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【掌編】神様のなげやり

 体が揺れている。いや、乱暴な力で揺さぶられているのだ。
 薄っすらと目を開けると、見覚えのある女がこちらを見ていた。ちょっとかなり不機嫌そうな顔で。

「おはよう」
「おそようございます、至上なる神様」
 私は頭をふりふり、両腕をまっすぐに伸ばして大あくびをした。目尻に涙の雫が飛び出す。両手の中指で目やにをほじり取り、親指とこすり合わせて丸めて捨てる。

「変わりないか?」
 我ながら威厳のある声だ。天使は翼をすくめて終末時計の文字盤を見せた。もうすぐ終末じゃん。

「いかん! もうそんな時代か、なぜもっと早く起こさなかった?」
「百年近くずうっと叩き続けてましたよ。でも神様寝る前に、ちょっと精神患っていたみたいだったし、あんまり強くは」
 おぼろげな記憶が蘇ってきた。しばらく会わないでいるうちに、人間たちは私の存在を忘れ、各地で独自の神を創り出し、偶像を崇めるようになっていたのだ。偽りの神を信じさせないために後付けで物理法則を設定したが無駄だった。いかに完全な理屈があろうとも人間は自分が信じたいものを信じる生き物なのだ。一方、偶像崇拝を止めて無神論に目覚めたとしても、今度は真の奇跡さえ理解できない石頭に切り替わるだけだった。最後に地上に降りたときなど、孤独な変態マジシャンじじい扱いを受けた。

「救い主は何をしている?」
「巨大IT企業のCEOに君臨して至上なる神の意思を広めようと絶賛奮闘中です、が、駄目ですね。世界は以前よりはるかに多様化し、ただ一つの価値観で人々を導くことなど出来ません」
「じゃあどうすりゃいいんだ」
 天使は目を細めて首を傾け、両眉を上げて唇を歪めた。さあね、って顔。
 そうして私と天使が見つめ合っている間にも、終末時計の針は進み続ける。

 もう信じるしか無い。人々が神を信じるのではなく、神が人を。
 彼らが気づいてくれることを。

 私は指を組んで祈りを捧げた。

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