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秘密の原っぱの優しい秘密

我が家の庭に原っぱを作っているのだが昭和の原っぱの復元は、なかなか難しい。
まず昭和的原っぱについての記憶が曖昧なので再現について具体性に欠くこと著しく、一貫性もなければ残念ながら哲学も無い。
まるで雰囲気だけで夢を見ている恋する乙女のような危うさだ。
でも、まあ良い。
私の原っぱの出来は大勢に影響もなければ知人友人にも迷惑を掛けるわけでも無いのだから気楽なもんだ。

しかし改めて原っぱについて考えると、それは抽象的で幻想的で曖昧模糊とした甘苦い空間なのかも知れない。
わがままを言わせてもらうと私の原っぱには鉄腕アトムに良く似た8歳の兄様が必要だし季節は早春でなきゃダメなのだ。
妄想は良しとして、あれから半世紀超、今や兄様は腰痛持ちのくたびれたクマのプーさん化していて私の原っぱの住人では在り得ないし、今の季節は黄昏のくせに蒸し暑い初秋だ。

でも、この季節になると思い出す妙な原っぱの記憶がある。

うら若い時代の話だが、那須高原で道に迷った事がある。
学校の行事で行った短期合宿だったか、とにかく仲間達と一緒で楽しいひと時を過ごしていたのだけど根が陰気なもので、そのにぎやかな笑い声にちょっと疲れて一人でふらりと散歩に出た。

美しい高原の夕暮れは陰気な気持ちをちょっと爽やかにしてくれそうな風が吹いていて足元の草が流れるような波を作っていた。その波に沿ってフラフラと歩いていると急に道が開けて高原の原っぱに出た。

そこはまるで「秘密の原っぱ」と云った感じで四方から囲われた円形劇場のような空間だ。1人でその発見を喜んでいると、私が来た道ではないところから急に友達が出てきた。顔を見ると私に負けず劣らず陰気なクリちゃんだ。
1人でウロウロしていたらここに出たらしい。

その後、軽く陰気な昌子ちゃんと可愛いけど陰気な千代美ちゃんが二人で現れた。これまた違う道から来たようだ。四人は秘密の原っぱの中心で陰気に笑いあいながら静かに夕暮れを楽しんだ。
しかし、高原の夕暮れはものすごいスピードで進行して行くので来た道も違えば帰り道もあやふやな四人は、たちまち凄く陰気な迷子の集団になって仕舞ったのだ。
その後、色々あったが明るく陽気な友人達が私達を救ってくれて事なきを得たのだが、やはり不思議な事が残った。

次の日の朝、あの原っぱに未練たっぷりな私は嫌がるクリちゃんを誘ってその原っぱに向かったのだが、いくら探してもあの「秘密の原っぱ」は見つからなかったのだ。

青春の日に一瞬現れた円形劇場のような高原の原っぱは実在したのだろうか。
その美しい緑色の風景や草花を揺らす風は覚えているのだが、あれはもしかしたら陰気な若者に少し素敵な思い出を作ってやろうと考えた原っぱに棲みついて居る妖怪か何かの仕業だったのかもしれないな。ありがとね👻

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