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きいてみる稽古をはじめたわけ(表現教育家・岩橋由梨さんとの出会い)

去年の暮れから「きいてみる稽古」を仲間内で始めました。これは聞き手のための一種の型稽古で、表現教育家の岩橋由梨さんから教えていただいています。

「きいてみる稽古」では、まず語り手と聞き手の2人組を作り、15分間、語り手が自由に語りたいことを語り、聞き手は語り手の言葉を時々繰り返しながらついていきます。その時聞き手は、語り手の声の音の響き、強弱、変化などを微細に感じながら、そのエネルギーの動きについていこうとします。このやりとりは録音しておいて、逐語録を起こし、後日詳細な振り返りを行います。

対人援助の分野にいる人なら、「あー、聴き方のワークね。知ってる知ってる。」と思うかもしれません。わたしも似たようなワークを過去にたくさん経験してきました。そんな私がどうして今「きいてみる稽古」をしたいと思うようになったのか、過去に体験してきた傾聴ワークとどう違うのか、少し過去をさかのぼって書いてみようと思います。


わたしは以前、大学の学生相談や、対人援助に関する体験学習の研修の仕事をしていました。そのため、コミュニケーションに関するワークは自分でも何度も体験し、提供する側にも立ってきました。でもいつも自分がやっていることに確信が持てず、悶々としていました。特に、相手の言葉を繰り返すとか、相手の言いたいことを要約して返すなど、聴き手として”定番”と言われていたやり方をしようとすると、自分の言葉が上滑りしていく感覚があって、自分の声を聞きながら「うわぁ〜、なんか違う。全然しっくりこない。」と強い不全感に悩まされていました。

当時は自分が専門家として未熟だからだと思い、手当たり次第に研修や学会に行きました。もっと勉強してもっとスキルアップしたらよき聴き手になれるのではないか、クライアントの役に立てるようになるのではないか、と思っていたのだと思います。でも、やってもやっても自分自身が「そうそう、これ」と思うような感触の聴き方にはなっていかない。カウンセラーやファシリテーター、講師として人前に立つと、決まってうまくいきません。

一方で、他者の気持ちが聴こえてくるという経験をすることもありました。それはいつも、聴き手という役割から離れて、ただの一人の人でいる場で起きました。

わたしは大学院生の時に、大学の恩師が主宰するTグループという人間関係トレーニングに参加しました。その後トレーナー・トレーニングも受けて、何度かトレーナーとしてもTグループに関わる機会をいただきました。このTグループにいる時に、「なんか知らんけど聴こえてくる」という経験を何度もしました。とり立てて聴こうとしているわけじゃないけど、聴こえてくる。

この感覚を日常の仕事の場でも再現したかったのですが、なかなかうまくいきませんでした。”聴き手”という立場に立ったとたん、前のめりになってしまう。すると、聴こえなくなるのです。「聴こう聴こうとするから、肩に力が入ってうまくいかないんだ。」と思ったものの、それをどうすることもできませんでした。

できないできないという不全感を抱えて出口が見つからないまま、夫の転勤でシンガポールに一年ほど住むことになりました。仕事を辞めて主婦として過ごしていましたが、問いだけは変わらず私について回りました。

そんなある日、kindleで内田樹先生の本を読みました。そこには合気道について書かれていたのですが、わたしには自分がずっと抱えていた課題について書かれているような気がしました。武道では決して後手に回ってはいけない。頭で考えて動いていては遅い。頭が体に指示を出してはいけない。末端の手足が勝手に動く。啐啄の機。自分はただ野生の力の通り道になる。そんな内容でした。これだ、と思いました。

わたしは、外で学んできた”適切な聴き方”をしようとしていたから、常に後手に回ってしまっていたんだ。だから言葉が上滑りしていると感じたんだ。(私が参加した)Tグループでは今ここにいることを大事にする場だったので、自分が感じるままに感じ、言いたいことが生じてきた時に、言いたいタイミングで、言いたい言い方で、言いたい人に向かって話す。だから応答が場にぴたりとくる、誰かの想いが聴こえてくる、自分の関わりが結果的に誰かの気づきにつながる、といった現象が意図せず起きたりする。そんなことに気づかされました。

1年後に帰国したわたしは、たまたまですが道場まで自転車で行ける距離の街に住むことになり、すぐに合気道を始めました。ありがたいことに仕事も細々と再開することができました。でもなかなか、自分が「そうそう、これ」と感じるような感触で「聴く」ことはやっぱり難しく、違和感と問いは相変わらず抱え続けました。

そうこうするうちに、今度は千葉県に移り住むことになり、また仕事を辞めました。だんだん「こんなにやってきてもできないのだから、もうこの課題を超えるのは一生無理だろうな。もう諦めよう。」と思うようになってきていました。

見知らぬ土地でコロナ禍になり、人とあまり会わない生活を送っていたら、ひょんなことからオンラインの即興劇サークルに入れていただき、さらにご縁に恵まれて大学の研究助手のお仕事をいただきました。大学の研究プロジェクトの「演劇的手法を用いた健康教育プログラム」に携わり、何度かファシリテーターも担当させていただきました。演劇的手法を扱うのは初めてでしたが、ファシリテーターという以前と同じ仕事をしていることに自分でも驚きました。そして、この健康教育プログラムにスーパーバイザーとして来られていたのが表現教育家の岩橋由梨さんでした。

由梨さんと初めて出会ったのは、2022年の演劇的手法を用いた健康教育プログラムのファシリテーター養成講座(zoom)でした。PC画面上で由梨さんと参加者とのやりとりを見ながら、わたしは本当に驚きました。この人のうなずきはなんでこんなにも奥行きがあるのだろう?この人の聴き手としての応答に違和感が感じられないのはなんなんだろう?こんなにも「聞いてもらっている」と感じるのはなぜなのだろう?と。参加者の集中度がどんどん高まっていき、皆さんが楽しそうに生き生きと参加されている姿が、とても印象的でした。

この人から学んでみたいという気持ちが次第に強くなり、じっとしていられなくなって、翌2023年、由梨さんがされていたアーツ・ベースド・ファシリテーター養成講座(プレイバック・シアター ラボ主催)を受けることにしました。

そういうわけで、わたしは最初から由梨さんから「きく」を学びたかったのです。でも「きく」を学ぶことの困難さについては、もう嫌というほど知っています。だから急いだって仕方ない。こうすればこうなるなんて世界じゃないこともわかってる。とにかく由梨さんが開く場にいること。その時間と空間に身を置いて、そこで行われているやりとりや質感にわたしの身体を馴染ませること。そこからかなと思いました。そんな風にして、プレイバック・シアター ラボのワークショップに頻繁に参加するようになっていきました。

時折由梨さんに「きく」について質問をするうちに、由梨さん自身が多くの学びを得てきたという一種の型稽古があることを知りました。そうと知ったらやりたくなります。わたしもそれをやりたいと言いだし、由梨さんとゆきのさん(ラボ研究生)がわたしに付き合ってくださる形でこの学びが始まりました。それが「きいてみる稽古」です。(いつも快く付き合ってくださるお二人には心から感謝です。)

まずは、ゆきのさんとわたしのペアで、次に由梨さんとわたしのペアで、きいてみる稽古をしました。2024年1月のアートde対話(オンライン・ワークショップ)でも、同様のワークを参加者の方と一緒にやってみました。もっともっとやりたいなぁと思うようになり、知り合いのワークショップ仲間に声をかけ始めたところです。

これが、きいてみる稽古をはじめたわけです。

それにしても、対話を録音して逐語を起こしてふりかえるということを、また自分やるようになるとは思いもしませんでした。そう、昔同じようなことを何度も何度もやっていたのです。その度に、できないできないと泣いていたのでした。

今になって昔を思い返すと、20代から30代前半に頻繁に個人指導していただいた師匠、長尾文雄さんから学び身体化していたことは、「聴き方」ではなく、「聴いてもらう体験」そのものであり、「聴いてもらえた時の感じ(感覚)」だったのかもしれません。そして、わたしが抱え続けてきた違和感や問いは、自分にとっては苦しいことだったけれど、実はそれこそが私に与えられた大きな贈り物だったのかもしれません。その贈り物を大切にするためにも、わたしは「きいてみる稽古」に取り組んでみたいと思っています。

(今回は、きいてみる稽古と、わたし自身が過去に経験した傾聴ワークとの違いについてまで書けなかったので、またの機会に続編記事を書こうと思います。)


岩橋由梨さんのワークショップが、今週末3/10(日)に開催されます!

【3/10午前】朝の声活!からだと声の朗読劇vol.4

【日時】2024/3/10(日)9:15-11:45
【会場】中目黒近辺会場(お申し込みの方に詳細をご案内します)
【参加料】4,500円(ラボ会員4,000円)
【主催】プレイバック・シアター ラボ

詳細・お申し込みはこちら

【3/10午後】聞聴(ぶんちょう)ラボ 〜きくに浸る・きかれるに浸る〜

【日時】2024/3/10(日)14:00~16:30
【会場】中目黒周辺施設(申し込まれた方に詳細をご案内します)
【参加料】3,000円(ラボ会員2,000円)
【主催】プレイバック・シアター ラボ

詳細・お申し込みはこちら

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