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ダーティ・ダンシング

80年代、ミュージック・ビデオ(MV)は洋楽界隈ではビデオ・クリップ(VC)と呼ばれていた。
洋楽ファンから見ればダサい存在の邦楽のMVがプロモーション・ビデオ(PV)と呼ばれていたこと(今でもそう呼ぶ場合があるが)に対して、こちらはちゃんとした映像作品であり、一種の短編映画のようなものだという思いから、邦楽のPVとは一緒にされたくないとして、VCと呼んでいた面もあったのではないだろうか。

確かに当時の邦楽MVは、アーティストの口パク(リップ)シーンと、それっぽい風景の所で撮ったイメージ映像を組み合わせただけで、金もかかっておらず、安っぽく見えた。
また、洋楽のVCは「ベストヒットUSA」や「MTVジャパン」など地上波キー局の番組でも見ることができたが、邦楽PVは地上波キー局では見る機会が限られていた。
なので、邦楽PVはレコード店の店頭などで流されることを前提に作られていて、アーティスト名や曲名がデカデカと掲示されることが多かった。それがダサいと感じる理由でもあり、これは映像作品ではなく単なるプロモーション・ビデオだなと感じる要因でもあった。

もっとも、米国のMTVがMVをあまり流さなくなり、MVをテレビで見るよりかはYouTubeなどで見る機会も増えていった。特にスマホでの視聴が増えたことから、最近は洋楽MVでもアーティスト名や曲名はデカデカと出るようになった。というか、邦楽MV(90年代以降はPVとは呼べない作品も増えている)の方が最近は本編中にアーティスト名や曲名が出ないことが多い気がする。

話は80年代に戻るが、そうしたMV的な演出を取り入れた映画は、批評家や高齢の映画ファンからは“MTV映画”などと揶揄されることが多かった。

ミュージカルのように俳優が歌ったりするわけでもないし、歌手とか演奏者役の人のパフォーマンスを見せるわけでもないのに、楽曲をしっかりと聞かせて、尚且つ、MVのようなテンポで編集することに対して、古い考えの人が、“あんなのは映画音楽ではない”と言いたかったのだろうとは思う。

でも、こうした老害のボヤキなどおかまいなく、80年代には、MV的演出をした映画のサウンドトラックから続々とヒット曲が生まれた。一つの作品から複数のヒット曲が生まれた映画も多い。しかも、そのほとんどが映画のために書き起こされた新曲だった。

90年代から00年代にかけてもサントラからのヒットは相次いだけれど、映画の本編ではチラッとノイズ程度に使われるだけのものだったり、エンド・クレジットで3〜4曲まとめてかかるだけだったり、あるいは、サントラからシングル・カットされてヒットしたにもかかわらず、本編にもエンド・クレジットにも使われていなかったりと、単なるタイアップになってしまっていたものも多かったので、“MTV映画”というのは、80年代的文化なのかもしれない。

00年代後半なんて、「アメリカン・アイドル」とかテレビ絡みを除けば、サントラ・ヒットなんてほとんどないもんな。しかも、「アメアイ」なんてドラマですらないしね…。

勿論、60年代末の「イージー・ライダー」や70年代の「サタデー・ナイト・フィーバー」、「グリース」といったあたりの作品に、既にそうした傾向は見られるけれど、本格化したのは米国でMTVが開局した81年以降だと思う。

「フラッシュダンス」や「フットルース」といったダンス映画によって、そうした“MTV映画”に対する注目度が増していったが、それ以外のジャンルも含めると、「ヒバリーヒルズ・コップ」や「ビバリーヒルズ・コップ2」、「ロッキー4/炎の友情」、「オーバー・ザ・トップ」、「トップガン」、「カクテル」なんてあたりが代表作として挙げられるのではないだろうか。

楽曲をほぼフルコーラスで流す傾向は88年の「カクテル」あたりから薄れていったけれど、90年代初頭の「プリティ・ウーマン」や「ニュー・ジャック・シティ」あたりまでが、こうした“MTV映画”のムーブメントが高まっていた時期ではないだろうか。

先述した80年代の“MTV映画”は、映画もサントラも日本でヒットしたものばかりだ。90年代初頭の「ニュー・ジャック・シティ」は日本では当たらなかったけれどね。

でも、80年代の“MTV映画”の全てが日本でヒットしたわけではない。「ブレックファスト・クラブ」などの80年代のジョン・ヒューズ系作品や「セント・エルモス・ファイアー」といった青春映画は、日本ではひっそりと公開されたものも多く、それに合わせてサントラ盤のセールスも物足りない結果に終わっていたりもする。

「セント・エルモス・ファイアー」の同名主題歌や「ブレックファスト・クラブ」の主題歌「ドント・ユー」は、90年代以降に日本で編纂された80年代ヒット曲コンピ盤には欠かせない存在になっているけれど、当時は全米チャートを毎週チェックしているような人しか知らない曲だったしね。

ところで、80年代をリアルタイムで少しでも経験している日本の映画ファン・音楽ファンに、そうした“MTV映画”のサントラ盤で一番売れたアルバムは何かと聞いたら、おそらく、多くの人が「フラッシュダンス」か「フットルース」、もしくは「トップガン」と答えるのではないだろうか。

正解は殿下の主演映画「パープル・レイン」だが、これは事実上、殿下のオリジナル・アルバムでもあるので除外すると、最もヒットした80年代映画のコンピ系サントラは「ダーティ・ダンシング」だったりもする。
当時、Billboardなどの全米チャートや映画興行成績ランキングをチェックしていた人にとっては常識だけれど、映画にしろ、音楽にしろ、日本での成績しかチェックしていない人にとっては、“は?”って思うだろうね。

何しろ、この映画、日本では1987年11月に穴埋め的に公開されていた作品だからね。
シネコン時代になって、話題作は一年中公開されるようになったけれど、90年代前半くらいまでは11月公開の洋画作品というのは6月公開作品とならんで、穴埋め的に作品を公開する時期だった。

昔は、年末公開の正月映画(死語かな…)→新春第2弾→春休み映画→GW映画→穴埋め(数本になる場合あり)→夏休み映画(前半・後半にわかれる場合あり)→秋映画(数本になる場合あり)→穴埋め(数本になる場合あり)→以下、頭に戻るというローテーションで上映されていたからね。

11月というのは、芸術の秋にちなんで公開される文芸大作とかラブストーリーみたみたいなものを除けば、基本、日本でのヒットが期待されない穴埋め用なんだよね。

「ダーティ・ダンシング」はダンス映画ではあるけれど、このジャンルにカテゴライズされる「サタデー・ナイト・フィーバー」や「フラッシュダンス」、「フットルース」のような日本でのヒットは期待されず、実際、ヒットしなかったのは、青春映画とみなされたからなのかな?

まぁ、サントラは名曲揃いといっても、「フラッシュダンス」の“ホワット・ア・フィーリング”や“マニアック”、「フットルース」の“フットルース”、“アイム・フリー”、“ネヴァー”、“ヒーロー”のような上がりまくりな曲はないし、オールディーズ・ナンバーの使用も多いから、青春映画扱いされたのかな?

でも、同じオールディーズ・ナンバーを使った青春映画でも「スタンド・バイ・ミー」は日本では中ヒットになったんだから、きちんと宣伝すれば、もう少しヒットできたんじゃないかなって気はするかな。

それに、オールディーズをふんだんに使用していること以外にも、「ダーティ・ダンシング」と「スタンド・バイ・ミー」には共通点があるんだよね。
それは、夏休みを通じて成長する思春期の少年少女をほどよいノスタルジーとせつなさのバランスで描いているということ。

邦画でも夏休みをノスタルジックに、せつなく描いた作品は多数あるけれど、欧米の作品にはかなわないと思う。

それは、9月から新しい学年が始まる欧米では、夏休みが終わると、新しい人生がスタートするから。だから、ひと夏の経験によって成長する=これまでの自分や仲間にさよならを告げることであり、せつない気分になるんだよね。

日本は夏休みが明けても、クラス替えはないから、また、夏休み前と同じ生活が始まるだけ。
夏休み中にずっと、親とか祖父母の実家で生活していた子どもなら、そこで交流した地元の子どもたちとの別れみたいのはあるだろうけれど、基本は、夏休み明けでは大きな変化はないからね。
せいぜい、夏休み中に会う機会がなかった同級生の見た目が変わるくらいだしね。

余談だが、去年、コロナ禍で学校が長期間休みとなったのに合わせて日本でも9月から新学年になる制度にしようという声が上がったが、無知なリベラル・左翼・パヨクのせいでつぶされていまい、結局、現在に至るまで学校のスケジュール繰りが混乱したままなのは残念で仕方がない。1年半分とか2年分とかの児童・生徒・学生を受け入れることになる学年も出てくるかもしれないが、制度移行がベストだったと思うな。

まぁ、本作が日本でヒットしなかった理由ってのは、この作品が今はなきベストロン映画作品で、日本配給は同社の日本子会社が担当していたので大規模な宣伝ができなかったってのもあるのかな。
同社はB級映画や低予算映画のイメージが強いから、いくら、全米大ヒット作品といえども、日本公開された頃にちょうど主題歌が全米ナンバー1になっていたとしても、正月映画とか新春第2弾として大規模公開することは無理だったんだろうね。穴埋め的とはいえ、日比谷映画という拡大系の劇場でかけられたのだから、ベストロンとしては大健闘ってことなのかな?

そんな本作の日本での知名度が上がったのは、1990年公開の「ゴースト/ニューヨークの幻」が日本でも大ヒットとなって、パトリック・スウェイジの知名度が上がり、過去の代表作としてレンタルビデオや廉価版ビデオで本作を見た人が増えたってのもあるのかな。

自分は1993年の再上映時に初めて映画館で見ることができたけれど(その前にテレビ放送と廉価版ビデオで鑑賞済み)、今回、初めて劇場で見られたって喜んでいる人、結構、多いんじゃないかな?
上映館のシネマート新宿には、金曜日の午前中のミニシアターとは思えないくらい、そこそこの人が集まっていたしね。
まぁ、観客のほとんどが少なくとも「ゴースト」日本公開時をリアルタイムで知っているような40代以上だったけれど。

それにしても、本作のサントラは最高だ!この映画をきっかけにして好きになったオールディーズ・ナンバーは多いしね。
ザ・ロネッツ“ビー・マイ・ベイビー”がウォール・オブ・サウンド(先日なくなったフィル・スペクター受刑者がプロデュースした作品の特徴的なサウンド)の代表曲として、色あせることなく評価されているのは、この映画のオープニング・ナンバーに選ばれたことも大きいのではないかと思う。

オールディーズ・ナンバーでいえば、コントゥアーズの“ドゥ・ユー・ラヴ・ミー”も盛り上がるよね。本作に使われたことによって、あと一歩でトップ10入りできるくらいのリバイバル・ヒットとなったしね。

それから、オールディーズ・ナンバーと違和感なくまじりあっている(当時の)新曲も名曲揃い!
メリー・クレイトンの“イエス”はシングル・カットされた4曲の中で唯一、2回使われている(そのうち1回はエンド・クレジットで使用。80年代の洋画って、90年代以降の作品と比べると、エンド・クレジットが短い!当時はあれでも邦画より長いって感じていたんだよね…)くらいだから、制作陣お気に入りの曲なんだろうけれど、何故か、ヒット・チャート上ではもう少しでトップ40入りってところで終わってしまったんだよな…。

そして、残りのシングル・カット曲3曲はいずれも名曲で、いずれも全米トップ5入りの大ヒットとなっている。
日本では87年あたりから洋楽人気が下降したので、80年代洋楽世代でも、「ダーティ・ダンシング」のサントラに興味がない人はいるけれど、当時、リアルタイムで全米チャートを追いかけていた人なら、いずれも当時の色んなことを思い出す人生のサウンドトラックとなっている楽曲だと思う。

ヒロインのダンス特訓シーンに流れるエリック・カルメンの“ハングリー・アイズ”は超名曲!
彼にとっては、代表曲“オール・バイ・マイセルフ”以来の全米トップ10ヒットとなったが、この“ハングリー・アイズ”のヒットによって、続けて、ベスト盤用の新曲“メイク・ミー・ルーズ・コントロール”も大ヒットし、70年代だけでなく80年代でも活躍したアーティストになれたんだよね。

ヒロインの恋のお相手として本作に出演したパトリック・スウェイジが自ら歌う“シーズ・ライク・ザ・ウィンド”も名曲。終盤間近のヒロインとの(一時的な)別れのシーンに流れるせつないナンバーという扱いは、「プリティ・ウーマン」におけるロクセットの“愛のぬくもり”みたいな感じなのかな。

そして、何といってもこの映画を語る上で欠かすことができないのがラスト・シーンに流れるビル・メドレー&ジェニファー・ウォーンズの“タイム・オヴ・マイ・ライフ”だと思う(当時の邦題は“オヴ”表記だった。今は“オブ”に直されているけれどね。“OF”を“オヴ”ってするのは明らかにおかしいよね)。
この曲は全米ナンバー1ヒットとなったのみならず、アカデミー歌曲賞も受賞した名曲だ!ちなみに、アカデミー歌曲賞というのはアーティストではなくソングライター(作詞・作曲家)が対象なので、歌唱した2人は受賞者ではない。

当時、レコードやCDなどでリリースされていたバージョンよりも遥かに間奏が長いバージョンが使われ、その間に、きちんと登場人物間の勘違いも解消され、悪い行為を働いた者にはきちんと罰が与えられるというストーリーのまとめ方も見事。

ちなみに最近出ているサントラは、このロング・バージョンの方で収録されているようだ。

そして、何よりも、この曲がかかっている間のダンス・パフォーマンスはお見事!さすが、開催されるはずだったマイケル・ジャクソンのツアー(メイキングを映画「THIS IS IT」として公開)を担当したケニー・オルテガの振り付けだ!

そういえば、ビル・メドレーはライチャス・ブラザーズのメンバーとして「ゴースト」に使われてリバイバル・ヒットした「アンチェインド・メロディ」も歌っているんだよな。パトリック・スウェイジの2大代表作を歌で彩っているってすごいな。

それにしても、映画館の大音響で聞いた“タイム・オヴ・マイ・ライフ”は最高だったな!
曲を聞いているだけでもウルウルしてしまった!

「ダーティ・ダンシング」と同じ1987年度作品で同じく主題歌が全米ナンバー1&アカデミー歌曲賞候補となった「マネキン」も再上映してほしいな…。

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