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「年金受給、75歳からは不利」に対する反論(改訂版)

昨日アップしたnoteについて、日経ヴェリタスの記事を読めない方の為に、記事の引用を入れて内容を理解して頂けるようにしました。解説についても、若干追加をしています。どうぞ、ご笑覧下さい。

2月23日の日経ヴェリタスの記事、橘玲さんが寄稿した「年金受給、75歳からは不利」を読んで、反射的にツイッターで、きつい言葉で呟いてしまいました。が、これは、橘さんに対して失礼ではなかったと反省し、きちんと私の考えをここで、述べさせて頂くことにしました。

橘さんの記事を読んだ皆さんに、私の考え(記事に対する反論)をお伝えさせて頂きます。

「期待値」の計算の誤り

橘さんの記事に関して正しいと言えるのは、数理的な期待値だけで考えるなら、70歳繰下げより75歳繰下げの方が不利という、見出しの部分だけです。記事で示されている、60歳~75歳それぞれの期待値は、平均余命までの年金額を足し合わせただけで、「雑な」計算です。

以下は記事の抜粋です(計算式は私が追記しました)。

簡易生命表(2017)によれば男性の平均余命は65歳で19.57年、70歳で15.73年、75歳で12.18年だ(女性はこれより3~5年長生きする)。それぞれの年齢の「期待額(生涯受給総額)」を計算すると以下のようになる。
60歳 3300万9018円
65歳 3890万5473円 (=16.6万円×12×19.57)
70歳 4440万5518円 (=16.6万円×1.42×12×15.73)
75歳 4455万3824円 (=16.6万円×1.84×12×12.18)
ここからわかるように、年金受給を70歳に繰り下げることで期待額は(65歳受給より)550万円増える。年金は国が支払いを保証する「無リスク資産」だから、現在のゼロ金利を考えればかなりお得な「資産運用」だ。すなわち、(可能なら)できるだけ長く働いて年金は70歳まで繰り下げた方がいい(逆に60歳への繰り上げは極めて不利だ)。

65歳から16.6万円を受給する場合、65歳の16.6万円と80歳の16.6万円の現在価値は異なります。80歳の16.6万円は然るべき割引率で割引いて、65歳時点の現在価値にしなくてはなりません。

65歳、70歳、75歳のそれぞれで受給開始した場合の受取総額の期待額を、65歳時点に割り引いて比較すると以下のようになります(筆者試算、割引率は2%とする)。

65歳:3257万円
70歳:3490万円
75歳:3279万円

65歳時点に割引いて比較すれば、65歳と70歳の期待額は記事の金額程差は出ません。つまり、記事は70歳繰下げ効果を過大に評価していると言えるでしょう。

一律の増加率は設計ミスではない

また、「設計ミス」と評価しているくだりも、誤解を招くと思います。

このような「設計ミス」になるのは、年齢が上がるにつれて平均余命が指数関数的に短くなることを考慮していないからだ。当然、それに合わせて加算率を引き上げなければならないのだが、70歳までと同じ0.7%に据え置いているため、75歳に繰り下げたときの(70歳受給と比較した)実効利回りがゼロになってしまったのだ。

下の厚労省の資料をご覧の通り、厚労省は数理的に財政中立な増額率というものを示していて、いくつかの経済前提(ケースⅠ~Ⅵ)に基づいて精緻に増額率を計算し、それは年齢が上がるとともに、緩やかな指数曲線となっています。

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その上で、制度の分かりやすさ、運用上のフィジビリティ、経済前提によってばらつきが出ること、更には、将来さらに平均余命が伸びた場合のシミュレーションなど、様々な角度から検討を重ねた上で、月0.7%という一律の増額率を定めることにしたのです。

いまからでも遅くないので、厚労省は70歳以降に年金を繰り下げるときの加算率を月0.85%程度まで引き上げるべきだ。

70歳以降の増額率を、理論値に合わせて引き上げるなら、70歳前の増額率は理論値に合わせて引き下げなければなりません。そうしないと、年金財政はバランスが取れずに悪化してしまいます。そして、増額率の引き下げと言おうものなら、余計な政治的ハレーションを引き起こし、年金制度全体の改革を停滞させる原因にもなりかねません。

その様な背景についての解説無しに「設計ミス」というのは、年金制度に対する侮辱ではないでしょうか。

公的年金は保険である

さらに、記事に垣間見える大きな誤解は、公的年金を積み立ての金融商品を勘違いしているところです。多くの国民が被用者として加入している厚生年金は、正確には「厚生年金保険」です。公的年金は、生活のリスクに備える保険で、それを期待値だとか利回りだとか金融商品と混同して論じてはいけません。

老齢年金は、高齢期における稼得能力の低下に備え、長生きすることによって資産が枯渇して困窮に陥るリスクに備える保険と言えます。したがって、平均だけをみて受給開始の時期を決めることはナンセンスです。これからは、できるだけ長く働き、資産の取り崩しも活用してできるだけ受給開始を遅らせ、それによって増額された年金で、思いがけず(平均より)長生きした場合のリスクに備える、というのが良いのではないでしょうか。

保険ですから、同じ保険料を払っても、受け取る給付は大小さまざまです。でも、「あいつは、家が火事になって火災保険を受けたのに、俺は保険料を払うだけで火事にならないから損だ」なんて、思いませんよね。「公的年金保険」も同じことだと思います。

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