見出し画像

『人材開発研究大全』(中原淳編著)を実務目線で読み解く。 (5)越境学習

今回は『人材開発研究大全』の第23章をもとにして2018年12月21日に行なったセッションを概説します。このブログでの投稿順は前後しましたが、2019年1月に名大で経営行動科学学会の研究会にて越境学習を学んだのはこのセッションの後です。事前にアウトプットしておくと、事後のインプットの質が上がることを実感しました。

セッションではまず、越境学習がなぜいま注目されているのか、その社会的背景から見ていきました。

舘野泰一先生が第23章で述べている二つの背景は、イノベーションが求められるようになったことと、キャリアに関する考え方が変化してきたこと、という二つです。

企業の中でイノベーションを起こすためにはその種となるものを見いだすことが必要です。つまり、日常業務において見聞きするものとは異なるものの見方をすることが重要です。そのためには、普段とは異なる知のリソースにアクセスすることで、日頃と異なるものの見方を獲得するために外部との折衝が重要になるわけです。

イノベーションが組織の視点であるのに対して、キャリアは個人の視点です。転職市場が整うことで雇用の流動化がすすみ、キャリアの主導権が個人に移りました。働く個人のキャリア自律を実現するための学習リソースについて組織内部におけるOJTやOFF-JTに依存することなく、組織の外部に成長の機会を求めるようになっています。さらには、高橋俊介先生は『キャリア論』の中で、上昇志向の高いビジネスパーソンは社内出世ではなく「社会出世」を狙うようになったとまで指摘しています。

このように社会的背景をもとにして越境学習が生じてきているわけですが、新しい概念であるために多義的な内容が包摂されています。石山恒貴先生は、越境学習という概念が生み出された理論的背景として五つのものを取り上げています。

一つ目は、Work Place Learning(WPL)研究から生じたものです。職場を学習環境としてみなす研究群であり、職場内だけでは学習活動を把握しきれないとして越境的学習に焦点が当たるようになりました。

二つ目は、状況的学習、実践共同体、活動理論という異なる状況間における差異に注目した研究群です。状況的学習の著名的な研究者の一人はVygotskyでしょう。他者が存在する日常という状況での学習、徒弟制的なような他者との相互作用による学びを指します。Wengerを嚆矢とする実践共同体は、あるテーマに関する関心や問題、熱意などを共有し、その分野の知識や技能を、持続的な相互交流を通じて深めていく人々の集団です。活動理論は、Engestromをはじめとした研究者が、複数の活動システムの間には境界が存在し、境界を越えることが分脈横断であり、越境であり、学びが生じると述べています。

第三は経営学およびネットワーク理論です。組織の境界あるいは二つのコンタクトの重複しない関係である構造的空隙など、境界を繋げることや、境界を繋げる存在であるゲートキーパーなどの重要性を指摘しています。

第四のキャリア境界では、バウンダリーレスキャリアを提唱したArthurは、シリコンバレーなど組織のキャリアが存在しない中でのキャリア・デザインに焦点を当てました。またHallは、組織の価値観ではなく個人の価値観に比重を置くプロティアンキャリアを提唱しています。

五つ目は社会人の社外勉強会・交流会というブームの流れを汲むものです。第一のブームは1979年頃のオイルショックを背景としたもので、当時はリストラに怯えるミドルがそのブームの担い手でした。第二のブームは、1980年代後半から90年代にかけての時期で、成熟しつつある市場に対峙するための新たな知の獲得としての流行であったようです。現在が第三のブームであり、キャリア不安や自分らしさの発見が主な動因であると指摘されています。

こうした社会的・理論的背景をもとにしながら、セッションでは、第23章で述べられている研究調査を見ていきました。舘野先生が2012年に行なった調査では、まず越境学習を人々が行う理由について、アンケート調査をもとに因子分析を行なっています。

越境学習を行う理由は人によって様々でしょう。そうした多様な理由を、因子分析によって四つの因子として明らかにしました。その上で、クラスタ分析によって回答傾向の近いグループを四つに大別し、それぞれのグループが能力向上・キャリア成熟・組織コミットメントにどの程度影響を与えているかを明らかにしています。

ポイントは二つあるでしょう。まず、舘野先生が本書で述べている通り、「積極的な理由なし型」が三つの結果変数に対して影響度が低いことから、何らかの理由を越境学習に対して持つことが重要であるということでしょう。理由を作るということは、主体的な学びに影響を与え、その学びを職務に対して活かそうという意欲に繋がるということではないでしょうか。

もう一つは、「積極的な理由なし型」ですらも越境学習を行うことで職務に対してポジティヴな影響を与えているという調査結果です。越境学習は、ともすれば職務を阻害するものであるとされますが、実際にはポジティヴな影響を与えるということは興味深い結果ではないでしょうか。

【あとがき】

個人的には、越境学習をしない理由があまりよくわからないのです。おそらく学習というものが好きだからという単純な理由だと思うのですが、一つのことを学習すれば他に学びたいものが横に広がったり深掘りされて出てくるものです。

私が勝手に興味を持ったものですから、企業組織を含め所属する組織に対してケアしてもらおうとは全く思いません。となると、現在いる組織以外も含めてどこで誰と学ぶことができるかを考えることになります。その結果として、境を超える学びを自然な帰結として行うことになります。

このように考えると、現在の私の仮説は、越境はあくまで手段であって、目的は学習であるということです。学習ができれば越境はしてもしなくてもいいのです。もっと肩の力を抜いて、興味の赴くままに、自身の学習欲求に基づいて気軽に越境することがいいのではないでしょうか。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?