あなたは東京にいるのに東京に生きていない

東京には現在900万人以上の人が住んでいるらしい。

これは嘘っぱちだ。

その中で、いったい何人が東京で生きているというのか。


夜の10時、さっきまでまばらだった道路を走る車も、今はぜんぶ姿を消した。

僕の住んでいる町はそんな場所だ。

夜の散歩、ひとりで散歩、もう道には僕以外の人はいない。

11月はもう雪の季節。服を着てても足先まで凍りそう。

ふと歩みを止める。ふっと目をつむりたくなる。

靴と地面の摩擦を踏みしめ立ち止まり、いちばん近い呼吸の音を聞きながら、目をつむる。

過去と思い出は溶けてなくなり、未来という不安も蒸発して見えなくなる。前後不覚になり、右も左も、天地も消える。

肌に当たる風の冷たさと、ふわふわ揺れる髪の毛の動きは誰よりもよく感じられる。

闇の中に黄色のぼやけた光が浮かんでくる。まぶしくない。これは僕が考える僕自身だ。

その僕の放つ光はしだいに弱まり、ぱっとはじけて消えた。

その瞬間、今の自分を感じられる。「ほか」という概念は消え、体内時計だけが正確性を持つ。

その瞬間、地球の上に立つことができる。

その瞬間、自分の場所がなくなり、思考は自由になれる。

僕はどこか分からない荒野に立つことができる。

オゾン層が作る球殻の内面を散歩し、オゾンホールを探す旅にでることができる。

雲の上からダイビングもできる。

星空の下で思いを馳せる。

檻から抜け出し自由に考える。

できないことはなくなる。

その瞬間だけ、ぼくは天才になれる。


そして。あ、やってしまった。


ふとした拍子に他人の誰かを思い出してしまった。


そして次の瞬間、僕は東京にいる。

だれもいない東京にたたずむ。


さて、東京の人はどこにいる?


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