新・高野の答案 予備_刑法_H25

【高野の悩みどころ】

⒈ 甲が、VにA口座へ50万円を振り込ませた行為について
甲の罪責
① 詐欺罪になりそうだが客体は現金と預金債権のどっちか?
 1項詐欺か、2項詐欺か?
② 詐欺罪の構成要件該当性を検討
 問題文の事実3(嘘の内容)が割と詳細だが、これをどうとらえるか?(何を考えさせようとしているのか)
乙の罪責
① 本件の詐欺行為に関して共謀共同正犯が成立するのか?
 従前の共謀の範囲内か(犯罪態様の類似性や乙の準備した部屋などの使用(事実3))、共謀の範囲外の甲独自の犯罪か(事実2)
 →共謀共同正犯否定で書いてみた
② 共謀共同正犯を否定した場合の幇助犯の成否
 →幇助犯否定で書いてみた
⒉ 第2 丙が、D銀行E支店のATMにキャッシュカードを挿入し暗証番号入力し      
 た行為について
① 甲・丙を共謀共同正犯として論じるか、事実5の丙は報酬として5万円が欲      
 しいという点(幇助っぽい)、一方、事情を承知している点(共謀共同正
 犯とする?)をどう扱うか?
② 論じ方として、甲と丙を別々に論じるか、甲と丙を一緒に論じていくか
③ 引き出し不能となっている事実(事実5)から実行行為性が認められるの 
 か(不能犯論)、肯定した場合の実行の着手時期をどの程度論じるか
④ 乙について論じるか(時間や紙面なければ省略か)

【新・高野の答案】

第1  甲が、VにA口座へ50万円を振り込ませた行為について
1  甲に、現金を客体とした1項詐欺罪(246条1項)が成立するのか、預金債権を客体とする2項詐欺罪(246条2項)が成立するのかが問題となる。
⑴ 貯金通帳やキャッシュカード、暗証番号を管理している場合、その口座へ金銭が振り込まれた場合、特段の事情のない限りその現金を引き出すことができる。とすると、本件行為で甲は振り込まれた現金50万円を取得するといえ、甲には「財物」を客体とした詐欺罪(246条1項)の成立が問題となる。
⑵ 甲が、Vに息子を装って、示談金50万円を払わなければ逮捕されてしまうと嘘をつく行為は、50万円を支払うという「交付」行為に向けられたものである。そして、母親の心情からすれば、飲酒運転をして事故を起こした息子を逮捕から免れさせるために示談金を支払う必要があるということは、交付行為の判断の基礎となる重要な事実を偽る「欺」く行為である。そして、これによりVは、50万円を支払わなければ息子が逮捕されると錯誤に陥り、その結果、甲の指示とおり50万円をA名義の口座に振り込むという「交付」行為を行っている。
⑶ もっとも、振込から3時間後に取引停止がなされ、甲は、結果として50万円を引き出すことができなかったが、振込から3時間は、甲はA口座から自由に現金を引き出すことが可能だったのであるから、振込後直ちに引き出しが不可能とるような特段の事情はなく、VのA口座への振込により50万円の現金を占有したといえる。
⑷ 甲には、以上の事実の認識があり故意(38条1項)、および不法領得の意思も認められる。
⑸ よって、甲には詐欺既遂罪(246条1項)が成立する。
2  本件で、乙が準備した部屋や携帯電話を使用して、甲の詐欺の実行行為が行われている。
⑴ そこで、乙に詐欺罪の共同正犯(60条)が成立しないかが問題となる。
共同正犯の成立には、共謀が存在し、その範囲内での実行行為がなされ、正犯意思が必要である。
 これまで乙は甲との間で、詐欺に関して共謀の下、正犯意思を持ち、乙が振込用の口座等を準備し、甲が詐欺行為を行い、それにより得た金銭を分け合うことを繰り返してきている。
 しかし、本件で甲は、乙とのこれまでの共謀とは別に犯罪を計画し、振込用のA口座や引出し役丙を独自に準備している。乙はそれらの事情を了知していない。また、これまでの詐欺行為が、その都度乙から指示があったことからすれば、これまでの共謀の範囲はその都度の犯罪に限定していたものといえる。
 したがって、本件の甲の詐欺行為は、これまでの共謀の範囲内の行為とはいえず、乙に本件詐欺についての共謀共同正犯は成立しない。
⑵ もっとも、乙の部屋や携帯電話の準備は、甲の実行行為を容易にしており幇助犯(62条1項)の成立が問題となるが、乙には、本件詐欺について知らないのであるから、甲の実行行為を容易にする認識はなく、幇助犯の故意(38条1項)が認められない。したがって、幇助犯も成立しない。
⑶ よって、乙には本件との関係では犯罪は成立しない。
第2  丙が、D銀行E支店のATMにキャッシュカードを挿入し暗証番号入力した行為について
1  甲から、本件行為の依頼を受けた丙は、詐取された50万円そのものではなく5万円の報酬を得ることが目的であり、甲の行為を幇助する意思しかないように思える。
 しかし、甲から事情を明かされており、当該行為が後述する窃盗罪(235条)に該当することを認識した上で本件行為を行なっている。
 また、甲は50万円を得るために主体的に丙に働きかけをしており、単なる教唆とはいえない。
 したがって、甲と丙には共謀共同正犯として窃盗罪の成否が問題となる。
2 窃盗罪の成否を検討する。
⑴ 引き出そうとした現金50万円が「他人の財物」(235条)といえるか。
 甲は預金通帳等を有していることからA口座を管理しているが、本件で引き出されるのはD銀行E支店内にある支店長Fが占有する現金であり、「他人の財物」といえる。
⑵ 「窃取」とは、相手方の意に反して財産の占有を移転することであるが、取引が停止された口座であることが判明した場合は、支店長Fは支払いを拒むことができるから、ATMを通じた現金の引き出しは占有者Fの意思に反するものといえる。
⑶ また、他人名義キャッシュカードを銀行のATMに挿入し、暗証番号を入力することは、当該銀行が占有する現金を引き出し、占有を移転する現実的危険性を有する行為であり、通常であれば窃取罪の実行行為性が認められる。
 しかし、本件では、丙の当該行為の10分前に、A名義口座の取引が停止されており、引出しができなくなっている。そこで、このような場合でも、「実行に着手」(43条本文)といえるのかが問題となる。
 「実行に着手」とは、実行行為を開始することをいうと解するが、実行行為とは、構成要件の予定する法益侵害惹起の直接的、現実的危険性を有する行為である。そして、構成要件は違法で有責な行為を社会通念によって類型化したものであり、一般人に向けられた行為規範である。また、行為の危険性は行為者の認識や計画に影響を受ける。したがって、行為の危険性は、行為時、一般人が認識し得た事情および行為者が特に認識していた客観的事情を基礎に、一般人を基準に判断すべきである。
 とすると、本件で、甲・丙は、取引が停止されていることは認識していない。また、取引停止は外形上明らかになるものではないので、一般人は取引停止措置が取られていたという事実を知り得えない。したがって、取引停止という事実を危険性判断の基礎事情とすることはできない。
 そして、かかる事情を除外して当該行為の危険性を一般人を基準に判断すれば、前述のようにキャッシュカードをATMへ挿入し、暗証番号を入力することにより現金を引き出させるものであるから、かかる行為は現金が引き出される現実的な危険性があるといえる。
 したがって、丙のかかる行為に窃盗罪の実行行為性が認められる。
⑷ そして、丙が、ATMにキャッシュカードを挿入して暗証番号を入力した時点で、現金50万円の占有移転の現実的危険性が生じたといえるから、この時点で窃盗罪の「実行に着手」があったといえる。
⑸ もっとも、現金50万円の占有移転は生じていない。
⑹ よって、甲および丙には窃盗未遂罪(235条、243条)の共同正犯(60条)が成立する。そして甲に成立する詐欺既遂罪と窃盗未遂罪は、行為や被害法益が異なることから併合罪(45条)となる。
以上


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