社会人時代③

会社に入り2年目の春、風邪を引いたのか咳がでるようになった、近くの
病院で見てもらうと、やはり風邪との事で薬をもらったが、全然咳が止まらない。
そこで仕方なく岩見沢労災病院に診察を受けにいった、この病院は後で知ったのだが、美唄炭鉱でじん肺に罹った患者さんを受け入れていたので、呼吸器科のエキスパートだったのだ、色々と検査を受けてなんと「喘息」であると告げられた。小児喘息は知ってはいたが、まさか24歳になってから喘息にかかるとは思ってもいなかった

この頃はまだあまりいい薬が無く、発作がでたらベットの上で座りただ発作が静まるのを待つしか無い、そして病院にいき点滴を受ける、その点滴が1時間から1時間半かかるので、本当に会社には申し訳なかった。特に冬場は車の雪を下ろすだけで発作が出る、そして病院に行き午前中がほとんど潰れる、冬場は週三回くらいそんな日が続き、一度酷い発作がでて、自分で救急車を呼んで一週間ほど入院もした、そしてやはり岩見沢の空気は合わないのでは無いとかと思うようになる。札幌から車で一時間ほどしかかからないのに。
大学時代から付き合っていた彼女とも段々会うことが少なくなり、彼女は自衛隊で内地に行っていた元カレが札幌に戻ってくるということで、やっぱり忘れることができないと言う理由でフラレてしまった。その後彼女がどうなったかは、全然わからない。

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