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【たからうたストーリー】農業はサイエンス

2024年5月11日、チームKRASSSHは取材のために神河町猪篠地区を訪れた。太陽に照らされて輝く田んぼと抜けるような青空。私たちを迎えてくれたのが猪篠ファーム代表取締役の藤原嘉朗さんだ。

藤原さんは神河町猪篠生まれ。高校卒業まで猪篠で暮らし、進学を機に地元を離れることになった。大学で電子工学を専門的に学んだ後、約40年間神奈川県で技術者として働いた。会社を退職すると、地元の神河町猪篠地区に戻って米づくりを始めた。「長く離れていた地元に恩返しがしたい」。「おいしいと言ってもらえる猪篠のお米をなくすわけにはいかない」。その思いが、米づくりを続ける原動力になっていると藤原さんはいう。

農業人口は減少傾向にある。だから、藤原さんは「田舎で泥にまみれて作物をつくるのが非常にカッコいいということを伝えてもらいたい」と話す。

なぜ農業はカッコいいのか。「田んぼで米をつくるのは月にロケットを飛ばすよりも考えくちゃいけないパラメータが多い」。気温の変化、天候の変化、田植えのタイミング、肥料のやり方、害虫の増減など、多種多様なパラメータの動きを見据えて、いまやるべきことを決める。暑い中泥にまみれながらもきわめて知的でクールな営み、それが農業である。

長年、技術者として働いてこられた藤原さんならではの農業の見方がある。一言でいうなら、農業はサイエンスなのだ。

取材後、私たちは藤原さんの語りを基点にどのような作品を創るか、方向性についての話し合いを重ねた。私たちは「農業することのカッコよさ」と「技術者として活躍した藤原さんらしさ」が伝わる作品にしたいと思った。私たちは曲タイトルとして「サイエンス」という言葉を選んだ。

楽曲は、ピアサポーターの野村心源さん(現代社会学科3年次生)が作曲することになった。メンバー自身がよく聞く音楽についても意見交換をした。何人かが共通して洋楽が好きだとわかったので、洋楽の雰囲気を取り入れることにした。いかにも田舎という曲調にはしない。「農業をしていない人にも聞いてもらう曲にするために、まずは自分たちが人に勧めたくなる曲じゃないといけない」と野村さんは考えていた。

笑顔を作る方程式

今回の楽曲で注目してほしいのは曲調と歌詞のギャップである。カッコよさや科学っぽさを表現した曲調・曲名とは対照的に、歌詞のなかには農業を連想させる言葉が何度も登場する。とはいえ、ただ農業用語を当てはめているわけではない。例えば、「笑顔を作ってみせる」「育ててるよ未来」という歌詞。これらは農業をイメージさせると同時に、自分自身の生き方をイメージする契機となっている。

  Science 僕らは一人じゃない Science 一人じゃ何もできない
  社会の歯車の一つ じゃなく僕ら自分の人生で息をしている

生まれ育った場所だからこそ、得られるエネルギーがある。私たちは、藤原さんが感じる地元の温かさや安心感を表現したいと考えた。
 
「都会で働くと歯車の一部になってしまうことがあるけれど、今は自分の成果がちゃんと目に見えるからいい」と藤原さんは語る。米づくりは複雑なプロセスを要する。最初から最後まで、丁寧に世話をすることでおいしいお米が完成する。大変な過程も農業のおもしろさの一つだとして、お米一粒ずつに気持ちを込める。私たちは藤原さんの語りから「社会の歯車」をキーワードとして歌詞に取り入れることにした。

  笑顔を作る方程式 誰もわかりやしない
  未来に向けて 育てる幸せなら大

藤原さんの言葉からは、不明瞭な未来に向けての強い思いが伝わってきた。日々変化する現代でも、藤原さんの「おいしいお米で人を幸せにしたい」という気持ちは常に変わらない。困難も多い米づくりだが、それが誰かの笑顔につながり、同時に生産者側にも笑顔が生まれる。この部分の歌詞では、このつながりが幸せに結びついていくことを意味している。

咲いたのは笑顔で 心のなかは快晴で

作詞した野村心源さんが特に気に入っているのは、次の部分だ。

  あの日蒔いた種 ネガティブに「じゃあね」
  咲いたのは「笑顔」で 心の中は快晴で

ここでも「種」や「咲く」など農業を連想させる言葉が使われている。さらに着目されるのが、最後の「快晴」という言葉である。それは、米づくりに欠かせない「太陽」を連想されるが、と同時に、地元で米づくりを行う藤原さんと美味しいお米を受け取る人たちの笑顔、「心の晴れやかさ」を表現している。
 
   目には見えないものを この手で獲るんだよ
   育ててるよ未来 光だけの視界

「目には見えないもの」はさまざまな捉え方ができる。ここではイメージしてほしいのは「幸せ」という感情だ。誰もが幸せを願いながらも、私たちはそれらを直接目で見ることはできない。幸せがどこにあるのか分からない。そのことに不安を覚えながらも、私たちはそれぞれに自分らしい幸せを見つけようと努力する。それを「収穫」という言葉からの連想で「この手で獲るんだよ」という言葉で表現した

技術者時代とはまた違った「モノづくり」を続ける藤原さん。私たちが知識として知っている米づくりは本当の米づくりのほんの一部に過ぎない。忍耐力比べのような長期的な挑戦が米づくりだ。それでも、農業について語る藤原さんは、終始温かい微笑みを浮かべていた。藤原さんにとって、現在の生活は光り輝いているのでないだろうか。

視界はまぶしいほどの光があふれている。暗くて前が見えないのとは違う。藤原さんの未来への期待や希望を伝えたいと思った。この歌を「光だけの視界」という言葉で締めくくることで、誰もが持つ負の感情と正の感情との対比を示した。

猪篠ファームでの取材を終えて記念撮影

かっこいい農業を未来につなぐ

私たちのチームがこのプロジェクトで大切にしたのは「農業はカッコいい」ということを伝えられる楽曲・動画・記事を作成することだった。

しかし、米づくりの現場では、農業従事者の高齢化、世界的な天候不順、肥料や燃料の価格の高騰など、さまざまな問題が深刻化している。いま当たり前に手に入る食べ物も、いつ手に入らなくなってしまうかわからない。米づくりや農業を未来につなげていくために、現代農業をめぐる現実に向き合う必要がある。

農業は最高度のサイエンスであり、最高度のチャレンジである。そこに農業のカッコよさの源がある。

私たちの作品が多くの人のもとへ届いて、現代の農業について考えるきっかけになることを祈っている。

KRASSSH 記事担当:國光穂華・津守翔希


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