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今週の雑感と自分への問い 【159/200】
今週は書きたいことが特にまとまらないので、雑感と自分への問いをいくつか。
■失敗すると、人はやっぱり落ち込む。
気持ちが回復するまでには、ある程度の時間が必要。
その間は受け止め、分かち合い、慰め、励ましみたいなものが必要なのだろう。
やがて落ち着いたら、振り返り、学びの抽出、勇気づけみたいなものが必要なのだろう。
でも、失敗した人を責めたくなるのは、なぜだろうか。
落ち込んでいる人を責めることで生まれる効用は何だろうか。
■落ち込んだ時にこそ、気づくことがある。
失敗したくないし、落ち込みたくないからがんばって強くなる人がいる。
がんばって強くなったら、自分の弱い部分を認めたくないし、人の弱い部分を努力不足だと思いがち。
落ち込みたくないから、問題が起こった時に自分の非を認めたくないし、他責して自分を助ける。
強くなればなるほど、それがうまくなって、自分だけ助けて、周りの人が減っていく。
失敗って、したくないけど、しなくなったらヤバいもの、なんだろうな。
■行動しないから失敗すらしない、は向き合い方が難しい。
失敗しないために、「強くなる」の他に「行動しない」という手を取る人がいる。
行動するもしないも、その人の自由。学びも成長も、人生の必須科目ではない。
ただ、共通の目的のもとに何らかの役割を担い、チームとして活動をしていく場合、行動する責任が発生する。
それでも「行動しない」を選択する人に対して、周りはどう向き合うべきだろうか。
責任者の対応と周りのメンバーの考え方が異なる場合に生まれる不協和音は、誰がその対応コストを請け負うべきなのだろうか。
■「育てる」という意思に正当性はあるのか。
「育つ」はその人の自由意思だが、「育てる」は誰の意思だろうか。
その意思に正当性はあるのだろうか。
育てたい相手との合意のない関係性で「育てたい」は自己満足にすぎないのではないか。
人は、育ちたい時に、育ちたいように育つ。行動したい時に、行動したいように行動する。
やるべきことは、環境を整えることと、問いを投げ続けること、だろうか。
「後になってありがたみがわかるお節介」と「うざったい自分の価値観の押しつけ」を分けるものは何だろうか。
■「問い」は、立ち止まった時に生まれる。
今週は自分自身、失敗して落ち込んだからこそ、改めて自分にいくつもの問いを投げかけたのだと思う。
調子に乗って走っている時は、あまり問いは生まれない。
「強者」の顔をしている時は、「答え」を提示し続け、それによって自分の価値を証明している。
失敗して「弱者」の顔を取り戻した時、立ち止まって問い直す。
「問い」は自分を救ってはくれないけれど、「問い」がもたらす立ち止まっている時間が、バランスの崩れた自分の状態を整え直す機会になる気がする。
そして、また新しい一週間が始まる。
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