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映像エスノグラフィーが捉えるもの

 久しぶりに映像エスノグラファーである大橋香奈さんと、大橋さんと同じ慶應義塾大学政策・メディア研究科で学んだジョイス・ラムさんの映像を見に、藤沢アートスペースまで出かけた。大橋さんは、私が何度か書いている〝Home in Tokyo〟のナビゲータを務めた、いわば私の先生のような立場の人だ。ジョイスさんとも〝Home in Tokyo〟で出合っている。
今回は、ジョイスさんの展示がメインで、その特別企画として〝家族を巡る2本の映像上映会〟が催され、そこに大橋さんの作品も掛かったという形だ。
ジョイスさんが参加されたのは「あなたが眠りにつくところ Where you fall asleep」という松下誠子さんとの二人展。ジョイスさんは、香港で生まれ、カナダ、イギリス、そして日本に(今のところ)在住している。自身のそんな経験を踏まえて「家族」の概念や定義を再考する映像作品を制作している。

 その作品というのが「新異家族」(2021)と「新異家族2023」(2023)の二本だ。この二本の映像ではジョイスさんも暮らしていたことのあるシェアハウスが舞台になる。一緒に暮らす夫婦に子どもが生まれ、シェアハウスの面々も子育てに関わるようになっていく。そのとき、家族という輪郭が溶け出し、シェアハウスの中に滲みだす。二本目の映像は、その経年変化を捉えたものだ。

 ジョイスさん自身のマージナルな人生に興味をもったのが大橋さんだ。大橋さん自身、自らの家族の有り様に戸惑いをもち、そこを起点としてさまざまな家族の姿を捉えてきた。大橋さんの場合は、そこに〝移動〟の観点がクロスする。自身二○回もの引っ越しを経験してきたことがそのベースにある。留まらない(留まれない)人にとって、〝家族〟や〝Home〟とはどのようなものなのか。それが一つの大きなテーマだ。

 その関心は「移動する家族」という研究フィルムにまとめられている。このフィルムでは六つのケースが紹介されていて、その一つとしてジョイスさんも登場する。ジョイスさんをはじめ、いくつかのケースは〝Home in Tokyo〟で拝見した。が、全篇を見るのは今回が初めてだと思う(たぶん)。

 この「移動する家族」の上映が特徴的なのは、必ず大橋さんがいるところで上映が行われ、鑑賞後に研究のためのアンケートやディスカッションが行われるという点だ。大橋さんがここで問うのは、移動する家族たちの姿を見た上で、あなたは家族をどう捉えるのかということだ。今回もアンケートに答え、近くに座った三人の人たちと家族観についてお互いの考えを述べ合った。

 その場で私は、〝家族〟という言葉から想起されるのが、今自分が構成している家族ではなく生まれ育った家だという話をした。両親は亡くなり、兄弟とはほぼ音信不通だが、なぜかそちらの映像が思い浮かぶのだ。決して平和な家庭ではなかった。兄弟の仲が良かったということもない。翻って、私と妻と子どもで構成する今の家族に不満はない。それでも咄嗟に思うのは、生まれ育った家のことだ。理由はわからない。そのことをどうこう思うこともない。ただそうだというだけだ。

 その後、市井の人々におそらくさまざまな事情や家族観があるだろうという話になった。夫婦に子ども二人といった標準世帯などというものがどれだけ存在するのだろう。また〝標準〟という言葉も規格品を表しているようでいただけない。それは不要な線引ではないのか。

 「移動する家族」に登場したジョイスさんの映像の冒頭。コーヒーを淹れるシーン。それは、東京の片隅で眠りにつき目覚めた彼女が、今日という自由な一日をはじめる象徴のようだった。

左/「移動する『家族』」(大橋香奈)右/「新異家族」(ジョイス・ラム)


「あなたが眠りにつくところ Where you fall asleep」
会期
 2023年 6月17日(土)〜2023年 8月27日(日)
会場 藤沢市アートスペース 展示ルーム
休館日 月曜日(7月17日[月・祝]は開館、翌18日[火]は休館)
開館時間 10:00-19:00(入場は18:30まで)
観覧料 無料


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