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大学生日記 #22 試食品

広司と裕太は駅前のフリースペースにカブを停めると、オダキューOXの建物を二人して見上げた。特徴的な円筒のような形のエレベーターホールがまず目に入る。今日は雲ひとつない快晴なので午後の西日がエレベーターホールのガラスに反射して黄金に輝いている。その時広司は、新宿駅には高島屋や伊勢丹があり渋谷駅にはマルイやパルコがある。東京には其々の街を代表するような大型店が駅の近くにあった。だからこの法則に当てはめて考えると、狛江を代表する店は地理的にも規模的にもこのオダキューOXになるのだろうと勝手に思っていた。
裕太が先頭に立って正面扉から店内に入っていくと、日曜の夕方の時間帯と狛江駅から降りてくる人達が店に流れ込んでいるのとで、店内は想像以上に混雑していた。その人垣を掻き分けるように裕太はどんどんエスカレーターを昇っていき、最上階から適当に店内を回り始め、見終わると下の階に移動するという行為を繰り返した。それは明らかに何かを買うためではなく、ただ店内をぶらぶらと歩き回るだけであり、何を目的にここに来たのか裕太が言わない以上、広司には見当もつかなかった。
「なぁ裕太、暇つぶしって何なんだよ?」
我慢出来ずに広司が聞いた。
「まぁ、もうちょっと待ちなって」
そう不敵に笑いながら裕太は更に各フロアを回り、適当に店舗を見学していた。そしてようやく地下一階の食品売り場まで二人はやって来た。
「よしじゃあ、そろそろ行きますか!」
裕太が口を開いた。
「え?行くって何処に?」
「もちろん試食品コーナーだよ」
この時、広司は裕太がオダキューOXにわざわざ来た理由を理解した。そもそもは試食品の食べ歩きが目的だったのだ。適当に店内を歩き回っていたのも、そうやって少しでも動いて空腹感を高める為だったのだろう。

#小説 #円筒 #エレベーター #食品売り場 #試食品

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