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MR.BIG 「The BIG Finish FAREWELL TOUR」【追加公演】7月26日(水)東京・日本武道館

日本のミュージック・シーンにおける洋楽の存在感は年々薄れている。
Billboard JAPANの昨年度の年間チャートによると、K-POPを除いた洋楽曲で100位内に入った作品はシングル、アルバム共に1作品のみだ。

というか、シングルで唯一ランクインした曲は2年連続のランクインだし、アルバムで唯一ランクインした作品は既発表曲やスコアなどを除くと純粋な新曲がたったの2曲しか収録されていないサントラ盤だ。
CDセールスに限定して集計したチャートやラジオの放送回数、ライブの観客動員数などではもう少しマシなのかも知れないが、いわゆるサブスクや動画再生回数を中心に集計されたチャートでは洋楽のシェアは1%あるかないかということになる。

洋楽の世界では、ロックやジャズ、クラシックを除けばだいぶ前からストリーミングで聞くことが主流になっていて、CDとしてリリースされない作品も多い。
CDとしてリリースされていても輸入盤のみで、しかも、今は円安だから高額になっていて手を出しにくい。
90年代は超売れ筋商品とかCDショップがプッシュしたいニューカマーの輸入盤アルバムだと1500円以内で買えたが、今は3000円くらいするのも当たり前だ。そして、国内盤も消費増税されるたびに、かつての税込価格が新たな税抜価格になるみたいな便乗値上げが繰り返されているから、国内盤も3000円前後のものが主流になっている。
というか、そもそも、CDショップ自体が減っているし、尚且つ、洋楽を扱っている店舗はさらに希少な存在となっている。

じゃ、海外のようにストリーミングで聞かれているのかというとそうではない。ストリーミングのデータに比重を置いているBillboard JAPANのチャートですら、1%あるかないかのシェアとなっている。

つまり、日本人全体として洋楽に興味がなくなっているということなんだと思う。

興味を失った理由は、歌詞やメロディよりもリズム重視の楽曲が増えた、過度なポリコレ思想に嫌気がさしたなど色々あると思うが、ここではそれは本筋ではないので深く言及しない。

本稿で言いたいことは、洋楽の存在感がなくなったことにより、BIG IN JAPANという言葉が死後になっているということだ。

BIG IN JAPANはその名の通り、日本では大物という意味で、基本的には、欧米の業界関係者やメディア、日本の音楽通を自認しているようなライターやリスナーが、欧米では知名度が低いのに、日本では洋楽界のトップスター扱いされているアーティストを揶揄する時に使う言葉だ。

とはいえ、G.I.オレンジのように日本以外ではほとんど実績がないというアーティストはほとんどいない。

ノーランズだって、結構、UKやアイルランドのチャートでは上位に入っている楽曲が多いからね。

BIG IN JAPAN扱いされているアーティストの多くには全米や全英チャートの上位にランクインしたヒット曲が1~2曲はある。

また、日本の音楽メディアなどが世界に先駆けて日本でブレイクしたと謳っているアーティストも大抵は日本でのブレイクと同時か、それよりも前に全米や全英チャートに顔を見せている。

クイーンは日本が見出したみたいなことを言っているが、日本デビューした時点で英国では既に2枚目のアルバムがリリースされていた。
また、ボン・ジョヴィはデビュー曲“夜明けのランナウェイ”が全米シングル・チャートでトップ40入りしている。
それから、チープ・トリックだって、ライブ・アルバム『at武道館』がリリースされるよりも前に上位には入ってはいないものの、シングル、アルバムともに全米チャートにランクインしている。

なので、欧米ではとっくの昔に過去の人扱いになりヒット・チャートやライブの観客動員数ランキングに顔を見せなくなったのに、日本ではいつまで経っても好セールスを続け、ライブが大盛況となっているアーティストというのが一般的なBIG IN JAPANのイメージではないかと思う。

そして、その代表格がMR.BIGだ。名前からしてBIG IN JAPANの代表みたいだしね。

彼等がデビューしたのは1989年だ。この頃、バッド・イングリッシュやブルー・マーダー、ウィンガー、ダム・ヤンキースなど、ハード・ロック/ヘヴィ・メタル界隈で既にキャリアが評価されているミュージシャンが集まり、新たにバンドを結成する、いわゆるスーパー・バンドが相次ぎ登場したが、彼等もそうしたバンドの一つだ。

1stアルバム『MR.BIG』は全米アルバム・チャートで50位内に入り、シングル“アディクテッド・トゥ・ザット・ラッシュ”はロック・チャートでトップ40に入ったのだから、HR/HMバンドの“デビュー”アルバムとしては上出来だと思う。

そして、91年リリースの2ndアルバム『リーン・イントゥ・イット』は全米でプラチナ・ディスク(100万枚以上の出荷)に認定されシングル・ヒットも相次いだ。同作からは“60'Sマインド”がロック・チャートでトップ40入りしたのにとどまらず、アコースティック・バラードの“トゥ・ビー・ウィズ・ユー”が総合チャートで首位を獲得。パワー・バラードの“ジャスト・テイク・マイ・ハート”も総合でトップ20入りとヒットした。“トゥ・ビー・ウィズ・ユー”はUKチャートでもトップ3入りする大ヒット曲となった。

さらに、93年リリースの3rdアルバム『バンプ・アヘッド』からはキャット・スティーヴンスのカバー“ワイルド・ワールド”が全米の総合でトップ30入りのヒットとなっている。

3作連続で成功したのだから一発屋でもないし、全米ナンバー1 ヒットだってあるから、本来ならBIG IN JAPANではない。

でも、たびたび、来日公演の模様を収めたライブ・アルバムをリリースしていたこともあり海外よりも日本で人気が高いというイメージが定着してしまった。

そして、そのイメージを覆せなくなったのが、96年リリースの4thアルバム『ヘイ・マン』だ。

この頃、米英のミュージック・シーンでは王道HRバンドの出番はほとんどなかった。米国ではオルタナやルーツ系モダン・ロック、英国ではブリット・ポップが主流だった。ところが日本ではHR/HMが依然として高い人気を誇ったままだった。

そのため、同作は全米アルバム・チャートでは200位内にすら入れなかったのにもかかわらず、日本ではオリコンの総合チャートで1位を獲得することになった。

そして、その後、彼等のアルバムは新作が出るたびに日本では総合チャート上位にランクインするが、全米チャートには顔を見せないという状況が続いている。

何故か、2014年の『…ザ・ストーリーズ・ウィ・クッド・テル』だけは全米チャートで最高位158位を記録しているが…。

4th以降のオリジナル・アルバム6作で全米チャートにランクインしたのが1作だけ。しかも、それですら100位内に入っていないとなると、まぁ、BIG IN JAPAN扱いされても仕方ないかなという気はするかな。
オリジナル・アルバムをほとんど出さず、新譜はライブ・アルバムとか新曲1〜2曲を混ぜたベスト盤くらいで、あとはツアーで稼ぐというバンドなら、BIG IN JAPANのイメージを持たれなかったんだろうなと思ったりもした。


そんな、彼等のライブを初めて見ようと思ったのは、今回が最後のツアーになると言われているからだ。

これまでに、メンバーチェンジもあったし、一度解散もしているが、2018年のドラマーのパットが亡くなったことはこれまでの解散の危機とはレベルが違う。どうやっても、パットは戻って来ないわけだからね。だから、パットの意志を継いだ代役ドラマーを立てて、パットの追悼も兼ねたツアーを行い、これで、MR.BIGを終わらせようとなるのも納得がいく。

ただ、今回のライブのMCを聞いていると、そんなにこれが最後という感じはしなかった。確かにメンバーの家族が登壇したりするなど最終回的な雰囲気は漂わせてはいたが、何となく機会があれば、機が熟せば、また活動再開しそうな気もした。おそらく、代役ドラマーのニックと他のメンバーの相性が良いんだろうね。

ところで、開演前にステージに向かうメンバーの様子がモニターに映し出されていたが、ステージに上がる前に円陣を組んだりするのって、日本とか韓国のアイドルだけでなく、米国のロック・バンドもやるんだねって思った。

セトリに関しては色々と思うことはあった。

どんなに日本のラジオでよくかかったヒット曲があったとしても、ポール・ギルバートのかわりにリッチー・コッツェンが在籍していた時代の曲はやりにくい。「FAREWELL TOUR」を謳っているから再結成後の楽曲はそんなにやれない。

その結果、思いついたのが世界レベルでは最も売れたアルバムである『リーン・イントゥ・イット』全曲披露というセトリなのだろう。
まぁ、このアルバムには“ダディ、ブラザー、ラヴァー、リトルボーイ”、“アライヴ・アンド・キッキン”、“60'S マインド”、“ジャスト・テイク・マイ・ハート”、“トゥ・ビー・ウィズ・ユー”といった代表曲のほとんどが収録されている。

だから、この全曲披露パートの前後に同作に収録されていない人気曲やヒット曲を何曲か加えれば、それだけでほとんどの人が満足できるセトリになってしまうんだよね。

全曲披露パート前では、“アディクテッド・トゥ・ザット・ラッシュ”や“テイク・カヴァー”など、後では“ワイルド・ワールド”が加えられたから、まぁ、ほとんどの観客は満足できたと思う。
それに、全曲披露後にはサブステージを使ったアコースティック風コーナーもあったから、アリーナ席後方やスタンド席の観客もメンバーを近くで見られたし、そういう意味でも満足度は高かったと思う。 

ただ、アコースティック風コーナーの後、ヒット曲“ワイルド・ワールド”をやって、これで本編終了かと思ったら、長いギター・ソロが披露され、その後に1曲。そして、この後に今度は長いベース・ソロが披露され、その後に1曲。
さらに、その後にはスタジオ・バージョンとしてレコーディングしている曲も含めたカバー4連発で幕を閉じるという構成だ。
しかも、最後のカバー4連発パートでは、担当楽器をチェンジして演奏するコーナーや家族揃っての挨拶パートもある。

最近、明確にメンバー全員がステージからはけずに、どこまでが本編か、どこからがアンコールかを明確にしないとか、あるいは、いったんはけるけれど、すぐに映像が流され、その映像が終わると同時にメンバーが戻ってくるというコンサートが多い。    

おそらく、コロナ禍になって最初の頃は声を出させないため、脱コロナモードになってからは、コロナ禍の声出しNGモードの癖でアンコール発動がスムーズに行かないから、アーティスト・演出側でアンコールのタイミングをコントロールしてしまえという意図もあり、そうしたシームレスなセトリというのがジャンルを問わず増えているんだとは思う。

でも、ダラダラ続いているように感じるんだよね。たとえ、数分の形だけのものであっても、ステージには誰もおらず、観客もいったんは着席するという時間があった方がメリハリがつくと思うんだけれどね…。

最後のカバー連発に関しては賛否両論あると思う。“最後のツアー”だからバンドのルーツに遡って終わるというセトリはありだという意見もあるだろうし、オリジナル曲で終わって欲しかったという声も出ている。

どちらも正論だからね。

そして、セトリのメインが『リーン・イントゥ・イット』全曲披露だから、本来なら本編ラストや、アンコールも含めた本当のラスト・ナンバーにふさわしい同作収録曲が選べないということを考えると、冒頭で代表曲プラス最近の曲で盛り上げた後、『リーン・イントゥ・イット』全曲披露、そして、アコースティック調でちょっとクールダウンした後、ルーツを遡るカバー曲連発で終わるという構成になるのも仕方ないのかなという気はした。

まぁ、「FAREWELL TOUR」の中で『リーン・イントゥ・イット』全曲披露をやるのはちょっと盛り込み過ぎだったような気はしたかな。

全曲披露のツアーをやってから、FAREWELLでも良かった気もする。

とはいえ、ライブ自体の満足度は結構高いんだけれどね。

そういえば、終盤の家族揃って挨拶のパートを除けば、バック・コーラスもサポート・ミュージシャンもダンサーもなしで全て4人で進行していたのだからすごいなと思った。多少のミスはあったが、歌も演奏もおっさんバンドとは思えないほどしっかりしていたし、担当楽器をチェンジしてもみんな上手かったし、やっぱり、巧者揃いのバンドだったんだなというのを改めて実感できたかな。


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