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75万の男

 今年の正月、旦那は例年通りに恥をかいた。

 よくわからない役員をわんさかやっている旦那は、毎年年越しの際に、醜い姿を晒している。

 超重量級の体で素足に足袋を履き、特注の半股引はんまた、長さの足りないさらしを無理やり胴体に巻き付け、特注の法被をぱつんぱつんに着こなし、ねじり鉢巻きといういでたちは、見る者を圧倒するフォルムで…わりとかなり相当毎年目立ちまくりでしてね。

 真夜中に小銭が無くなったというので差し入れに行ったら、初もうでの人々が口々に感想を漏らしており、非常にこう、耳が痛かった。

「あの人お相撲さんじゃないよね……?」
「何キロあるんだろう、すごい肉!!」
「あんな人見た事ない!!」
「あんたも好き放題食べてるとああなるよ!」
「ああなっちゃあおしまいよ。」
「今年もあの人いる!」
「去年より大きくなってるよね…どこまで成長するんだろう……。」
「人って何歳まで成長し続けるんだろうね。」

 完全に…神社の名物化しているあたり、なんとも言えない。
 昨年も、その前も、そのまた前も、似たような言葉を聞いた。

 五年前までは、確かにそんな言葉を聞いた事はなかったというのにだ。

 今をさかのぼること25年前、旦那はそれなりにいい体格をしていた。
 180センチ90キロ、ボチボチ丸みのあるガタイの良い成人男性をやっていたのだ。

 ところが、メシマズだった実家から解放されたことが幸いしたのか、どんどん体が膨らみ始め、気が付いた時には大台を越えていたのだな。
 ちょうどそのころ、娘の父親参観で声をかけられ、PTAをやることになったんだよ。もともと人好きの旦那は、あれよあれよという間に集団に馴染んでいき、どんどん知り合いを増やしいろんな会合に呼ばれるようになり。

 飲み会やら食事会やらに顔を出しているうちにさらに増量し、いよいよスーツが市販品では探せなくなってしまった。
 特注を作るのは金がかかる、だから痩せる、もうちょっとしたら痩せるから、とりあえず着ることができるから今回はこれでいいや…小さくなったスーツを、無理やり着て出かける、旦那であったが。

 ……スーツは、頑張ってくれたとは、思うのだ。

 しかし、如何せん、旦那が…でかくなり過ぎた。
 気の毒なスーツは、とある集会の壇上で、突如、破裂した。
 お辞儀をした瞬間、それはそれは小気味のいい音を立てて、真っ二つに裂けてしまったのである。

 普段あほ丸出しでへらへらしている旦那であるが、さすがに200人の前で恥をさらして…思うところがあったらしい。
 醜い尻を曝け出した恥ずかしい人はダイエットを決意し、一年かけて体重を70キロまで落としたのだ!

 見た目が変わり、体の動きが変わり、マラソンやスポーツに勤しむようになり。さらに活動範囲が広がり、どこに行っても誰かに声をかけられるようになった。

 しかし、突如暗雲が立ち込める。

 大けがを負ってしまい、一か月間に及ぶ療養生活に入ることになったのである。鎖骨をぽっきりやってしまったので身動きが取れず、一日中ベッドの上でぼんやりしていたのだが、まあ…口寂しかったんだろうね。それまで一切食べないようにしていたお菓子に手を出し、どんどんみるみる膨れ上がって行った。

 そして気が付いた時にはもう、前の体重をはるかに超え、特別注文でスーツを作る羽目になってしまったのだ。しかも、二度も!!!

 一度40キロの減量に成功しているので、変に自信がついてしまったのもまずかった。本気を出せばいつでも痩せられるのだからと、調子に乗ってどんどん膨れていったのである。
 常日頃でかい体で運動しているだけあってそれなりに消費カロリーは多いのだけど、如何せん摂取カロリーがそれを大幅に上回り、なすすべがない。

 いよいよ愛用していた体組成計つき体重計が使えないようになってしまって…早半年。せめて体脂肪が測れる体重まで落とせと口を酸っぱくして言っているのだけれど、まるで聞く耳を持たない。

「やあやあ、奥さん、今年もよろしく!はるちゃん相変わらず…すごいねえ、今何キロあんの?」
「135キロまでしか測れない体脂肪計がエラー出るくらいですよ、もうね、ホント勘弁してください、この前はお客さんちの床板踏み抜いてね?!」
「ホントに?!うわあ、俺のバイクよりも重いのか…すごいな……。」
「そこら辺の自動販売機よりも重いんじゃないの?」
「ちょっとでかい風呂桶一杯のお湯より重いのか。」
「うちのポニーよりも重いな……。」
「マジで!ウマより重いの?!」
「うちの物置よりも重たいな、中身なに入ってるんだ?」
「すごいねえ、グラム500円の牛肉だったら75万かあ……。」
「脂身ばかりだからなあ、グラム100円ぐらいなんじゃ?」
「だとしても15万だよ、俺なんかグラム500円でも30万にしか!」
「俺はマッチョだからグラム千円はいくな、そしたら俺も75万!」
「僕は、グラム2000円は下りませんよ!見てこのもち肌!」
「俺なんか80年越えのレアもんだ!」
「干からびてて逆に…うん、レア、レア!」
「はるちゃんの方がさしが入ってるから高いんじゃない!!」
「さしは年を取ってからでは胃袋が負けてしまうでな!俺は食わんぞ!!」

 やいの、やいの!!!
 なんか訳の分かんない盛り上がりになってキター!!!

「なになにー!お肉の話?僕もおいしいお肉食べたーい!!」

 まさか自分の肉の値段で大盛り上がりになっているとは思いもしない旦那がやってキター!

「なんだ、肉まんみたいだなあ!!!」
「75万の肉まんだ!」
「すごい!!肉から湯気が!!!」
「うわあ…食いたくない……。」
「春川君!!君体重計に乗れないってホント?ダメだよ、健康というのは……。」
「すごいね、人間の体重じゃないよ!!」
「ヤバイ、地面に豚足がめり込んで…!!!」
「なんだ、豚肉か!」
「人の肉だよ!…猪八戒かも?」
「来年は半股引じゃなくて布袋様のコスプレしなよ、みんなありがたがって撫でてくれると思うよー!」

「ひどーい!!!なんでそういうこというの!!プンプン!!!」

 めちゃめちゃ憤慨している人がいたわけですよ、ええ。

 私は姪っ子たちにお年玉をあげに行かなきゃいけないので早々に帰らせていただいたため知らなかったのだが、旦那は相当、新年の話題のダシにされたらしい。

「もー失礼しちゃうよねえ!人の事脂身とか自動販売機並みとかスクーター二台分とか自転車十台分とかさあ!!肉まんだのたたき売りだの、肉のたたきだの、ユッケだの、脂肪添加済みのまずいハンバーグだの…くそぅ、絶対に…ゆるさんぞぅ!」

 何が旦那の怒りを買ったのかはわからないが、どうやら本気で、減量に取り組むことを決めたらしい。

「もうお菓子とかかってこないでね!!とうぶん蕎麦ともやししか食べないから!!」

 朝はわかめだらけのかけそば、昼はゆで卵とモヤシスープ、夜は山盛りせんキャベツと鶏肉ソテーで過ごすようになって…今日で何日目だ?

 ダイエットというのは、一週間続けば、一ヶ月は続くものなのですよ。
 一か月続けば胃袋も小さくなるはずで、食欲も収まってくるはず。
 ずいぶん体も軽くなるし、そうすれば体も動くようになってますます活動的になっていくにちがいないのだ。

 どうやら、減量生活は続いていきそうで…一安心している私がここに。
 もともとの体重がものすごいので、ちょっと節制したらあっという間に体重が減っていくんだよね……。

 気持ち薄皮一枚程度、縮小した人を眺めつつ、自分ももう少し縮小したいなあとですね。

「あ!!!今、体重計の数字、でたー!!!アアア、またエラーになったー!!」

 旦那が体重計を使えるようになる日は、どうやら近そうだという、お話です……。


ちなみにこれを使っているらしい!!!


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