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【書評】徳川秀忠 「凡庸な二代目」の功績

偉大な父・家康と幕藩体制を確立した子・家光との狭間にあって、存在感が薄いといわれてきた秀忠は本当に「凡庸な将軍」だったのだろうか?
徳川家にとって重要な一戦となった関ヶ原の戦いに間に合わなかったし、大坂の陣でも家康の方が高齢だったにも関わらず大活躍しており、影の薄い存在となってしまっている。
本書では、著者の「二代目が家と組織の存続にとって鍵になったのではないか」との考えのもと、幕藩体制260年の礎を築いた秀忠の施策を丹念な史料検証を通して究明し、組織にとって二代目のもつ意味とは何かを、徳川秀忠を通して考察した一冊。

本書の著者

小和田哲男著「徳川秀忠「凡庸な二代目」の功績」、PHP研究所刊
1999年12月6日発行

小和田 哲男氏は、1944年2月1日、静岡県静岡市生まれの日本の歴史学者、文学博士。静岡大学名誉教授。日本城郭協会理事長。研究分野は、日本中世史、特に戦国時代史、後北条氏、今川氏。

本書の章構成

本書の章構成は以下のとおり。

一章 秀忠の誕生と二人の兄
1 長兄信康の死と秀忠
2 次兄秀康の出生をめぐる疑惑
3 生母西郷局と乳母大姥局
 
第二章 江戸城をまかされる
1 豊臣秀吉のもとで元服
2 家康に代わって江戸を守る
3 秀吉の肝煎で小督と結婚

第三章 関ヶ原の戦い
1 会津攻めと秀忠の役割
2 信州上田城攻めの失敗
3 関ケ原戦後の家康の迷い

第四章 家康の将軍任官と秀忠の立場
1 慶長八年の家康と秀忠
2 見習い期間の秀忠
3 大坂方の動きと江戸政権

第五章 駿府大御所政権と江戸政権
1 徳川二代将軍の政権
2 二元政治の本質は何か
3 大坂の陣と秀忠

第六章 家康の死と秀忠独自の施策
1 危険分子を処分する
2 大名の取りつぶしと政権強化
3 側近政治から合議制へ

第七章 大御所秀忠と家光
1 領知宛行権を握る秀忠
2 秀忠の死

本書のポイント

本書の第一章から第五章までは、家康存命時の秀忠について書かれており、家康の子供たちの中でなぜ秀忠が後継者として選ばれたのかなど、家康下で秀忠が次期当主としてどのように育てられてきたのが語られている。

本書でポイントとなるのは、第六章の家康亡き後の将軍としての秀忠による政策と第七章の将軍職を家光に譲ってからの大御所政治にあると思う。

将軍としての秀忠は、福島正則や最上義俊といった有力外様大名など全部で23家の外様大名を改易するとともに、弟・忠輝や甥の松平忠直の改易により不満分子・危険分子の芽を摘んでいる。
併せて大名の転封を行うことで、西国大名に対する監視体制の強化を進めている。
また、家康の側近だった本多正純の粛清など譜代大名についても改易を進め、側近政治から合議制に転換するなど幕藩体制の確立を進めたことを示している。
著者は、「この正則改易の顛末を追っていくと、”政治家”のしたたかさを備えたもう一人の秀忠の顔がみえてくる」と述べている。

第七章では、大御所としての秀忠が、家光への政権移行と危険分子となりうる家光の弟・忠長の排除、貿易統制とその独占体制づくりなど、幕府政治の安定化に大きな意味をもった施策を進めた秀忠について語られている。

最後に、秀忠の”人となり”について言及しており、「器用な人ではなかった」が実直さが「組織を守る段」には生きてきたであろうと語られており、そういった「器用でない生き方が家康に認められていたのかもしれない」と述べている。

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