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最後の決闘裁判

コロナ禍になって、映画の見方は確実に変わってしまったと思う。
映画館ではマスクをしながらの鑑賞が当たり前となったということを除けば、一番の変化は洋画の鑑賞本数が減ったということだ。
コロナ前から邦画の鑑賞本数は確かに増えていた。それは、興行成績が邦高洋低で邦画の話題作の公開が多くなったというのが要因だ。

コロナ禍になって洋画を見る機会が減った最大の理由は去年春から今年春にかけて洋画の新作の供給が減ったことだ。

この間、欧州やアジア映画(日本もアジアだからアジア映画って言い方はおかしいんだけれどね)を中心としたミニシアター系作品や、米国では去年春までに公開されていたものの、日本公開が遅れたハリウッドメジャー系作品は上映されてはいたが、米国ではメジャーの新作映画の公開は事実上ストップしていたので、リアルタイムで入ってくるハリウッドの新作は上映されなくなってしまった。中にはディズニーのように新作を劇場で上映せず、配信公開に切り替えてしまう映画会社も出てきたりした。

これに伴い、全米興行収入ランキングなどのハリウッド情報を伝えるWOWOWの映画番組「Hollywood Express」も去年4月から今年5月まで放送休止となってしまったし、キネマ旬報も全米興行収入ランキングの掲載を停止してしまった(こちらはいまだに再開されず)。

その結果、ただでさえ邦高洋低で地上波などでは洋画情報を入手しにくくなっていた日本の映画ファンは、さらに洋画の最新情報からは縁遠い生活を送るハメになってしまった(まぁ、米国のサイトにいけば情報を入手できるけれど、こまめにチェックするのは面倒だしね)。

そして、映画ファンの中には、別にハリウッドの新作映画が公開されていなくても、邦画でもミニシアター系洋画でもいいから、映画館で映画を見たいという人も結構いる。自分のその口だ。

そして、そうしたテレビドラマの延長みたいなスケールの作品や、半径○メートルくらいの狭い範囲の話しか描いていない邦画ばかり見ているうちに、いざ、ハリウッドの新作映画の供給が再開されても、脂っこくて食えない状態になってしまったんだよね。しかも、上映時間2時間超えの作品も多いしね。

やっと公開された「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」なんて、2時間44分もあるしね。
マスクをした状態で2時間以上の作品を見るのは結構疲れるよ。特に睡眠不足気味の時にマスクをつけて映画を見るのはつらい!

だから、上映時間2時間33分の本作「最後の決闘裁判」もなかなか見に行く気力が起きなかった。

しかも、公開1週目の日本の観客動員数ランキングではトップ10にすら入らなかったことから、2週目からは大幅に上映回数が減らされてしまい、さらに見る機会が減ってしまっていた。

何とか自分のスケジュールと合致する時間帯に上映される回を見つけたので、3週目にしてやっと鑑賞する機会を得ることができたが、多分、今日見なかったら、この映画を見る機会はアカデミー作品賞にでもノミネートされない限り一生訪れないのではないかと思う。

自宅のテレビモニターやPCモニターで2時間33分もある歴史ものを見たいとは思わないしね。

メガホンをとったのは(いまだにこの言葉を使うのはどうなのかな?)巨匠リドリー・スコット監督、脚本を手掛けたのは、「グッド・ウィル・ハンティング」でアカデミー脚本賞を受賞したマット・デイモンとベン・アフレックの大親友コンビで、この2人が出演もしている。
さらに、賞レースを賑わせた「マリッジ・ストーリー」で知られるアダム・ドライバーも出演している。

なのに観客動員数ランキングではトップ10内に入ることすらできなかった。

リドリー・スコット監督といえば、1979年の監督2作目「エイリアン」で注目されて以降、多くの作品に影響を与えた「ブレードランナー」や、日本ロケが行われた上に松田優作の遺作となったことから、日本での人気が高い「ブラック・レイン」などで人気監督としての地位を確立した。
以降も「テルマ&ルイーズ」や「ブラックホーク・ダウン」、「オデッセイ」といった賞レースを賑わせた作品。
アカデミー作品賞受賞作「グラディエーター」などラッセル・クロウと組んだ一連の作品。
「ハンニバル」や「プロメテウス」などのヒット作品。
ヴァンゲリスのテーマ曲が欧州で大ヒットした「1492 コロンブス」など日本でも知られている作品が山程ある。

マット・デイモンだって、リドリー・スコット監督と組んだ「オデッセイ」をはじめ、「プライベート・ライアン」や「オーシャンズ」シリーズ、「ボーン」シリーズなど日本でヒットした作品も多い。

ベン・アフレックについても、「アルマゲドン」や「パール・ハーバー」といった日本でも大ヒットした作品や、DCコミックス原作映画にも出演している。

アダム・ドライバーだって、ディズニー映画になってからの「スター・ウォーズ」シリーズに出演している。

洋画に詳しくない人だって知っている監督や俳優が組んだ超話題作なのに、全然、ヒットしないということは、やはり、洋画離れが起きていると言わざるを得ないのではないかと思う。

あと、本作はディズニー傘下の20世紀スタジオ(旧20世紀フォックス)作品つまり、ディズニー映画になるわけだけれど、コロナ禍になってディズニー映画の興行が日本ではふるわなくなったというのも本作がヒットしない要因なのではないかと思う。

ディズニーが一部作品の劇場公開を取りやめて配信オンリーにしたり、劇場公開と同時に配信を開始したことに対して、全興連が猛反発し、東宝・東映・松竹の邦画大手3社系列の劇場ではディズニー作品の上映が拒否される事態が発生した。
それは事実上、ディズニー映画がミニシアター系作品のような小規模・中規模の公開作品になることを意味する。
そして、そうした規模の公開作品は自社案件でない限りは、地上波キー局で取り上げられる機会は少ないし、ネット記事になる本数も少ない。だから、映画館に行く人も減ってしまう。
8月公開の「フリー・ガイ」以降のディズニー配給映画は、同時配信をしなくなったけれど、それでも日本では海外のように好成績を上げられなくなってしまっている。

コロナ前の2019年公開作品(19年度ではない)の年間興収ランキングを見ると、邦画・洋画合わせたトップ10のうち6本がディズニー配給作品だったのに、それが去年も今年も興収10億円を突破した作品がないんだからね…。

というか、今年公開の洋画で興収10億円を突破した作品って、現時点でたったの4本しかないが、それって全て東宝か東宝のグループ会社・東宝東和の配給作品なんだよね。つまり、ハリウッド系配給会社の洋画作品は全然ヒットしていないってこと。

日本ではディズニーのように、劇場公開と同時に配信開始ということはやってはいないが、ワーナーは海外ではやはり、そうした試みをやっているし、ちょっとしたきっかけですぐに公開延期してしまうから、日本の興行会社の間でハリウッド系作品に対する不信が強まっていて、真剣にプロモーションしようという気が起きないってのもあるんだろうね。それが、一般観客への認知不足につながっているのだと思う。

もっとも、ワーナーに関しては洋画配給会社としてではなく邦画配給会社としては好調だけれどね。何しろ、現時点での今年の邦画実写作品の興収トップ5のうち、トップ作品を含む3本がワーナー作品だからね。

作品自体についても語っておこう。

本作「最後の決闘裁判」の原題は“The Last Duel”だ。このタイトルを聞けば映画ファンの多くが、リドリー・スコットの第1回監督作品“デュエリスト/決闘者”(原題:The Duellists)を思い浮かべるのではないだろうか?
そして、続編か?それとも、セルフリメイクか?あるいは、「プロメテウス」や「エイリアン:コヴェナント」のように前日譚ものか(「エイリアン」の前日譚)?なんて思ったりもしたのではないだろうか?
だから、そう思われないために、こういうダサい邦題になったんだろうね。

内容に関しては、「羅生門」スタイルの構成というのが紹介記事などではやたらと強調されていたけれと、何か違うんじゃないかなって思った。

騎士のカルージュ、カルージュの元・親友だったル・グリ、そして、カルージュの妻・マルグリットのそれぞれの視点でル・グリによるマルグリット強姦事件の顛末が描かれている。

確かにそういう構成の表面的な部分だけを見れば、「羅生門」スタイルかもしれない。でも、「羅生門」は証言する人物によって話す内容が異なり、事件の真相が全く読めなくなる、藪の中に迷い込んでしまうというストーリーだったはずだ。

ところが、本作では3者それぞれのどの視点で見ても、カルージュには傲慢で男尊女卑なところがあるし、ル・グリは明らかに同意を得ずにマルグリットの膣に陰茎を挿入している。

全然、「羅生門」スタイルじゃないよね。

冒頭のアバン的な部分と、終盤の決闘シーン、そして、エピローグとエンド・クレジットを除けば、各パートは40分程度だから、同じ題材で違う演出をした短編映画3本を続けて見させられたといった感じかな。

ただ、カルージュパートや、ル・グリでは曖昧な部分もあった女性差別の描写は、マルグリットパートでは強烈に描かれていたと思う。

結局、男尊女卑敵な考えを持っている男どもがクソなのは事実だけれど、いつまでもそうした問題が解決しないのは女性のせいだというのが本作を見るとよく分かるし、本作の舞台となった14世紀のみならず、現在でもそれは変わっていないという風刺が効いていると思う。

私たちも我慢したんだからあなたも我慢しなさいと同じ女性に強要したり、権力を持つ男に媚びたりする女性が、女性の権利向上を阻んでいるのだと思う。某政権与党の女性政治家みたいだね。

また、女性側が感じたら強姦ではないとか、女性が妊娠できないのは女性がセックスの際にきちんと感じていないからだとか、責任を女性に押し付けようとする連中が多いのも全く今と変わらないよねって思う。

映画自体の出来は平均点だけれど、こういうメッセージはポリコレ至上主義の今の米エンタメ界では絶賛されやすいので、もしかしたら、賞レース参戦もあるかもしれないなと思った。

もっとも、リドリー・スコット監督は、グッチ創業家を描いた「ハウス・オブ・グッチ」も本年度の対象作品だから、票割れしそうだけれどね。

それにしても、83歳なのに、現在のポリコレ的視点で捉えた作品を撮るリドリー・スコットはすごいな。
思想は右でも、作る映画のメッセージは左寄りになっている91歳のクリント・イーストウッドもすごいけれどね。

それに比べて、日本の巨匠はね…。
90歳の山田洋次なんて左翼思想のはずなのに、作る映画は、“昔は好きなことが言えて良かった”系の老害思想全開の作品ばかりだからね…。
呆れてしまう…。

そういえば、カルージュをマット・デイモンが演じていたから、元・親友役は現実世界では大親友のベン・アフレックが演じるのかと思ったら、この役はアダム・ドライバーなのか…。

まぁ、ベン・アフレックが演じた伯爵は典型的な金・酒・性に溺れた悪徳の極みの権力者って感じで、憎たらしくて良かったけれどね。

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