見出し画像

ハエトリグモと私。

 家の中でクモを見かけたら、あなたが取る行動は次のうちどれか?

1 退治する。
2 外に逃がす。
3 そのまま放っておく。

 大抵の人は1か2を選ぶのではないだろうか。
 クモが好きで好きでたまらない、という人は世の中にはそうそういないだろう。私もどっちかといえば好きではない方だ。

 しかしこのハエトリグモだけは、私は3のそのまま放っておくを選択する。

 なぜならコイツは益虫だ。名前の通りコバエや蚊、ゴキブリの幼虫などなど、自分の身体よりも小さい虫を食べてくれるいいやつなのだ。
 しかもコイツは巣を張らない。つまり家の中にいても家が汚れない。だから私はよほど邪魔にならない限り、コイツが家の中を徘徊していても、あえて退治したり外に放り出したりはしない。

 だいたい外に放り出しても、どうせ別のやつがまた入り込んでくるのだし。

 そもそも一軒の家(マンションなら一部屋)に住み着くハエトリグモは決まって一匹だけだ。
 なぜならこいつらは共食いもする。自分より小さい虫なら、たとえ同族でも食べてしまうのだ。何という弱肉強食。
 そんなわけで、たった一匹、家の中をカサコソしている分には全然害にならない。むしろ他の虫を食べてくれるのだから、こんなありがたいやつもいないと思って、私と私の家族は、ハエトリグモと共存している。

 しかし私はこいつが実際に他の虫を捕食しているところを見たことがない。

 本当にこいつは家の中の虫を食べてくれているのか? 本当はそこにいるだけでぼーっとしているんじゃないのか? 
 だって実際、家の中でコバエが飛んでいても、やつは壁でじっとしているだけで動かない。

 いったいいつ他の虫を食べているのだろう?
 そう思って、壁に張り付いているやつをじっと観察してみるも、全然動かない。
 こっちの視線に気づいているのだろうか? それとも寝ているのか? あるいは死んでいるのか?
 ためしに、ふっと息を吹きかけてやると、やつはビクッとして慌てたようにカサコソ逃げ出した。なんだ、ちゃんと生きてるじゃないか。
 生きているなら、ちゃんと仕事してくれよ。
 ただそこにいるだけで何もしないんじゃ、なんのためにここに住まわせているのかわからないではないか。

 しかし、やはりやつは私たちの預かり知らぬところでちゃんと仕事していた。どうしてわかるかっていうと、数日後、やつの体が大きくなっていたからだ。

 私たちの見ていないところでなにかしらの虫をせっせと食べていたらしい。何を食べて大きくなったのかは知らないが。

 よしよし、ちゃんと仕事しているならこのまま家に住まわせてやろう。今後も励めよ。
 そう思って、私はやつが家の中を徘徊するのを黙認し続けた。
 ただ一回、私のスマホの上でくつろいでいた時は、さすがにどいてもらったが、それ以外は家のどこにいようが好きにさせていた。

 しかし別れは突然に訪れた。

 ここ二、三日、姿を見ないなと思っていたら、いつのまにか代替わりしていた。

 先日までいたやつとは明らかに別の個体とわかる、アリくらいの小さなやつに変わっていた。

 コバエが飛んでいてもぼーっとしていたやつ、私のの吐息に驚いて逃げ出したやつ、私のスマホの上でくつろいでいたやつ、やつはもういないのか。
 やつは出て行ってしまったのか。
 我が家の害虫退治をするのはもう飽きてしまったのか。それとも死んでしまったのか。

 真偽はわからないが、数日前までそこにいたやつはいなくなり、新入りがやってきたのは確かなようだ。

 まあいい。前のやつと同じように、せいぜい励めよ。たくさん虫を食べて大きくなるがいい。

 そうすれば私は追い出したりしないし、いつまでいてくれてもいいからな。

画像1

 ちなみにゴキブリを食べてくれる益虫として有名な、あの名高き軍曹(アシダカグモ)に私は遭遇したことはない。
 ハエトリグモくらい小さいやつならかわいいものだが、さすがに軍曹が家の中を徘徊していたらギョッとしてしまうだろう。
 しかし幸いなことに、一度もお目にかかったことはない。

 だから、軍曹の獲物になるような大物のゴキはうちにはきっといないんだ、そうに違いない。

 そう自分に言い聞かせて、私は今日もハエトリグモと共存している。

いいなと思ったら応援しよう!