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 僕は3年ほど前から髪をピンク色にしている。理由を聞かれたらいつも「横浜流星になりたいから。」と答えている。大学1年生くらいの時だったであろうか?『初めて恋をした話』というドラマに出ていた俳優に目を奪われた。正直、少女マンガ原作のドラマなんて興味ないのだが、横浜流星さんのあまりに綺麗な顔立ちに見惚れてしまい、全話観てしまった。

 その日から横浜流星さんへの憧れが止まらない。最初は髪を染める勇気はなかった。そのドラマの中で横浜流星さんはいわゆる「マッシウルフ」という髪型をしていたので、まずは髪を伸ばし始めた。美容師に口で説明しても上手く伝わらない、恥ずかしい気持ちがありながらも本人の写真を見せて鼻で笑われたりもした。

 ちょうどコロナで、当時やっていたカラオケのバイトを辞めたのをきっかけに、思い切ってピンクに染めることにした。同じタイミングで、運良く腕のいい美容師さんも見つかった。その人は写真を見せても鼻で笑わなかった。そもそもの顔が違うのでどうにもならないが、自分の中では理想に近づけている気がした。その美容師さんは転勤してしまい、通えなくなってしまったので、今は2人目の方にお願いしているが、その方とはもう2年ほどの付き合いになる。もちろんお店でしか会うことはないが、それなりに喋るし、良くしてもらっている。

 そんなこんなで、僕は髪型にとてもこだわりがある。どうやっても横浜流星にはなれないが、子供が仮面ライダーになりたくて変身ベルトをつけているのと同じだと思ってもらっていい。子供に「ベルトをつけても仮面ライダーにはなれないよ」という大人はどうかしている。横浜流星さんが出演しているドラマや映画は8割方観ている。どの横浜流星もカッコいいが、やはり髪をピンクにしていたあの横浜流星が一番好きだ。

 先日、渋谷で日雇いのバイトをした帰り、駅に向かっていた。もう夜の11時を過ぎていただろうか?この辺の土地には詳しくないので、あれがスクランブル交差点なのかは分からないが、大きな横断歩道で男性に声をかけられた。僕と同い年か1〜2歳下?僕と同じように髪を派手に染め、少し長めに伸ばし、毛先を遊ばせている。「マッシュに切らせてもらえませんか?もちろん無料なので…」

 僕の少し伸びた髪が練習台として最適だったのだろう。多分若手の美容師か。先ほども述べたが、僕は髪型に強いこだわりがある。どこの馬の骨かも分からないやつに切らせて取り返しのつかないことにはなりたくない。しかも、彼にはマッシュにしたいという明確なこだわりがある。僕たちはぶつかり合うに決まっている。

 彼の目は潤んでいた。何度も声をかけ、断れ続けていたのだろう。髪を切るには非常識な時間だ。彼の声も潤んでいた。懇願していた。そんなことは横目で微かにチラつく視界からでもありありと確認できる。そんなことは分かっている。そんなことは分かりきっていた。

 だけど、僕は無視することに決めた。無言のまま首を横に振り、手で払いのけ、その場を立ち去った。同じように夢を追う者同士のはずなのに、どうして僕らは分かり合えないのだろうか…

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