいつキモかったじゃん、仕方ないよ。」

穏やかに談笑するものもいれば、お互い責任を擦り付け合っているものもいる。

「どうすんだよ、家の始末とか。」
「長男いないからみんなで押し付け合ってる、あんたやってよ。古物商やってんでしょ。」
「やだよ、俺は兄貴と仲悪かったからさあ。」
「ちょっとでも売ってお金にしないと。」
「腐ってたんでしょ?そんなの売れるわけない。」
「俺ぜってー家入んねえからな!!」

なんというか、あけすけな血縁者たちの遠慮ない言葉が……突き刺さるなあ。

ちょっとだけ、呆れた眼差しを送る、私がいる。
不愉快な顔を隠さない人が、他にも…一人二人、三人四人……。

「お坊さん来ましたよ。」

司会者の一言で騒がしい集団は静まり、辺りに読経が響き渡る。

「では、順番にお焼香をお願いします。」

喪主となったおじさんが立ち上がり、一歩、前へと進んだ、その時。

バラ…バラバラっ……!!!

おじさんの手に持っていた、数珠がちぎれて?散らばった。

あわてて拾い集める、周りの人たち。
司会者の人も駆け寄り、一緒になって集めている。

「扱いが悪いから千切れるんだよ。」

横のおばさんが険しい顔をしている。
ドタバタしながら、おじさんは焼香を済ませ、奥さん、子どもと続く。

そのあと、やけに黙り込んでいたおばさんと続き、ガタイのいいおじさんが席を立つと。

バラ…バラバラっ……!!!

おじさんの手に持っていた、数珠がちぎれて?散らばった。

あわてて拾い集める、周りの人たち。
司会者の人も駆け寄り、一緒になって集めている。

「ホントガサツな兄弟はダメだね。」

横のおばさんが険しい顔をしている。

ドタバタしながら、おじさんは焼香を済ませ、奥さん、子どもと続く。
そのあと、無表情な若者とおかしな焼香をする女性が続き、ふくよかなおばさんが席を立つ。

焼香を済ませ、手を合わせたその時。

バラ…バラバラっ……!!!

おばさんの手にかけられていた数珠がちぎれて?散らばった。

あわてて拾い集める、周りの人たち。
司会者の人も駆け寄り、一緒になって集めている。

「え、何、この現象……。」

横のおばさんは強張った顔をしている。
ざわつく通夜会場。

「ねーえ!かーしーてー!」
「あっ……こらっ!!」

バラ…バラバラっ……!!!

小さな子供が、お父さんの数珠を奪おうとして引っ張ったら、ちぎれて……散らばってしまった。

あわてて拾い集める、周りの人たち。
司会者の人も駆け寄り、一緒になって集めている。

「のろいよ、これ、呪いに違いないのよ!!」

おばさんの叫び声が引き金となって、通夜会場が阿鼻驚嘆の地獄絵図と化した。

この大騒ぎの中、お坊さんはまるで動じることなく、念仏を唱えている。
やはりプロは違うなあ、そんなことを思いつつ、焼香に立つ。

ギ……ぎちっ……。

抹香をつまんだあたりで、私の数珠が少し音を立てた。

……ふうん、私の数珠も、ちぎれちゃうのかな?

お坊さんの念仏が、一瞬途切れた、その時。


パンッ……!!!!


通夜会場に、乾いた音が、鳴り響いた。

「ぎゃああああああああああ!!!」
「し、心霊現象だ!!!!」
「ら、ララララララップ音っ!!!」
「まーまー?!」
「塩、塩おおおおおおおお!!!」

大騒ぎで、通夜どころではない。

抹香をそっと香炉に落とし、手を合わせる私の目の前には。

頬をぶたれて、呆然とする故人の姿。
右手を掲げて、怒り心頭のおじいちゃんの姿。

……おお、相変わらず傍若無人だな、じいちゃんは。

私にこの数珠をくれたのは、じいちゃんだったんだよね。

ものすごくいいものだから大切にするようにと仰せつかって、早40年。
そりゃあ大切に使わせていただいてまいりましたとも。

そんじょそこらのつまんない存在が、脅し行為で破壊していいシロモンじゃあ、ないんだよ。
生者をビビらせるためにイキったヘタレ幽霊が、いたずらにぶっ壊せるような粗末なもんじゃあ、ないんだよ。

まあねえ、あることないこと、ひどいことに失礼なこと言われてさ、腹立たしくなる気持ちはわからんでもないけどさ。

騒ぎを聞きつけて、あちらこちらからいろんな皆さんが次々に降臨しているぞ、地味にすごい絵面だ。

言われた本人のみならず、歴代の縁者の皆さんまでも、非常に憮然とした様子で事の成り行きを見ていらっしゃるではございませんか。うん?あれはひいばあちゃんだな、なんだやけに若返っているな、よほどあの世を満喫でもしているというのだろうか。

こういう会場では、それなりに弁えて、慎ましやかに厳かに、淡々と過ごすべきなんだよねえ……。

「そ、それでは、皆さま、合掌をおね、お願いいたします!!」

ややあせっている司会者の声は、パニックになっていない参列者にしか届いていない。

読経の佳境に手を合わせない不届きものを見て、またしても縁者の皆さんの表情が曇り始め、もうどうにも収拾がつかない。

あちらこちらで数珠のはじける音がする。

焼香台の向こうには、正座をさせられつつ半泣きになって首を垂れる故人の姿。

真横にじいちゃんが立って、腰に手をやり腕を振り上げ、指をさしさし熱弁を振るっているように見える。

死してなお、鬼のじいちゃんの説教を受けることになろうとは、思いもしなかったんだろうなあ……。

ある意味気の毒だ、だが……致し方あるまい。

私は騒がしい中、そっと、黙って手を合わせたのであった。


こちら動画もございます。


わりとマジなところ、数珠って日用品じゃないのでいきなり劣化している可能性があると思うんですよ、斎場でブチっと言ってヒイーってなるくらいなら、十年おきに買い直すとかした方が良いような気もしないでもないです、はい。


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