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【論文レビュー】従来型日本的人事管理による「遅い選抜」の功罪:八代(2011)

従来の日本型人事管理の運用について、雇用制度との関連から異動と昇進の関係について明らかにしている論文もあります。今回ご紹介する以下の論文では、一般職から管理職へと選抜されていく過程を見ていくことで異動と昇進のプロセスを明らかにしています。

八代充史. (2011). 管理職への選抜・育成から見た日本的雇用制度. 日本労働研究雑誌, 606(1), 20-29.

日本企業が「遅い昇進」を行ったきた理由

日本企業におけるかつての「三種の神器」には終身雇用がありました。著者は、本論文執筆時のほどほどに新卒入社者の退出や中途採用もあるという雇用環境を踏まえて、終身雇用という言葉ではなく長期雇用という言葉を用いています。

長期雇用下でも依然として、企業にとっては人材を意図的に退出いただくことはリスクを伴う極めて難しい判断となり、現実的なオプションとしては取りづらい状況です。そのため、キャリアの初期に選抜することで競走の敗者が生じると、そうした人材はモティベーションが低下した状態で雇用し続けることを企業を強いられます。したがって、社員側が選抜されたかどうかがわからない環境を創り出すために、企業は遅い昇進を選ぶことが合理的であったとしています。

長期雇用下の人事の対応

では、長期雇用下において人事はどのように対応してきたのでしょうか。本論文では三点が指摘されています。

一つ目は最低滞留年数の設定です。つまり、職務パフォーマンスがどれほど優れていようとも、一つの資格等級への滞留期間を設けることで昇格を遅くするという運用です。これによって、非常に優秀な人材が欧米のようなロケット・キャリアで一気に昇進する様子を見て落胆する、ということを防ぐことができます。

二つ目は役職と資格の分離です。一定程度までは全員が昇格することは担保しつつも、役職と資格を切り離すことで、同じ資格等級の中でも仕事の重みを変えるというダブル・スタンダードを適用できます。乱暴に言ってしまえば、同じ資格等級でも優秀な人材には経験を積ませるためにもジョブ・サイズの大きな役職を担ってもらい、今ひとつな人材には任せると危険なので低いレベルの役職を担当してもらうという運用です。

三つ目は、異なる資格間で同一役職を重複させることによる柔軟な運用です。これは、二つ目の点を担保するための人事の仕組みと捉えればわかりやすいかと思います。

キャリアの幅を拡げるためには機能した運用も

こうした従来の人事の対応は、社員のキャリアの幅を拡げるという知的熟練の世界観では合理的なものでした。平野(2006)でいうところのJ型の水平的コーディネーションによりキャリアの幅を拡げるために異動を活用し、多面的な能力を身につけさせられました。また、異動自体に昇進・昇格を内包させることで異動の意味づけも行えたと言えます。

しかし、こうした異動には副作用もあったと言えます。その最も大きなものは、キャリアの幅を拡げるための定期的な異動を行うので、専門職的キャリアを作ることができないというデメリットです。複線型人事を一時期導入したものの、専門職=ピープル・マネジャーとしては不適格な「管理職」というような運用がなされたことが如実に専門職的キャリア構築に失敗したことを表しているといえるでしょう。

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