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金融法務事情(2020年7月10日号)寄稿「電子記録移転権利の「対抗要件・善意取得」試論」の補遺。徒然なるままに書きました。

この記事を公開した7月10日発刊の金融法務事情2141号に拙稿「電子記録移転権利の「対抗要件・善意取得」試論」(以下、本稿)が掲載されました。

本稿執筆にあたり、日本STO協会事務局長の小柳さん、Ginco取締役副社長の房安さんには貴重なご示唆をいただき、大変お世話になりました。本稿でも記しましたが、ここでも御礼を申し上げます。

本稿はタイトルのとおり、電子記録移転権利の対抗要件と善意取得に関する民商法の解釈論を展開しています。対抗要件や善意取得の問題をどう考えるかは、電子記録移転権利の流通性を確保する上で非常に重要な論点であり、この観点から本稿では、解釈論としては結構アグレッシブな論証を試みている部分があります。そこで、こちらのnoteでは「本稿の解釈スタンスの理由や背景にある狙い」といった部分を補遺として書いておきたいと思います。

なお、本稿はおそらく今までで一番インプットに骨が折れ、アウトプットの細部に神経を尖らせた労作です。。。体系的に言語化された文献はまだないけれども、実務上の着地点について概ね関係者の間で共通了解がある論点の場合、そこまでコワさはないのですが、そういった前提がない論点で特定の見解を提示するのは割と度胸が試される、というのが今回の教訓です。

1.「電子記録移転権利の流通」は絵に描いた餅?(本稿の問題意識

今年5月1日施行の改正金商法は、①2条2項各号に掲げる権利のうち、②トークンに表示され 、かつ、③流通性を制限するための一定の技術的措置がとられていないものを「電子記録移転権利」と定義し、これを「第一項有価証券」に位置付けた上で厳格な規制を及ぼすこととしています(金商法2条2項各号に掲げる権利(匿名組合持分などの集団投資スキーム持分が典型)は、電子記録移転権利に該当しない限り「第二項有価証券」として比較的緩やかな規制に服します)。なお、電子記録移転権利は、セキュリティートークン・STOに関する金商法における中心概念ですが、金商法上、トークン表示権利一般を表すものとして「電子記録移転有価証券表示権利等」という概念が用意されています。

第一項有価証券は、株式や社債などの(紙ベースの)私法上の有価証券に基礎を置く概念であり、その厳格な規制の理由は「流通性の高さ」に求められます。そして、「流通性の高さ」は、ア.「権利譲渡手続の簡易化」とイ.「権利譲渡効力の強化」の二つの軸で実現されています。株式を例にとると、紙ベースの場合には、証券交付が効力要件かつ第三者対抗要件となり(ア)、善意・無重過失の者に権利取得を認める善意取得制度を採用しています(イ)。ペーパーレスの場合も、振替制度のもとで口座の増額記録が効力要件かつ対抗要件となり(ア)、善意・無重過失の者に権利取得を認める善意取得制度がやはり導入されています(イ)。

前述のとおり、電子記録移転権利は「第一項有価証券」として規制されますが、その規制理由は「事実上の流通可能性」にあるといわれます。つまり、金商法上は、トークン移転により権利流通を図ることができる点を捉えて、電子記録移転権利に株式や社債並みの流通性を想定している、ということになります。ですが、私はこの想定には検討を欠いた部分があると感じています(おそらく金商法整備の段階から認識はされていたはずです)。

第一項有価証券の流通性は、ア.「権利譲渡手続の簡易化」とイ.「権利譲渡効力の強化」の二つの軸で実現されていること前述のとおりですが、電子記録移転権利においては、現状、これらの要請を具現化する特別法上の規整措置は設けられていません。となると、上記ア、イの具現化は一般法である民商法の解釈に見出す以外に選択肢はありません。すなわち、電子記録移転権利は、流通性の下支えとなる上記ア、イに関する私法上の制度整備が図られないままに規制法による対応が先行している点に特色があり、この点こそ「検討を欠いた部分がある」と私が感じるところです。すなわち、ア、イの要請が満たされない状態では、電子記録移転権利の流通は、いくら規制法を整備したとしても絵に描いた餅でしかありません。

そこで本稿は、「電子記録移転権利において、民商法の解釈によりア、イの要請をどこまでかなえることができるか」という課題を取り扱いました。

2.本稿で展開した解釈論の狙い

殊に本稿では、集団投資スキーム持分(主に匿名組合持分)を念頭に「権利譲渡手続の簡易化」と「権利譲渡効力の強化」を実現するための民商法解釈を展開しています。

(1)権利譲渡手続の簡易化(対抗要件の問題)

詳しくは本稿をご高覧いただきたいのですが、「権利譲渡手続の簡易化」については、慣習上の公示方法としてブロックチェーン上の記録自体に対抗力を認めることを提案しています。匿名組合持分の流通は私法上「契約上の地位の移転」(民法539条の2)に該当するところ、その対抗要件は今回の民法改正で明文規定が設けられず、解釈問題であり続けています。

契約上の地位の移転は様々な類型があり得るため、統一的な対抗要件制度を創設することが躊躇された、というのが立法化見送りの理由とされますが、本稿でも紹介した最二小判平 8 . 7 .12民集50巻 7 号(以下、平成8年判例)では、債権譲渡に準じて確定日付ある証書による通知・承諾を第三者対抗要件とする考え方が示されており、(何らかの留保を付けるかはさておき)この判例法理を立法に組み込むことにそこまでの困難はなかったはずです。実務界からも特に反発はなかったんじゃないかなと思います。

そうすると、(本稿ではそこまで突っ込んでいないですが)「契約上の地位の移転」に関する効力要件を新設しつつ、対抗要件制度について明文化を見送った点には、立法者の平成8年判例に対する消極的な評価が暗に示されているように思えてきます。本稿でも引用している潮見先生「プラクティス民法 債権総論〔第5版補訂〕」や内田先生「民法Ⅲ〔第4版〕債権総論・担保物権」では、契約上の地位の移転の対抗問題は効力要件具備の先後で決するという見解が示されていますが、この考え方を原則としたかったのではないかと想像します。法制審議会委員であった中田裕康先生が「債権総論」(民法改正後未改訂)でどのような見解を提示されるのか、注目しています。

ご参考:法制審議会民法(債権関係)部会委員等名簿

さらに、本稿では、ゴルフクラブ会員名簿の書換えに公示機能を認める平成8年判例の河合裁判官の反対意見に着目していますが、「債権法改正の基本方針」や潮見先生の前掲書の記述からすると、法制審議会関係者(の少なくとも一部)は、河合裁判官の反対意見を好意的に捉えていたんじゃないかとみています。そういう分析?もあり、本稿では思い切ってブロックチェーン上の記録自体に対抗力を認めようという解釈論を展開することにしました。

なお、電子記録移転権利の私法上の論点の中でも、対抗要件の問題については課題認識が割と広く共有されているように感じます(例えばこの記事)。そして、この課題に対して示される解決方針の多くは、(債権譲渡に準じて)確定日付ある証書による通知・承諾を公示方法とすることを前提に、いかにその取得手続を簡便にするかという方向性で論じられることが多いように思います。しかしながら、私はこの方向性で検討が進んでいくことに若干の疑問(ためらい)を感じています。

というのも、確定日付ある通知・承諾は、債務者の認識に立脚した公示方法であるところ、この公示方法を採用する場合、民法解釈によって善意取得の成立を認める余地はほぼなくなってしまうと思うからです。善意取得(公信の原則)は、公示に対する信頼に基づき取引の動的安全を保護する制度ですが、公示方法が債務者の認識に依拠している場合、その公示(つまり債務者の認識)に対する信頼に依拠して取引の動的安全を保護するという立論は、ちょっと考えづらいと思います。

具体的にいうと、匿名組合契約の営業者Aが匿名組合員BによるCおよびDのいずれの譲渡も承諾したが、確定日付ある証書による承諾(通知でもよい)により第三者対抗要件を先に備えたのはCだった場合に、Aが「先に第三者対抗要件を備えたのはDだ」と言うと、それを過失なく信じたDからの譲渡人Eに善意取得が成立するか、ということなのですが、債務者の認識に立脚した(ある意味では心許ない)公示に対する信頼に、そこまで強い保護を与える解釈論が支持を得るのは難しいという感覚を持っています。債権の準占有の効果に善意取得が認められるかという論点について通説がこれを消極に解している理由は、動産に比べて債権の流通性が類型的に低いという見方に加えて信頼の対象となる公示方法の心許なさにもあるのではないかと思います。

もっとも、民法478条は「受領権者としての外観を有するもの」に対する弁済について、弁済者が善意無過失の場合にその効力を認めており、「受領権者としての外観を有するもの」には債権の劣後譲受人も含まれることから、この限りで外観への信頼は保護されています。ただし、これはあくまで「弁済の効力」の問題であって「権利の帰属」に関する定めでありません。

そういうことで、「権利譲渡効力の強化」という課題、すなわち善意取得(公信の原則)の問題に対する解決策を一般法解釈で導き出そうとするのであれば、債務者の認識に立脚する方法ではなく、より堅牢な公示方法を選択するより他ないという着地点に至りました。さらに、解釈論に委ねられた「契約上の地位の移転」に関する対抗要件は、慣習上のものも認められ得るということで、確定日付ある証書による通知・承諾を前提とした立論に固執する必要もないだろうと考え、本稿ではブロックチェーン上の記録そのものを公示方法として一般化する方針が望ましいという提案を行ったわけです。

(2)権利譲渡効力の強化(主に善意取得の問題)

議論をかなり先取りしてしまいましたが、電子記録移転権利に対して「事実上の流通可能性」を理由に第一項有価証券として厳格規制を及ぼすのであれば、「権利譲渡効力の強化」は「権利譲渡手続の簡易化」と並んで具現化されなければならない、というのが議論の出発点です。

真の権利者でない者が流通の過程に紛れ込んでいて、その者以降の譲渡については無権利の法理によって権利取得が否定され、取引が巻き戻されることで不当利得返還請求が嵐のように乱れ飛ぶリスクを孕んだ状態は、流通取引の本格化を見据えた制度基盤としては極めて脆弱と言わざるを得ません。

「権利譲渡効力の強化」の方策として、本稿が解釈により導出した方法は、電子記録移転権利の準占有の効果として民法上の善意取得の成立を認めるというものです。電子上の口座記録に対し善意取得の成立を認めるアプローチは既に特別法上は存在しており(社債・株式等振替法、電子記録債権法)、これをさらに推し進めて一般法解釈として導き出せるか、という問題です。検討を始めた当初は「さすがにアクロバティック過ぎるか。。」と思っていたのですが、よくよく考えてみると特定の条文の文言で正面から抵触するものはなく、ブロックチェーン上の記録という公示方法に相応の信頼性を承認できるのであれば、そこまでエキセントリックな解釈ではないと考えるようになりました。ただし、信託受益権など第三者対抗要件が明文で指定されている場合、その条項は通常は強行法規と理解する必要があるので、そもそもそれ以外の公示方法を解釈論によって認める余地はなく、このような立論はかなり厳しくなるとは思います(ここは本稿でも書いたとおりです)。

また、「権利譲渡効力の強化」を振替証券並みに実現するということであれば、善意・無過失の者にとどまらず善意・無重過失の者に権利取得を認めるのが望ましいのですが、これは民法205条、192条の文理解釈としては導き出すことができません。もっとも、有価証券法理として蓄積されてきた議論を引っ張り出してきて、目的論的な解釈を展開することは出来なくはないですが、解釈論の範疇を超えているかなぁというのが暫定的な私見です。

善意取得と別のアプローチとして、金銭における「占有=所有」理論になぞらえて、電子記録移転権利(あるいは電子記録有価証券表示権利等=セキュリティトークン一般)の帰属をブロックチェーン上の記録のみによって決するという立論が考えられます。本稿でも取り上げたとおり、東京大学の森田宏樹教授は暗号資産(仮想通貨)においてこの考え方を主張されています(金融法委員会のこちらの資料の13頁以下でも紹介があります)。FinTechの領域で高名な増島雅和先生(森濱田・松本法律事務所)は、発行者と投資家との間で「アカウント契約」を締結し、出資対象事業の価値をアカウントにおいて残高として構成することで、電子記録移転権利を銀行預金になぞらえて捉える解釈論を展開されています。詳細は「セキュリティトークンの一大問題とその解決方法(4) デジタル化アセットとしてのセキュリティトークン」をご確認ください(なお、信託受益権については、確定日付ある通知・承諾が第三者対抗要件がであることが明文で定められていることから、解釈上のハードルは高くなるという趣旨のことを書いておられます)。

本稿で書いた通り、私自身は、価値的権能(支払単位)を本質的な要素とする暗号資産とセキュリティトークンの法的性質の違いから、このアプローチを解釈論として採用することにハードルがあるのではないかと考えています。一方で、トークン移転を権利の流通を紐づけるセキュリティートークンの特性を反映した方法論としては直截的で最適解であるとも感じています。立法措置によってこのようなアプローチを取り入れることは可能だと思うので、この議論には引き続き着目していきたいと思います。

3.最後に(補遺の補遺)

(補遺というにはかなーり長くなってしまいましたが、もう少しだけ)電子記録移転権利の流通に関する私法的規整については、本稿に書いた方法以外にも選択肢はあり得るところと思います。例えば、タイムスタンプの記録に確定日付と同様の効果を認めるという方向性や、確定日付の取得をSMSなどを用いて簡易にする方法です。前者については、2004年の規制改革・民間開放推進会議で議論の俎上に載せられたことがあります(議事概要)。後者は経産省の「規制のサンドボックス制度」で実証計画が認定されています(詳細はこちら)。

これらの方法は、いずれも実現すれば電子記録移転権利の流通を強力に推進することになるはずです。ただ、民法施行法の改正が必要となることから、法務省の積極的な関与が必要になり、この点のハードルを越える必要があると思います。この点に関して、少なくとも2004年当時の規制改革・民間開放推進会議における法務省のスタンスは前向きにはみえず、調整の必要性を感じます。加えて、直截性および善意取得の観点からブロックチェーン上の記録を公示方法とするのがやはり望ましいのではないか、と考えています。

どのような方法になるとしても、分散型台帳技術という新たなテクノロジーがもたらす円滑な証券流通の仕組みが、法制度の硬直性によって損なわれることのないように、大切に議論を深化させていくことが重要と思います。私が在籍するファンズも今年6月に日本STO協会に賛助会員として加入したので、(関与の程はともかく)関係者の一人として、セキュリティトークン・STOの動向に引き続き注目していきたいと考えています。



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