tick, tick... BOOM! : チック、チック…ブーン!
個人的には「レント」というミュージカルに対する評価は過大だと思っている。確かに“SEASONS OF LOVE”は名曲中の名曲だし、個人的には“OUT TONIGHT”という80年代ポップ・ロックっぽいミュージカル・ナンバーも大好きだ。
でも、構成としてはどうなんだろうかと思う。
クリスマスイブから次のクリスマスイブまでの1年間を描いたストーリーとされていて、“SEASONS OF LOVE”の歌い出しでは、1年間を分数に換算した数値についてメンションしているけれど、実際には、舞台版にしろ映画版にしろ、ほとんどの尺が最初のクリスマスイブから年が明けてバレンタインデーまでの2ヵ月弱にさかれていて、それ以降の場面はあっさりとしか描かれていないんだよね。
勿論、春の場面も夏の場面もきっちりと描いていたら、とてもではないが、2時間10分くらいにはおさまらない。それこそ、4時間、5時間になってしまうからね。
でも、名曲“SEASONS OF LOVE”でそれだけ、1年間を分数に換算して、その1年間がいかに貴重な時間だったかを強調しているんだから、やっぱり、企画倒れと言わざるを得ないと思うんだよね。
本来なら3部作の映画とか、少なくとも10エピソードくらいにはなるテレビドラマとして作るべき題材だと思うんだよね。
結局、このミュージカルが評価されているのは、80年代の欧米諸国が抱えていたエイズやホームレスの問題。そして、現在にも連なる同性愛者に対する差別や偏見。そうしたテーマを扱っているから、リベラル思想の多い欧米のメディアから絶賛されているにすぎないと思うんだよね。
実際、人気ミュージカルの映画化にもかかわらず、2005年の映画版が大きなヒットにならなかったのは、そうしたリベラル色が強すぎるからアート映画扱いされてしまったってことでもあると思うしね。
それは、移民問題をテーマにした作品で今夏、映画版が公開された「イン・ザ・ハイツ」にも言えることかもしれない。
ちなみに本作は「イン・ザ・ハイツ」の音楽を手掛けたリン=マニュエル・ミランダの監督作品だ。
逆にリベラル的な思想が足りない=リベラル思想の者が多いエリート批判につながると思われてしまった「グレイテスト・ショーマン」が賞レースではほとんど無視状態だったのに、一般には受けて大ヒットしたのもそういうことだよねって思う。
なので、「レント」にもその音楽を手掛けたジョナサン・ラーソンにも深い思い入れもない状態で本作を見ることにした。
リン=マニュエル・ミランダには多少は興味はあるし、賞レースに多少は絡んできそうな作品だし、というのが見たいと思った理由だ。
なので、そんなに事前に情報を仕入れずに見ることになったんだけれど、これって、ジョナサン・ラーソンの伝記映画ではなく、無名時代のジョナサン・ラーソンの自伝的ミュージカル「tick, tick... BOOM!」の映画化だったのか。
つまり、主人公によるスタンダップ・コメディのような状況説明と主人公を含む登場人物たちが歌うミュージカル・ナンバーでストーリーが展開していくのはそういうことだったのかと理解した。
また、「レント」の開幕直前にジョナサンが急死したことはエピローグで軽く触れられるだけで、「レント」に向けた曲作りの描写もない。それどころか、「スーパービア」で成功を手にすることはできず、次回作(要は「tick, tick... BOOM!」)に向けた曲作りを行おうとするところで終わる理由も納得した。
そして、本作を見ていると、多分、この人物が「レント」のあの人につながっているんだろうなというのも何となく感じることができた。
それにしても、本作は、作曲家でも俳優でもアイドルでもテレビ番組ディレクターでも何でもいいが、有名・無名問わず、いわゆるクリエイティブ職に就いている、もしくは就いていたことがある人間だったら共感せずにはいられない作品だよねって思う。
特に、自分の思うような仕事をさせてもらえないとか、いくらやっても評価されないといった立場の人(その立場を脱せた人や、諦めた人も含む)なら涙を流せずにはいられないよね。
そして、クリエイティブの道を取るか、それとも、家族や友人、恋人との小さな幸せを取るかというクリエイティブ職の人間なら誰もが経験するジレンマの描写も本当、身にしみる。結局、いつの時代だろうと、どこの国だろうと、同じなんだよね…。
要は描いているテーマとしては、「ラ・ラ・ランド」と同じなんだけれど、あの作品はミュージカル映画を名乗っておきながらミュージカル・ナンバーが少ないし、楽曲も尺が短いものばかりだったから、ミュージカルとしては非常に不完全燃焼だったんだよね。
あと、終盤でこんな生き方もあったというのを夢オチ的に描写したシークエンスがあったが、我々、クリエイティブ職の者はそれに共感することができたけれど、一般人からすると理解しがたい点があったのも否定できないのではないかと思う。
そうした「ラ・ラ・ランド」に抱いた物足りなさを満たしてくれるのが本作なのではないだろうか。まぁ、元のミュージカル版は「ラ・ラ・ランド」よりも遥か前に発表されていたんだけれどね。
それから、作品の舞台となっているのが90年代初頭というのも、あの時代をリアルタイムで経験している者にとっては、懐かしさがあふれてきてしまい、それだけでうるうるしそうになるよね。正直、あの頃に戻りたいって思ったしね。
1989年から1991年くらいのエンタメって、映画でも音楽でも一見・一聴すると、80年代の延長戦に思えるんだけれど、その中には、その後、90年代になってガラリと変わってしまうエンタメの要素が所々に隠されていたりもするんだよね。
本作では1989年に大ヒットしたThe B-52'sの“ラヴ・シャック”なんかが使われていたけれど、あの曲もそんな過渡期の楽曲って感じだしね(久々に聞いた!懐かしいな…)。あと、終盤でヒロインの衣装が1990年のデビュー当初のマライア・キャリーっぽいのも時代感を再現していたなって思った。あと、当時はきちんとMVを流していた(洋楽の世界では当時はビデオ・クリップと呼んでいたが)時代のMTVみたいな曲名スーパーを出していたところも懐かしくて面白かった。
それにしても、本作の主人公もそうだが、30歳になる前後で、これからの人生をどうすべきか、つまり、夢を諦めた方がいいのかとか、転職した方がいいのかとか考えるのは、いつの時代も、どこの国でも多くの人が悩むことなんだなってのを改めて実感した。
自分も31歳の時にいったん、無職となったしね。その時に学んだ教訓は、上司や同僚、後輩などが言う“お前がいないと仕事が回らない”という言葉を信用するなということ。
職場の風向きが怪しくなったら、とっとと、そこから去った方がいいというのをその時に学んだ。
《追記》
「とんだご挨拶」とか、字幕の訳し方のセンスが古かった…。奈津子かと思ったが違っていた。ワークショップを視聴会って訳すのも変だしね。
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