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消毒

幼い頃、わりと不注意でどんくさかった私は、生傷が絶えない子供であった。

舗装されていない道が多く、砂利がそこら中にあった時代、週に一度は転んで怪我をしていた。
土まみれの膝小僧にはささくれ立っている皮膚の破片が浮き、血がにじんで丸く盛り上がり、やがてぽたりと垂れた。
痛みをこらえて土と血を水道で洗い流した後、消毒液を患部に塗り込み、絆創膏をぺたりと貼る。

土や砂の上で転ぶことが多かったので、消毒は欠かせなかった。

この、消毒液が、私は非常に苦手であった。
うちで消毒液として使われていたのは、オキシドールだったのだ。

オキシドールは、怪我をした部分に塗るとぶくぶくと泡だって、非常に沁みるのである。

泡が出なくなるまで何回も塗るのは、非常に苦痛だった。
未就学児だった頃は親が消毒をしていたので、ずいぶん痛い目にあった。
塗る方は怪我を負っていないので、実に無遠慮に豪快に液剤を塗りたくる。
沁みて悶絶すると、動くなと言われ、押さえつけられてびしゃびしゃと塗られるのだ。

早々に消毒の仕方を覚え、痛みを自分で加減しながら塗るテクニックを身に着けたのは年中になった頃だろうか。傷の手当の仕方を学んだ私は、それなりに快適な怪我生活?を送っていた。

ところが、小学校二年の時に事件が発生した。

体育の授業中に派手に転んでしまい、保健室というものに初めて入ることになった。

保健係に連れられて保健室に向かい、ドアを開けると……、給食前の廊下のにおいがしたのを覚えている。よく見ると、ベッドの横に消毒液の入った洗面器がおいてあった。当時は、給食の前には廊下に消毒液の入った洗面器がおかれていて、手を浸すことが義務付けられていたのだ。

「派手に転んだねえ、水道で洗ってきたら、消毒するから。」

保健係の子と一緒に廊下にある水道に向かい、土を洗い落して戻ると、椅子に座らされた。渡されたガーゼで血を押さえながら、消毒液に手を浸している先生を待った。

「じゃあ、消毒するね。」

消毒は沁みる……、自分でやりたい、でも、そんなこと言えない……。
母親の乱暴な消毒の痛みを思い出した私は、全身を硬直させ、苦痛に備えた。

「そんなに怖がらなくても大丈夫よ?」

先生が塗ってくれたのは、真っ赤な消毒液だった。
いわゆる、赤チンという奴だった。沁みない消毒液があるのかと、ずいぶん驚いた。

「乾いたら行ってもいいよ、すぐに血は止まるからね。」

ばんそうこうを貼らなくていい消毒液があるのかと、ずいぶん驚いた。

派手に色付いた膝小僧で家に帰った私は、母親に赤チンを買ってもらおうと思ったのだが。

「あんたその膝、何?!」
「転んで保健室で……

「こっちにこい!!早く!!!」

膝をごしごしと洗われて、せっかく瘡蓋になっていた部分までもこそげ落とされ、生々しく血を流す羽目になった。

血の流れる傷口はオキシドールで豪快に消毒され、絆創膏が貼られた。

「あんなのもう塗ったらだめだからね!!!」

消毒した部分が真っ赤に染まる赤チンは、母親が嫌悪している薬品だったのだ。昔製薬会社で研究室にいたという母親は、赤チンの有毒性を非常に気にしていたのである。

「あの、赤チンは塗らないでください。ばんそうこうだけでいいです。」
「消毒しないと……。」

「洗うだけでいいの。家で消毒するから。」

以降、学校で怪我をするたびに、私は赤チンを拒み続けることになった。
派手に怪我をしても洗うだけ、血が止まらない場合には絆創膏を貼る。
保健室に行くと赤チンを塗られてしまう可能性があるので、私は絆創膏を持ち歩くようになった。
絆創膏さえ持っていれば、自分で傷口を洗って手当すればいいので、保健室に行くことはなくなった。

……なんというか、初めの印象が悪すぎたのだ、おそらく。

保健室というものにほとんど行かずに学生時代を過ごした。

時は流れ、保護者として小学校の保健室に行く機会があった。
ほとんど入室したことがないので、若干テンションが上がったような気がしないでもない?へえ、いまの保健室の先生って、白衣着ないんだ……。

保健室の先生による、学校保健のセミナーはなかなかの聞き応えだった。

消毒の常識は、ずいぶん変わっていた。

今では保健室で消毒することがないと聞いた。
アレルギーの問題もあって、シップや薬も一切使わないのだそうだ。
保健室は、手当てをする場所ではなく、病院に行く時のつなぎの場所になっているらしい。

そもそも、消毒自体も、擦り傷のような皮膚の怪我にはよろしくないという認識が高まっているようだ。消毒は傷の治りを良くする上皮細胞まで破壊してしまうので、結果的に再生が遅くなるという事らしい。

確かに、あのオキシドールの破壊力はすさまじいと思う。
生傷にあれほど痛みを与えるのだ、毒素を追い出す前に新しく皮膚になろうと頑張っている細胞たちのやる気をとことんそぐに違いない。

「これ、何ですか?」
「魔法の水…ただの水道水なんですけどね。」

保健室には、魔法の水と書かれたボトルが置かれており、擦り傷などを負った子供たちを安心させる目的で使用することがあるそうだ。

基本、怪我をした場合砂利や土などを水で洗い流して様子見をするようになっているのだが、傷口を無造作にじゃぶじゃぶ洗う事に不安を覚える子供や、洗っただけでは不安に思う小さな子供たちのためにたまに使うらしい。

保健室でできなくなったことが増えた今、少しでもできることを増やそうとしている養護教諭の工夫を知った。

……消毒液は、保健室から消えてしまったのだ。

「昔は赤チン塗ってお終いだったんですけどねえ……。」

「赤チンって何ですか?」
「あー、知ってる、赤くなるやつでしょ!」
「マキロンのこと??」

今は赤チンという存在を知らない人がずいぶん増えたようだ。

「消毒液に手を浸した先生がね、赤チンを塗ってくれて!」
「消毒液?浸す?」
「ああー!!あったねえ、あれっていつ頃からやらなくなったんだろう。」
「私が子供の時はあったよ。」
「私知らないです!!」

洗面器の消毒液という存在を知らない人もずいぶん増えたようだ。

「なんかさあ、昔って肝油ドロップとか食べなかった?」
「インフルエンザの注射打ってたよね……。」
「いつ頃から更衣室って概念できたんだろうね?」
「今って性教育男女で一緒に受けるんでしょう?」
「今って体重よみあげないって本当?!」

おかしいな、保健室の先生のお話を聞くというセミナーだったはずなのに、保健室の思い出話や小学校あるあるで盛り上がっているのはなんでだ。

いつの間に質問大会になったんだ。
若い保健室の先生が若干引き攣った顔をしているぞ……。

大人になってなお、不注意でどんくさい私は、セミナー終了時刻が過ぎていることにも気が付かず、大盛り上がりの皆さんの渦の中から抜け出すこともできず、騒ぎがおちつくまで、ただただぼんやりしていたという、お話……。


赤チンは生産終了したようですが、似たものはあるみたいですね。

もうあんまり生傷をこしらえる年でもなくなったので、うちには消毒液はありません。代わりに洗浄綿がある感じです。


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