小説『無題』~2018年文学フリマ発表作品⑥~

先日は第29回文学フリマ,メゾン文芸部のブースに来ていただきありがとうございました。

本当は当日までに去年の作品を上げたかったのですが,叶わず。

本日最終回になります!

よろしくお願いいたします!


7. 制圧
アルファチームは4人編成で組まれていた。普段はもう少し多いのだが作戦の性質を考慮し,最小限の人数に絞り込まれた。そろそろ降下ポイントだ。時間は1時間。その間に全て片付けなくてはいけない。
「ETA30セカンズ」
パイロットが告げた。
「アルファ1より各位。始めるぞ」
簡潔に,そして断固とした口調で無線が入る。それに隊員たちは声を合わせて答えた。
『了解』
4人は降下を始めた。ブラックホークが闇夜に消えるのを待たず,ハチキュウをまっすぐ構え行軍を開始した。
ブリーフィングで目的地は分かっている。何もなければ20分程度で着く距離だ。

「終わったか。行こう」
男は数時間かけてようやく自分の痕跡を消した。これでこんなところともおさらばだ。まずは中国に戻り,空路でモスクワへ向かう。それが無理なら中東に隠れるのもいい。
必要最低限の道具を詰めたバッグを取り,外に出た。

その建物までは意外と近かった。警戒しながら近づくと中で人の気配がした。
隊長がハンドサインで警告。見つからないように隠れていると男が出てきた。おそらく犯人だろう。
ROEは殺傷厳禁と犯人の確保である。2人は犯人確保,残りで人質救出と伝え,ゴーサインを出した。
まず,アルファ2と4は後ろから警戒しながら近づく。セオリー通りの接近だった。まずはここから離れることだ。その後ろではアルファ1と3が建物に入って行った。
もし敵が室内にいたら銃撃戦になる。その音でコイツは気づく。それが一番のリスクだったが,それは起きなかった。
胸をなで下ろしながら500メートルほど離れ,2が小さい声で警告。男は驚き振り向こうとしたが制止。
「お前の負けだ。銃をこちらに」4が警戒しつつ2が後ろ手に結束バンドで手を拘束する。同時に慣れた手つきで薬物で眠らせる。これで騒がれる心配はない。第1の問題はクリアした。アルファ4が無線で告げた。「犯人確保」
アルファ1は左耳で報告を聞きながら無言で,細心の注意を払いながら室内に入った。扉を開け,右側をクリアリング。ほぼ同時に侵入した3は正面と左側をクリアリング。これもセオリー通りのルームクリアリングだ。
質素なその小屋の中に人質がいた。もう虫の息だ。
「クリア」という報告と同時に手当てを始めた。といっても止血程度だ。あまりに装備が少なすぎた。心の中で「くそっ」と悪態をつき無線に告げた。
「アルファ1より各位。人質は確保。だが虫の息だ。すぐに撤収する。LZを現在地に変更。ASAP」
ヘリのパイロットはすぐに応答した。
「了解。ETA1ミニッツ……30セカンズ……」
その無線のきっかり30秒後ブラックホークが上空に現れた。こんなところで収容するなんて完全想定外ではあるが,幸運にも北朝鮮軍にはおろか現地住民にも見つからずに離脱できた。あとは帰るだけだ。
「撤収する」ドアを閉めるのもそこそこにブラックホークは夜の夜空に消えた。

8. デブリーフィング
帰路も驚くほど拍子抜けだった。想定された中国空軍との接触もなく,中継地点のDDH-182「いせ」に着陸した。
東雲は医務室で簡単だが良い手当を受け,その間に給油を済ませすぐに木更津基地へ離陸した。
その道中,群長へ作戦成功の旨を報告した。
「よくやった。この作戦は今後ブラックファクトとして処理され,この数時間に関する全ての記録は全て破棄される。だが,君たちの成果は今後の日本の安全保障に大きな影響を与えた。少なくとも私は死ぬまで忘れない」
だった。少しは報われたか。記録が残らない? 残してほしいのかと聞かれれば少しはそう思うが,それが許されないのがこの道だ。自分で選んだ道なのだから受け入れるしかない。それがこの道なのだ。隊長は一言だけこう答えた。
「恐縮です」

作戦成功の報告はすぐに首相にも届けられた。官邸は忙しくなった。各国への説明と報道機関向けの「真実」作り。あくまで「水面下で行われた外交交渉の結果」としておかなくてはいけない。
安保法制がうるさい昨今,下手に政治的リスクは負いたくなかった。念のため法務省に話は通しておいたが,あとは野党への説明だ。予算委員会で質問攻めになるのは目に見えている。上手く立ち回らなければ。
とにもかくにもこれで,一応のメンツは保つことができた。この数時間の行動が明るみに出ることは無いだろう。だが,これからのこの国の国際的な立場を考えればそれは問題じゃない。それがどうなるかなど今の段階では分からない。
しかし,と考える。
そんなものだよな人生は。リスクへの対処は必要だが,それに捕らわれすぎてはいけない。大事なのは今どうするかなんだ。そう考え,執務室から補佐官と秘書を呼んだ。今日も退屈でつまらなく,それでいてめんどくさい1日が始まる。



以上をもちまして,去年の文学フリマに発表させていただいた作品は完結となります。

友人曰く「広がりそうで広がらなかった小説」,「無理矢理落とした感じが強い」ということでした。

私も今年の作品と比べてみてあまりにチープな文章を載せていくのは,ある意味苦行でしたが,みなさんの目に留まっていただければ本当にありがたいです。

私はささやかですがこの場所でちまりちまりと投稿していきますので,井桁,メゾン文芸部共々,今後ともよろしくお願いいたします。


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よろしければ覗いて行っていただけると幸いです(まだ一投稿のみですが…)。

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