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東京における再開発の行先を思う

前に少し似た記事を書いたが、改めて思うことがあったので書いたみようと思いにいたった。
そのきっかけが
今朝、通勤で駅前を通った時、いつも演説をしている方の話が耳に入った。
概ね共感と思いながら改札を通った。

そこは最近できた再開発ビルの足元でもあるが、低層部の商業エリアは閑散としている。
にぎわいを内外につくる意図が感じられるガラス張りのカーテンウォールは見事に全てブラインドで視界を遮っている。
地域のSNSでも評判が悪い。

そして駅の反対側はさらに大きな再開発が始まる。
築50年で理由を建物の老朽化と聞いたが、そんなワケが無い。
耐用年数には、建築的耐用年数と経済的耐用年数とあるが、発表されたのは前者であろう。経済的にと言えば、儲けることに走ったのかもしれないが、果たして上手くいくであろうか…

ディベロッパーも気づいているだろう、供給過多であることを。極端な言い回しになってしまうが、街を食いモノにしないと会社が存続し続けないのかもしれないが、その在り方はどうなのか。それなりに並べられる正義はあるかもしれないが、枝葉に過ぎないのではないか…?
いま東京で目に見える工事中以外に計画はたくさんある。
エネルギーも超高密度になるだろうし、建物単体でなく都市と見たら環境も何もないんじゃないだろうか。
箱モノの割に過疎化していたら経済的にも成り立たないだろう。

大きく舵を切る必要があるんだろう…

50年後の東京は破綻していると思う。

令和六年七月二十三日


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