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フルーツバスケット-prelude-

本作は、2019年から2021年にかけて3シーズンにわたって放送されたテレビアニメの総集編に前日譚と後日譚を加えたものだ。
前日譚を加えた総集編映画には「荒野のコトブキ飛行隊」があるし、後日譚を加えた作品には「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」がある。「新世紀エヴァンゲリオン」の旧劇の最初の作品だって、2部構成ではあるが、2部の方は枝分かれしたラスト2話(25話、26話の)パラレル・ワールドのようなものだから、24話の視点で捉えれば後日譚と言えないくもない。
なので、総集編映画にプラスアルファが加わること自体は珍しくはない。
まぁ、前日譚と後日譚の両方が入るというのは欲張りすぎな気はするが。

ちなみに本作は人気少女漫画のアニメ化だが、この原作は2001年にもアニメ化されている。要は約20年の歳月を経てリメイクされた作品ということになる。

リメイクやリブートをする理由というのは色々あるとは思うが、一番の目的は新規ファンの獲得だと思う。

アメコミ実写映画作品「スパイダーマン」はこの20年間で3シリーズが作られた。
2002年にスタートしたトビー・マグワイア主演のシリーズは3作品が作られた。この3部作は興行的には成功したし、1作目と2作目は批評的にも成功した。2作目なんてAFI(アメリカ映画協会)が発表する年間トップ10にアカデミー作品賞受賞の「ミリオンダラー・ベイビー」やゴールデン・グローブ賞ドラマ部門作品賞受賞の「アビエイター」と並んで選ばれたくらいだ。

にもかかわらず、2012年からはアンドリュー・ガーフィールド主演の「アメイジング」シリーズがスタートした。このシリーズも興行的には悪くなかったが、2作で打ち切りとなった。

そして、2017年にはソニー・ピクチャーズ作品であるのに(トビー版もアンドリュー版もソニー作品)、ディズニーのマーベル・シネマティック・ユニバースに含まれるトム・ホランド主演のシリーズが始まり、こちらは現在公開中の3作目で話に一区切りがついたところだ。

人気があってもリメイクやリブートされるのは、やはり、同じ面子で作り続けると、内容もマンネリ化して次第に固定ファン以外見なくなってしまうからなのだとは思う。

「007」シリーズのボンド役が定期的に変わるのはそうしたマンネリ化防止の意味もあるのではないだろうか。

その一方で、リメイクやリブートには2世代、3世代にわたって楽しんでもらうという狙いもあるのではないかとも思う。

キャストを一新してからの劇場版「ドラえもん」に旧キャスト版時代に作られた作品のリメイクが多いのもそういう理由なのだろう。
子どもには新作として楽しんでもらい、親世代には子どもの時の感動を追体験してもらおうという狙いなのだと思う。

本作「フルバ」に関しては、スタッフ、キャストを一新しているし、キャラデザも変えているし、劇場にやって来るのも若い女性ファン中心となっているようなので、おそらく、新規ファン獲得を目指して作られた作品であることは間違いない。

とはいえ、旧世代を完全に排除しているようにも思えない。それは、この劇場公開作品で主人公(ヒロインかな?)の両親を描いた前日譚が加えられていることでもわかる。

「宇宙戦艦ヤマト」のリメイク版シリーズはキャラデザにしろ、ボイスキャストにしろ、新規ファン獲得を目的として作られたことは明白な内容なのに、その作品を見るのが旧シリーズのファンばかりということで、現代的な視点に寄りすぎた内容にすると批判の嵐となったりすることもあるが(特に「2202」はそうだった)、本作はその点、バランスが良かったということだろうか。

そんな長い前置きはさておき、実際に作品を見てみると、どの世代がターゲットなのかよく分からない作品だな…。

まぁ、トイレが大行列になるほど押し寄せていた若い女性観客は推しの声優目当てで見に来ていただけで、そんなに内容は気にしていないような気もするが。でも、やたらと涙をすする音が聞こえたが、そこまで泣ける内容か?ちょっと陳腐すぎないか?あと、新宿バルト9で見たがスピーカーの響き方が良くなかった。なので、尚更、感動できなかった。

総集編パートは正直言って、新旧いずれのテレビシリーズも見ていない、原作も読んでいない自分からするとよく分からない感じだった。
ファンが好きそうなシーンや台詞をつなげただけで、ストーリーらしいストーリーもなかったしね。

とりあえず、ファンタジー的要素があり(ちょっとホラーっぽいところも)、それにプラスして、いかにも少女漫画的なラブや、これまた、少女漫画が好きなヤンキー要素もあることも分かった。
そして、腐女子向きのBLっぽい要素も男のオタクが好きそうな萌え要素もあるということも分かった。そして、男主人公も女主人公も過酷な運命を背負っているということも理解できた。

でも、総集編部分は映画として見せようという気はまるでない内容だった。

男主人公と女主人公のやっと掴んだ幸せを描いた後日譚部分はオマケみたいなものなので語るほどではなかった。

おそらく、本作のメインは女主人公の母親の若き日々を描いた前日譚パートなのだろう。

総集編パートが終わって、前日譚がこれから始まるというところで、やっと作品タイトルが出てきたので、そういう意図なんだろうとは思う。

まぁ、よくある話だけれど、エモーショナルではあったと思う。でも、この程度の話で号泣する人は普段、他の映画やドラマ、アニメを見ていないんじゃないかって言いたくなる。

そして思った。これって、いつの時代の話なんだ?スマホは出てこないが、地デジのテレビは出てくるからね…。

リメイク版テレビアニメが始まった2019年あたりを基準にすると、女主人公が子ども時代に地デジのテレビがあったのはギリギリOKだとしよう。
でも、母親は高校にも行かず若くして出産したと思われるので、母親が結婚相手となる教育実習生と出会ったヤンキー中学生時代は1990年代末あたりと推測される。でも、ヤンキーの描写が昭和なんだよね。

原作者は団塊ジュニアらしいが、原作者が中学生だった80年代半ばあたりだって、ああいうヤンキーは過去の遺物となっていたからね。
原作者は自分と同じ東京出身らしいから、あれを実体験しているとは思えないしね。
まぁ、人間でない存在の描写のみならず、ヤンキー描写や恋愛描写も含めてファンタジーなんだろうね。そもそも、教育実習生が女子中学生に手を出すのは立派な淫行だからね。

とりあえず、水の描写がやたらと実写っぽいのは気になりました。

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ところで、シネコンにアニメ映画を見に行くと、やたらと色んなアニメ映画の予告が流れるけれど、劇場側ってアニメを全部同じものと思っていないか?自分のように劇場公開作品なら何でも見るようなタイプも稀にいるけれど、大抵は特定のタイプのアニメ映画しか見ない人がほとんどなんだよね。

●深夜アニメの劇場版やイベント上映作品しか見ないオタク・腐女子

●新海作品、細田作品、一昔前のジブリ作品、ディズニープラス重視になる前のディズニー・ピクサー作品、イルミネーション作品、劇場版コナン、鬼滅や呪術廻戦など一般受けする作品しか見ない層

●ドラえもんやクレしん、ポケモンなどの子ども向けテレビアニメの劇場版しか見ない層

●テレビアニメの劇場版ではない、劇場オリジナル作品のみを映画として見る層

●ミニシアター公開のメッセージ性の強い海外アニメーションを好むシネフィル

とアニメ映画の観客にも色々なタイプがいるので、アニメ映画だからといって、なんでもかんでも予告を流すのは全然、効果的ではないんだよね。

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