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ラストナイト・イン・ソーホー

正月映画という言葉が死語となって久しい。また、映画興行が邦高洋低となってからも久しい。さらに、シネコンで映画を見るのが当たり前になったことにより「○○劇場ほか△△系ロードショー」といった興行チェーンシステムが崩壊したのなんて遥か昔だ。

こうした諸事情を考慮すれば仕方ないのかもしれないが、かつての正月映画らしい雰囲気を持った拡大公開の洋画が最近は非常に少ない。
今年は「ヴェノム」、「ボス・ベイビー」、「マトリックス」、「キングスマン」といったシリーズものを除くと、11月下旬公開の「ディア・エヴァン・ハンセン」、中国映画の「レイジング・ファイア」、そして、本作「ラスト・ナイト・イン・ソーホー」くらいしかない。本当に洋画人気がないんだというのを実感する。
しかも、シリーズものに関してはまずまずの成績をあげてはいるけれど、シリーズものでない作品については苦戦と言わざるを得ない状況だ。

本作「ラスト・ナイト・イン・ソーホー」もそうだ。というか、こういうタイプの作品って、日本ではミニシアター公開でも良かったのでは?
シネコンで上映するとしても、MOVIX、T・ジョイ、ユナイテッド・シネマ、イオンシネマ、109シネマズではかかっても、TOHOシネマズには向いていない。そういう作品だと思う。
TOHOシネマズで上映するとしても、銀座・有楽町・日比谷地区ではTOHOシネマズ 日比谷ではなく、TOHOシネマズ シャンテの規模だと思う。
それを拡大公開する、しかも、古い言葉で言うところの正月映画として公開するのは無理があったのだと思う。

まぁ、今回の正月映画興行は「呪術廻戦」のぶっちぎりになることは映画業界関係者、映画ファンの誰もが予想していたことだから、「スパイダーマン」や「ウエスト・サイド・ストーリー」のようなヒットが期待される作品ですら日本公開を年明けにする事実上の敵前逃亡をしてしまっている。

ひと昔前なら記録的大ヒット作品があるシーズンには、その作品が満席で見られなかった人がせっかく映画館(今だとシネコン、昔なら映画街)に来たのだから、同じサイトでやっている別の作品、昔だったら近隣の劇場でやっている別の作品でも見るかとなって相乗効果が発生し、大ヒット、中ヒット、小ヒットの作品も連発していた。

例えば、「鬼滅の刃」に抜かれるまでは日本の興収記録保持作品だった「千と千尋の神隠し」が公開された2001年夏には、他にも「A.I.」、「パール・ハーバー」、「ジュラシック・パークⅢ」、「PLANET OF THE APES」、「ハムナプトラ2」などのヒット作があった(上記作品は全て興収35億円以上)。

また、実写邦画の興収記録保持作品である「踊る大捜査線 THE MOVIE 2」が公開された2003年夏には、「マトリックス リローデッド」、「ターミネーター3」、「パイレーツ・オブ・カリビアン」、「HERO」、「チャーリーズ・エンジェル フルスロットル」などのヒット作品があった(これまた、いずれも興収35億円以上)。

でも、「鬼滅の刃」が公開された2020年秋だと、コロナ禍ということもあるが、これに続くヒット作品で興収30億円を超えた作品は1本もない。「STAND BY ME ドラえもん2」と「テネット」の27億円台。「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」の21億円台が健闘したといえるくらいだろうか。

今年最大のヒット作品で唯一の興収100億円突破作品となったのは3月公開の「シン・エヴァンゲリオン」だ。3月21日まで緊急事態宣言が発令されていたとはいえ、同時期に公開された作品でこれに次ぐヒット作品が興収12億円台の「モンスターハンター」というのは差が開きすぎだと思う。

邦高洋低の興行が定着してからは1本かぶりの傾向は強まっていたが、それがコロナ禍になってさらに加速したという感じだろうか。

しかも、この1本かぶり、最近は米国でも顕著になりつつある。
「スパイダーマン」最新作はコロナ禍になってからの公開作品としては最大のヒット作で、興収5億ドル突破も確実な情勢だが、同時期に公開されている「SING」、「マトリックス」、「キングスマン」といった同じシリーズもの作品は苦戦している。

コロナ禍になって、日本ではアニメ映画。米国ではマーベル作品のようなものはイベントとして観客が押し寄せるが、それ以外の作品は、配信でいいやということになっているんだろうね。特にハリウッド作品なんて劇場公開から1ヵ月半くらいで配信されてしまうものが多いからね。

そんなわけで、本作のようなタイプの映画は映画館で見なくてもいいやと思う人が多くなったのに、わざわざ、正月映画として公開しようとなったのは、アニメや実写邦画が嫌いな映画ファンも一定層はいるから、そういう人が少しは見てくれるだろうというマーケット展開なのだろうか?

本来、ユニバーサル作品だから東宝東和が配給して公開すべきなのに、パルコの配給で公開されたということは、東宝東和としてはヒットする見込みがないって思っていたってことなんだろうね。
というか、本作の制作プロダクションは「ブリジット・ジョーンズの日記」シリーズなど日本で人気の高い作品も多いワーキング・タイトルなのに、東宝東和が配給しないんだから、いかに洋画離れが加速しているかが分かるというものだ。

内容自体は大絶賛したいとは思わないが、まぁ、見て良かったと思える内容だった。2人のヒロインが非常に魅力的だしね。
本作のジャンルがホラーとカテゴライズされていることに関しては終盤に突入するまでは違和感しかなかった。確かに主人公は、一般人には見えない“幻影”が見える“見える子ちゃん”だが、どちらかというと、ホラーというよりかは“特殊能力”で過去の未解決事件を捜査するタイプのような作品にも見えたしね。

でも、終盤になったら、霊的なものが襲ってくるという一般的なホラー展開もあるし、狂った人間が主人公を襲うサイコ・スリラー要素もあるし、立派なホラー映画だった。

というか、この映画の“トリック”って、名前を呼ぶ時にファーストネーム呼び捨てが基本だったり、正式名称を略称や愛称で呼ぶことが多かったりする欧米だからこそ成立する作品だよねと思った。
実は本作に限らず欧米の映画を見ていると、同じ人物を呼ぶ時でも、ファーストネーム呼び捨て以外にも、ファーストネームにちなんだ略称や愛称で呼ぶ時、名字で呼ぶ時、しかも、名字に敬称をつける時など色んなパターンがあったりする。
でも、字幕翻訳者は“日本人の観客は欧米人の名前を覚えきれないだろう”という余計な親切心から、作中における呼称を統一してしまうことがある。

実は普段はファーストネーム呼び捨てだからこそ、名字で呼ぶ時、ましてや敬称をつけて呼ぶ時というのは深い意味を持つのに、そうした余計な配慮のせいで作品の世界観が台無しになることって結構あるんだよね。

日本の政治家が海外の政治家とファーストネームで呼び合うことは親密な関係が築けた結果と思い込み、TPOをわきまえない場所で平気でファーストネーム呼び捨てにするケースが目立つが、そういうのも、名前の呼び方の意味を理解していない証拠だと思う。

本作の字幕は完璧とは言えないものの、カギを握る人物に関しては、きちんとオリジナルの呼び方に沿って字幕を出していたので、まぁ、あの人が何かカギを握っているよねってのは簡単に想像できたけれどね。

それにしても、見えてはいけないものが見える主人公が、その“特殊能力”と向き合うことで成長していくという話は、つい先日まで放送されていた深夜アニメ「見える子ちゃん」と共通点があるなと思った。エロい要素があるのも共通しているしね。

その一方で、「見える子」にはほとんどなかったポリコレ要素は全開だった。
主人公が巻き込まれてしまった奇怪な事件の犯人は女性ではあるものの、彼女は男どもに売春行為を強要された性被害者でもある。
だから、主人公は自ら彼女に制裁を下すことはしないし、彼女に殺された男たちの霊が助けを求めても無視する。そうしないと今の欧米では受け入れらないってことなんだろうね。

芸能界での成功を夢みる若き女性たちに枕営業をさせたり、騙して風俗嬢をやらせたりってのは、作品の舞台となった2つの時代(60年代と現代)、どちらでも起きているってことを言いたいんだろうなという気はした。つまり、男の考えは変わっていないってことかな。

あと、主人公と恋仲になる同級生が黒人ってのもポリコレ要素だよね。しかも、いかにもな黒人ではなく、ヒップホップ的な価値観からすると軟弱者扱いされそうなタイプの優男系だから、尚更、ポリコレ臭は全開って感じかな。

それにしても音楽の使い方は良かった!
予告でも使われていた“Downtown”をはじめ、“Got My Mind Set On You”や“(There's) Always Something There To Remind Me”などカバー・バージョンでも人気の楽曲を選んでいるのは様々な世代の観客にアピールできるしね。さすが、音楽の使い方には定評があるエドガー・ライト監督だ。

ところで、邦題表記だが、“ナイト”と“イン”の間、“イン”と“ソーホー”の間には中黒が入るのに、“ラスト”と“ナイト”の間に入らないのは何故?“ラストナイト”はワンワードではないぞ!

それから、本編上映前に“点滅する映像に注意して”という告知画面が出たが、あんなのMVとかライブ映像を見る人間からすれば、どうってことないぞ。やっぱり、テレビドラマのスペシャル版のような映画と手描き止め画だらけのアニメ映画しか見ていない日本人はきちんと作り込んだ映像を見ても頭の中で処理できないんだろうね。


《追記》
TOHOシネマズ 新宿で本作を見たが、東宝配給の邦画の予告しか流れなかったのはどういうことだ!
日本の映画館は意図的に洋画がヒットしない状況を作っている気がする。
まぁ、劇場公開からすぐに配信するハリウッド映画を上映したくないってのが本音なんだろうね。

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