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悪訳が良訳を駆逐する!?

DeepLをはじめとして機械翻訳が進化しているから海外文献でも人の手による翻訳はそれほど必要でなくなる、みたいな論調を聞くことがあるが、私からすると、何を言っとるんだ、と思う。

たしかに、機械翻訳の進化は著しいし、実際、ざっとどんなことを言っているかを知るには便利で、私も時々使う。が、一文一文論理を積み重ね、それらが組み合わさって論旨を構成しているような文章(きちんとした書籍に書かれているような文章)の場合、文のつながりと各文の意味を汲みとって別の言語の文章で表現するようなことは、今の機械翻訳では不可能だ。機械翻訳が行っているのは、あくまでも、語彙や表現の置き換えであり、「おおよそこんな話なのかなー」というレベル(私の体感では、音声自動文字起こしくらいの精度)。

ただ、やっかいなのは、こうした機械翻訳と同レベルの、人の手による翻訳も横行しているということ。特に、私の分かる範囲でいうと、教育関係の英語書籍の翻訳で、ひどいものが多い。
いや、もちろん、私もいろいろな翻訳出版にかかわってきて、教育行政とか分野違いの文章できっとトンチンカンな訳をしちゃったんだろうなー(ごめんなさい)とか、硬い翻訳調のままで自然な日本語になってないなーとか、偉そうなことを言えない部分は多々ある。
けれども、ここでいうのはそういうレベルではなく、そもそも英語の構文を取れていない(not …,but …のつながりを把握できていない、倒置を読み取れていない、区切り方がおかしい、など)とか、意味を理解せず訳しているとしか思えないとか、そういうもの。
残念ながら、(以前塾講師をしていたのでこうした表現になってしまうが)国公立大入試の英語の和訳問題を間違う、引っかけポイントで引っかかってしまう、くらいの英語レベルで翻訳にたずさわっている例が、教育関連書の翻訳においては、多々ある。もちろん、そうした書籍の存在を日本でも知らしめる点での意義は分かるし、そもそも翻訳が果てしない手間がかかるものであり一応の日本語にするというだけでもある種の有益さを持つものであることも分かるのだけれど。

いずれにせよ、人の手によるものでも、そうしたあやしいレベルの翻訳が出回っている状況だと、「それならDeepLでええやん」となってしまうのも無理がない。圧倒的に低コストだし、速いし、訳し漏れとかの凡ミスはしないし。
ただ、これは危険でもある。
そうすると、ますます、ちゃんとした翻訳をできる人が育たなくなり、ますます、あやしい翻訳があふれてしまうことになるから。

この隘路を抜け出す道は、一つしかない。
翻訳に良し悪しがあることを理解し、良質の翻訳に対して、しかるべき敬意を払うこと。ただでさえ手間がかかる書籍翻訳、一文一文きちんと意味をとって、日本語として自然なものにして、というのはとても手間がかかる。だからこそ、それを高い水準で行っているものは、評価されてしかるべきだ。それなしでは、「悪貨が良貨を駆逐する」事態が進行してしまう。
(なお、自然な日本語の文章になっているからといって、高水準の訳とは言い切れないのが、難儀なところ。一見読みやすいけれど、なんか頭に入ってこないなー、なんか変だなーと思って原書のほうを見てみたら、「全然違うやん! 勝手に文章作ってるやん!」みたいなこともザラにある。)

現状では、翻訳書を手にとる読者のほうが、「翻訳書はきちんと訳されているもの。よく分からなかったとしたらそれは自分の理解力のなさのせい」と思ってしまっているフシが見られる。そうではなく、訳に問題がある場合、また、訳者は最大限の努力をしているのだけれどそもそもそれを日本語で表現することに限界があってそうとしか表せない場合もあることを、知っておいてほしい。そして、可能であれば、気になった部分、気になった単語だけでも、原書(今はkindleで簡単に&安くで手に入る場合もある)の該当箇所と照らし合わせるような読み方をしてほしい。

そんなふうに、翻訳書もあくまでも原書を知るための一つの手がかりとして接していけるようになれば、読み手の側にそうしたリテラシーが育ってくれば、少々訳があやしい翻訳書だって、原書の存在を知らしめ一応日本語でアクセス可能にしている点での有用性が活きてくることになる。雑誌に、お堅いものから大衆誌までいろいろあって、それに応じた読み方を読者がする、だからこそそれぞれの雑誌の存在意義があるのと同じように、翻訳書だって、読み手のほうが育っていれば、精度が高いけれど量産ができないものから、ところどころあやしいけれど手っ取り早く出してくれるものまで、いろいろなタイプの存在が活きてくるようになるだろう。
もちろん、その場合でも、良質の翻訳を、またそれができる人を育てることは欠かせない、と思うのだけれど。

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